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6-2 かくして彼は王都へ向かう②
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ガタンゴトンと、一定のリズムで揺れが伝わってくる。
車輪の擦れる音が耳に心地よい。
——うん、これ、列車だね。
俺はトランクの中でモゾモゾと動きながら確信した。
そういえば武闘会が今日だったか。
でも、どうせ全敗だし、誰も俺になんて興味ないだろうし。
エリスもそろそろ見飽きてきた頃だろう。
まあ、出れるものなら出たかったけど。
今の俺はそれどころではないのだ。
どうするか、これ……。
考えたって何も思い浮かばない。
だって、本当にどうしようもないんだから。
「でも見方を変えれば、これって無賃乗車みたいなものだよな……」
本気でしょうもないことを呟いてしまう。
そのくらいには退屈で、八方塞がりなのだ。
「もう退屈すぎて、眠くなってきたよ……」
あくびをする。
途端に瞼が重くなってくる。
父さんにこのことがバレたらどうしよう……。
考えるが、それが杞憂であることに俺は気づいた。
そうか、父さんはもう俺を諦めたんだったな。
一人前になった時、付けるようにプレゼントされた指輪を取り上げられたということは、そういうことなのだ。
どこか未練のようなものを覚えると同時に、開放感のような感覚が身を包む。
ずっと父に縛られてきた。
そこから自由になれたのなら、それはそれで良いのかもしれない。
俺は眠気に身を任せて、目を閉じた。
——暫く時間が経ったと思う。
目がさめると、列車とは違う揺れを感じた。
どうやら運ばれているようだ。
トランクの隙間から外側を除くと、白い回廊が続いているのが見える。
壁には剣と拳が描かれたエンブレムが吊るされている。
王国騎士団の紋章だ。
とんでもないところに侵入してしまった。
今更だが、かなり不安になってきた。
やがて部屋にたどり着くと、地面に下ろされる感覚がした。
「——よし、これで荷物は全部だな」
外から話しているのが聞こえる。
施錠に手がかかった。
カチッ、と音が鳴って錠が解かれる。
このまま蓋が開けば、俺の姿が日の元に晒されるのは日を見るより明らか。
見つかったら、タダじゃ済まされないだろう。
——不法侵入者、貨物に紛れ騎士団内部へ。正義への反逆か。
翌日の新聞で、こんな見出しで載りたくなんかない。
バクバクと心臓の鼓動が鳴る。
いざとなったら、強行突破で——
「おいラルフ、荷解きよりもまずユリウス殿に挨拶をするのが先だろう」
「ああ、そう言われたらそうだな」
開きかけた蓋が閉じる。
間も無く二人の足音は遠ざかっていった。
フウ、と一息ついて、俺は起き上がった。
久しぶりの外の世界だ。
痛む体を労るのもそこそこに、トランクから出てその場に座り込む。
「さて、どうする……」
シュタッと素早く部屋の窓に手をかける。
鍵はかかっていない。
ここから外に出られそうだ。
——騎士団は厳粛で厳正なり。
これは誰もが知る王国の常識。
清く神聖な騎士の地を汚すことは、何人にも許されていない。
「やるしかない、みたいだな」
この瞬間、俺に一つの使命が課せられた。
俺に与えられた使命。
——それは、誰一人として見つかることなく、ここを出ていくこと。
俺は何がなんでも、この使命を果たさなければならない。
=====
——無理だ。
俺は確信した。
消えかかった夕日が、虚しく俺のことを照らす。
広すぎるよ、ここ。
どうしてこんなに広いんだ。
……いや、それは騎士団が権威を持っているからか。
どこかで聞いたことがある。他国に自国の偉大さを見せるため、無駄に豪勢な建物を建てることがあるのだとか。
きっとそれと同じ原理に違いない。
