幻想使いの成り上がり

ないと

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5-2 指輪と約束②

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 それから暫く、俺の頭の中はぐるぐると思考で埋め尽くされた。

 多分、鏡を見れば相当険しい顔が映るに違いない。

 とにかく、疑問の中心はだ。

 使用人か、無関係の泥棒か、それとも本当に自分の管理不足か、あるいは——

 考えたくない結論に、頭を振る。

「ライガーよ、いよいよ明後日が出立の日だな」

 ドアの向こうから話し声が聞こえてくる。
 なかなかどうして入りずらい雰囲気だ。

「——ところで、お前にプレゼントを用意したんだ」

 俺は聞き耳を立てて、眉を寄せた。

「本当ですか、お父様!」

「もちろんだ。お前の荷物の緑色の箱だ。その中の、左から三段目の仕切りに入れている。王都に行った後、確認するといい」

 どうやら、兄さんは相当気を良くしたらしい。
 その話の後からは、仕切りに「ありがとう、ありがとう」と感謝の言葉を連呼している。
 
 しかし俺は気が気で無くなっていた。

「——レンジ様、入らないのですか? 夕食が冷めてしまいます」

 扉の前に張り付いていると、使用人のレミが話しかけてきた。

「ご、ごめん、ちょっと腹を下したみたいなんだ。夕飯は後にしてくれ」

 俺は誤魔化すように言い残して、そこから離れた。

 兄さんの荷物が積まれた部屋。
 屋敷の一階。厨房の隣だ。

 大きいものから小さいものまで、大量の荷物が積み上げられている。

 俺は唾を飲み込んで、それに手をかけた。
 
 ——緑色の箱。
 どこにある。

 端から端まで、くまなく目を凝らす。

 いつか一人前と認められたら。
 そう約束して、今まで一度も身につけることのなかったあの指輪。

 それでも、間違いなく、俺にとって大切な物だった。

「——これだ」

 見つけた。
 緑色の貨物入れ。

 施錠はかかっていない。
 おかげで簡単に開けられた。

「これの左から三段目……」

 そこには小綺麗な小箱が、不自然に挟み込んであった。

 無造作にリボンを解いて、俺は中身を暴いた。
 
「あった……」

 指輪だった。
 金色の装飾が、家紋に沿って掘られている。

 間違いなく、あの時俺が貰った物だった。

 安堵と同時に感じたのは、落胆だった。
 どうやら、父は俺が一人前になることはないと踏んだらしい。

 その時、外側から足音が聞こえてきた。

「——最終確認はしてある。あとは施錠して運び出すだけだ」

「よし、列車の出発まで余裕があるな。今のうちに全部運び切ろう」

 マズい……!
 俺は慌てて隠れる場所を探した。

 やがて視線を動かしていくと、一際大きなトランクが目に留まった。

 ——この中に隠れよう。

 蓋を開け、中に体を押し込む。
 幸い内部はいくらか余裕があって、難なく入り込めた。

 内側から耳を立てて、外の様子を伺う。

 どうやら足音があちこちに動いて、荷物を運び出しているようだ。

 暫く息を潜めて待っていると、足音が遠ざかっていった。
 やり過ごせたようだ。

 俺はふうと息を吐いた。

 一時はどうなるかと思ったが、盗人になるのは免れたと見ていいだろう。

「さて、さっさとここから出るか」

 腕を突き上げて、内側から蓋を押し上げる。

 カチッと音が鳴った。

「ん?」

 再び力を入れて押してみる。
 ——押せない。

 たらりと、冷や汗が肌を伝った。

 今度はもっと力を込めて、半ば叩くようにして蓋をこじ開けようと試みる。

「……だめだ、開かない」

 知らずのうちに、施錠されていたのだ。

 顔から血の気が引いていくのが、自分でも分かった。

「どうしよう、これ……」
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