幻想使いの成り上がり

ないと

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7-2 裁判②

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「全く、魔王軍の対処、魔物の討伐、勇者候補の育成、課題は無限にあるというのに、どうして面倒ごとが次から次へと……」

 ユリウスはため息を吐いた。

「まあいい。面倒ごとは魔術師の奴らに投げれば済むことだ」

 王国騎士団七番隊。
 通称『魔術師隊』。

 ある日突如、軍部の管理を任されているセイル王子によって建ち上げられた新部隊。

 魔術使いを名乗る奇人たちの参入を、当時の人々が猛烈に批判したかと言えば、そうではない。

 何故なら、騎士団は深刻な人員不足に陥っているからだ。
 正直なところ、猫の手でも借りたいほどである。

 今では『魔術師隊』は立派な雑用。
 騎士団内の面倒ごとを端から端まで片付けてくれる。

「さて、そろそろ時間だ。未来の勇者の出迎えをするとしよう」

 ユリウスは立ち上がった。
 いずれ勇者となる——いや、この手で勇者とする戦士、ライガー・ベリオスを迎えるために。

 =====

 私は、何をしてるんだろう。

 始まってしまった武闘会。
 戦う剣士たちを遠目に、そう思った。

 本当は、レンジの奴を応援してやるために来た。
 彼が来ないんだったら、別に見る価値のないものだった。

 でも——

「エリス嬢。もしあなたの気が許すのなら、どうか俺の試合を見に来てほしい」

 気づけば私は試合の観戦席にいた。

 視線が、無意識の内に彼のことを追う。

 鍛え上げられた体躯。
 爽やかに舞い上がる金色の頭髪。
 敵を見据える紅色の瞳。
 
 レンジとは比べ物にならないほど、気高く、美しかった。

「勝者、ライガー・ベリオス!」

 決着の宣言が成された。

 全戦全勝だ。
 相手はなすすべもなく、鮮やかなライガーの剣術を前に跪かされた。

「あ……」

「エリス嬢……?」

 ハッと我に返る。
 呆けたいたらしい。目の前に来ていた彼に気づかなかった。

「す、素晴らしかったです、ライガー様」

「そうか、それは良かった……」

 気まずい間が生まれる。

 でも、それはどこか心地よくて、嫌いじゃない沈黙だった。

「エリス嬢。俺はこれから、王都に行って修行を積んでくる」

「はい、それはもちろん、存じています」

「だから、しばらくここには来れない」

 ライガー様は柳眉を下げて、残念そうに目を伏せた。

「——行く前に、伝えておきたいことがあったんだ。だから、今日は誘った」

「伝えたいこと、ですか……?」

 彼はまっすぐに私を見つめると、言った。

「いつか俺が修行を終えて強くなった時、俺は魔王を倒す旅に出るだろう。——その時、ついて来てほしい」

 想定外の言葉だった。

 私は口元を押さえて、必死に動揺を隠す他ない。

「かつて勇者が聖女と旅をしたように、俺と一緒に、旅をしてくれないだろうか」

「それは……」

 差し伸べられた手を掴みかけた時、脳裏によぎったのはレンジのことだった。

「……それは、できません。私は、レンジと一生を添い遂げる約束を交わしていますから」

 ずっと、レンジのことを引っ張ってきた。

 訓練をサボった時も、実戦訓練が怖いと怖気付いた時も、必ず手を引いて立ち上がらせてきた。

 それはいつの日か、彼が一人前になって、人の前に立てるような人間にするため。
 そのためにずっと、私は待ってきた。

 これからもそのつもりだ。

 ——でも。

「それでも俺は、君と旅をしたいんだ、エリス」

 手と手が触れた。

 私は一瞬何をされたのか分からなかった。
 そして次の瞬間、手を引かれたのだと気づいた。

 ずっと、レンジを引っ張って来た。
 クレメール家の秀才として、あらゆる場面で常にトップに立ってきた。

 そんな私が、人生で初めて手を引かれた。

「——もう、レンジのことを待つ必要はない。あいつは逃げたんだから」

 レンジが逃げ出した。
 そう言われた時、私はその言葉を容易には信用できなかった。

 でも、そんなことはもうどうでも良くなっていた。

 逃げもせず、それどころか私の手を引いてくれるその存在を前にして、きっともう心を惹かれていた。

「っ、それでも、私は待ちます。彼が帰ってくるまで……!」

 すんでのところで手を振り解いた。
 しかし相手はまるで動揺するそぶりも見せずに、「そうか」と受け入れた。

「なら、待つといい。俺がここに戻ってくるまで、ちゃんと考えてほしい」

 そう言って、彼は背を向けた。

 やがて姿が消えるのを待って、私はその場に座り込んだ。

 手で顔を隠す。
 きっと、頬が赤くなっている気がしたから。

「どうしよう。私、ドキドキしてる……」

 揺れ動く感情に心地よさを覚えながら、今日一番に重い息を吐いた。
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