ともかく出口が見つからない。
だから帰宅できない。
「もう、いっそのこと自首しようかな……」
その方が楽な気がしてきた。
「これで、最後にしよう」
そびえ立つ木を前に、俺は決心した。
もしこの木に登って出口が見つからなかったら、思い切って自首しよう。
覚悟を胸に、木の股に手をかけた。
——広がる風景に、唖然とした。
どこか、感動すら覚えた気がする。
枝先に手をついて、俺は涙を一滴流した。
流れるお湯。
立ち上がる湯気。
そして、身を清める乙女。
これは、風呂だ。
それも、女子風呂。
露天で、さも開放的な空間が目の前にあった。
一日の訓練を終え、汗を流す彼女らは、一流の絵画にでも描かれるかのように美しく、しとやかであった。
出口は見つからなかった。
代わりに、桃源郷を見つけた。
どうやら俺は、大いなる運命にでも導かれていたみたいだ。
「自首する前に、もうちょっとだけ見てても、バチは当たらないよな……」
その時、羽音が耳元を掠めた。
「なんだ、鳥か……?」
視線を動かして、そいつを視界に収める。
鳥にしては……少し不恰好かもしれない。
カクカクとした体躯で木の枝に留まるその姿は、実に奇妙で不気味という言葉が似合った。
「お前……ブッサいなぁ」
『——不審者、ハッケン』
「……え?」
俺は動揺した。
動揺して、体勢を崩した。
鳥が、しゃべった。
そんな珍妙な事実に、天と地がひっくり返るかのようだった。
いや、実際にひっくり返った。
俺は落ちた。掴んでいた木の先から。
地面へ——天国へ真っ逆さまだ。
ザッパアン。
そして、カポーン。
俺は見事なまでの着水を披露した。
一瞬にして視線が集まるのを感じた。
「あ……」
蒼い瞳と、目が合った。
背中まで伸びた赤色がかった髪。汚れひとつない真っ白な肌。
彼女は呆気に取られた様子で、俺を見る。
「ど、どうも。良い湯ですね……」
——白髪の不審者、騎士団の女子風呂に。死刑宣告まで秒読みか。
翌日の新聞の見出しは、これで決定だ。
車輪の擦れる音が耳に心地よい。
——うん、これ、列車だね。
俺はトランクの中でモゾモゾと動きながら確信した。
そういえば武闘会が今日だったか。
でも、どうせ全敗だし、誰も俺になんて興味ないだろうし。
エリスもそろそろ見飽きてきた頃だろう。
まあ、出れるものなら出たかったけど。
今の俺はそれどころではないのだ。
どうするか、これ……。
考えたって何も思い浮かばない。
だって、本当にどうしようもないんだから。
「でも見方を変えれば、これって無賃乗車みたいなものだよな……」
本気でしょうもないことを呟いてしまう。
そのくらいには退屈で、八方塞がりなのだ。
「もう退屈すぎて、眠くなってきたよ……」
あくびをする。
途端に瞼が重くなってくる。
父さんにこのことがバレたらどうしよう……。
考えるが、それが杞憂であることに俺は気づいた。
そうか、父さんはもう俺を諦めたんだったな。
一人前になった時、付けるようにプレゼントされた指輪を取り上げられたということは、そういうことなのだ。
どこか未練のようなものを覚えると同時に、開放感のような感覚が身を包む。
ずっと父に縛られてきた。
そこから自由になれたのなら、それはそれで良いのかもしれない。
俺は眠気に身を任せて、目を閉じた。
——暫く時間が経ったと思う。
目がさめると、列車とは違う揺れを感じた。
どうやら運ばれているようだ。
トランクの隙間から外側を除くと、白い回廊が続いているのが見える。
壁には剣と拳が描かれたエンブレムが吊るされている。
王国騎士団の紋章だ。
とんでもないところに侵入してしまった。
今更だが、かなり不安になってきた。
やがて部屋にたどり着くと、地面に下ろされる感覚がした。
「——よし、これで荷物は全部だな」
外から話しているのが聞こえる。
施錠に手がかかった。
カチッ、と音が鳴って錠が解かれる。
このまま蓋が開けば、俺の姿が日の元に晒されるのは日を見るより明らか。
見つかったら、タダじゃ済まされないだろう。
——不法侵入者、貨物に紛れ騎士団内部へ。正義への反逆か。
翌日の新聞で、こんな見出しで載りたくなんかない。
バクバクと心臓の鼓動が鳴る。
いざとなったら、強行突破で——
「おいラルフ、荷解きよりもまずユリウス殿に挨拶をするのが先だろう」
「ああ、そう言われたらそうだな」
開きかけた蓋が閉じる。
間も無く二人の足音は遠ざかっていった。
フウ、と一息ついて、俺は起き上がった。
久しぶりの外の世界だ。
痛む体を労るのもそこそこに、トランクから出てその場に座り込む。
「さて、どうする……」
シュタッと素早く部屋の窓に手をかける。
鍵はかかっていない。
ここから外に出られそうだ。
——騎士団は厳粛で厳正なり。
これは誰もが知る王国の常識。
清く神聖な騎士の地を汚すことは、何人にも許されていない。
「やるしかない、みたいだな」
この瞬間、俺に一つの使命が課せられた。
俺に与えられた使命。
——それは、誰一人として見つかることなく、ここを出ていくこと。
俺は何がなんでも、この使命を果たさなければならない。
=====
——無理だ。
俺は確信した。
消えかかった夕日が、虚しく俺のことを照らす。
広すぎるよ、ここ。
どうしてこんなに広いんだ。
……いや、それは騎士団が権威を持っているからか。
どこかで聞いたことがある。他国に自国の偉大さを見せるため、無駄に豪勢な建物を建てることがあるのだとか。
きっとそれと同じ原理に違いない。
ともかく出口が見つからない。
だから帰宅できない。
「もう、いっそのこと自首しようかな……」
その方が楽な気がしてきた。
「これで、最後にしよう」
そびえ立つ木を前に、俺は決心した。
もしこの木に登って出口が見つからなかったら、思い切って自首しよう。
覚悟を胸に、木の股に手をかけた。
——広がる風景に、唖然とした。
どこか、感動すら覚えた気がする。
枝先に手をついて、俺は涙を一滴流した。
流れるお湯。
立ち上がる湯気。
そして、身を清める乙女。
これは、風呂だ。
それも、女子風呂。
露天で、さも開放的な空間が目の前にあった。
一日の訓練を終え、汗を流す彼女らは、一流の絵画にでも描かれるかのように美しく、しとやかであった。
出口は見つからなかった。
代わりに、桃源郷を見つけた。
どうやら俺は、大いなる運命にでも導かれていたみたいだ。
「自首する前に、もうちょっとだけ見てても、バチは当たらないよな……」
その時、羽音が耳元を掠めた。
「なんだ、鳥か……?」
視線を動かして、そいつを視界に収める。
鳥にしては……少し不恰好かもしれない。
カクカクとした体躯で木の枝に留まるその姿は、実に奇妙で不気味という言葉が似合った。
「お前……ブッサいなぁ」
『——不審者、ハッケン』
「……え?」
俺は動揺した。
動揺して、体勢を崩した。
鳥が、しゃべった。
そんな珍妙な事実に、天と地がひっくり返るかのようだった。
いや、実際にひっくり返った。
俺は落ちた。掴んでいた木の先から。
地面へ——天国へ真っ逆さまだ。
ザッパアン。
そして、カポーン。
俺は見事なまでの着水を披露した。
一瞬にして視線が集まるのを感じた。
「あ……」
蒼い瞳と、目が合った。
背中まで伸びた赤色がかった髪。汚れひとつない真っ白な肌。
彼女は呆気に取られた様子で、俺を見る。
「ど、どうも。良い湯ですね……」
——白髪の不審者、騎士団の女子風呂に。死刑宣告まで秒読みか。
翌日の新聞の見出しは、これで決定だ。
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