14 / 17
7-2 裁判②
しおりを挟む
「全く、魔王軍の対処、魔物の討伐、勇者候補の育成、課題は無限にあるというのに、どうして面倒ごとが次から次へと……」
ユリウスはため息を吐いた。
「まあいい。面倒ごとは魔術師の奴らに投げれば済むことだ」
王国騎士団七番隊。
通称『魔術師隊』。
ある日突如、軍部の管理を任されているセイル王子によって建ち上げられた新部隊。
魔術使いを名乗る奇人たちの参入を、当時の人々が猛烈に批判したかと言えば、そうではない。
何故なら、騎士団は深刻な人員不足に陥っているからだ。
正直なところ、猫の手でも借りたいほどである。
今では『魔術師隊』は立派な雑用。
騎士団内の面倒ごとを端から端まで片付けてくれる。
「さて、そろそろ時間だ。未来の勇者の出迎えをするとしよう」
ユリウスは立ち上がった。
いずれ勇者となる——いや、この手で勇者とする戦士、ライガー・ベリオスを迎えるために。
=====
私は、何をしてるんだろう。
始まってしまった武闘会。
戦う剣士たちを遠目に、そう思った。
本当は、レンジの奴を応援してやるために来た。
彼が来ないんだったら、別に見る価値のないものだった。
でも——
「エリス嬢。もしあなたの気が許すのなら、どうか俺の試合を見に来てほしい」
気づけば私は試合の観戦席にいた。
視線が、無意識の内に彼のことを追う。
鍛え上げられた体躯。
爽やかに舞い上がる金色の頭髪。
敵を見据える紅色の瞳。
レンジとは比べ物にならないほど、気高く、美しかった。
「勝者、ライガー・ベリオス!」
決着の宣言が成された。
全戦全勝だ。
相手はなすすべもなく、鮮やかなライガーの剣術を前に跪かされた。
「あ……」
「エリス嬢……?」
ハッと我に返る。
呆けたいたらしい。目の前に来ていた彼に気づかなかった。
「す、素晴らしかったです、ライガー様」
「そうか、それは良かった……」
気まずい間が生まれる。
でも、それはどこか心地よくて、嫌いじゃない沈黙だった。
「エリス嬢。俺はこれから、王都に行って修行を積んでくる」
「はい、それはもちろん、存じています」
「だから、しばらくここには来れない」
ライガー様は柳眉を下げて、残念そうに目を伏せた。
「——行く前に、伝えておきたいことがあったんだ。だから、今日は誘った」
「伝えたいこと、ですか……?」
彼はまっすぐに私を見つめると、言った。
「いつか俺が修行を終えて強くなった時、俺は魔王を倒す旅に出るだろう。——その時、ついて来てほしい」
想定外の言葉だった。
私は口元を押さえて、必死に動揺を隠す他ない。
「かつて勇者が聖女と旅をしたように、俺と一緒に、旅をしてくれないだろうか」
「それは……」
差し伸べられた手を掴みかけた時、脳裏によぎったのはレンジのことだった。
「……それは、できません。私は、レンジと一生を添い遂げる約束を交わしていますから」
ずっと、レンジのことを引っ張ってきた。
訓練をサボった時も、実戦訓練が怖いと怖気付いた時も、必ず手を引いて立ち上がらせてきた。
それはいつの日か、彼が一人前になって、人の前に立てるような人間にするため。
そのためにずっと、私は待ってきた。
これからもそのつもりだ。
——でも。
「それでも俺は、君と旅をしたいんだ、エリス」
手と手が触れた。
私は一瞬何をされたのか分からなかった。
そして次の瞬間、手を引かれたのだと気づいた。
ずっと、レンジを引っ張って来た。
クレメール家の秀才として、あらゆる場面で常にトップに立ってきた。
そんな私が、人生で初めて手を引かれた。
「——もう、レンジのことを待つ必要はない。あいつは逃げたんだから」
レンジが逃げ出した。
そう言われた時、私はその言葉を容易には信用できなかった。
でも、そんなことはもうどうでも良くなっていた。
逃げもせず、それどころか私の手を引いてくれるその存在を前にして、きっともう心を惹かれていた。
「っ、それでも、私は待ちます。彼が帰ってくるまで……!」
すんでのところで手を振り解いた。
しかし相手はまるで動揺するそぶりも見せずに、「そうか」と受け入れた。
「なら、待つといい。俺がここに戻ってくるまで、ちゃんと考えてほしい」
そう言って、彼は背を向けた。
やがて姿が消えるのを待って、私はその場に座り込んだ。
手で顔を隠す。
きっと、頬が赤くなっている気がしたから。
「どうしよう。私、ドキドキしてる……」
揺れ動く感情に心地よさを覚えながら、今日一番に重い息を吐いた。
ユリウスはため息を吐いた。
「まあいい。面倒ごとは魔術師の奴らに投げれば済むことだ」
王国騎士団七番隊。
通称『魔術師隊』。
ある日突如、軍部の管理を任されているセイル王子によって建ち上げられた新部隊。
魔術使いを名乗る奇人たちの参入を、当時の人々が猛烈に批判したかと言えば、そうではない。
何故なら、騎士団は深刻な人員不足に陥っているからだ。
正直なところ、猫の手でも借りたいほどである。
今では『魔術師隊』は立派な雑用。
騎士団内の面倒ごとを端から端まで片付けてくれる。
「さて、そろそろ時間だ。未来の勇者の出迎えをするとしよう」
ユリウスは立ち上がった。
いずれ勇者となる——いや、この手で勇者とする戦士、ライガー・ベリオスを迎えるために。
=====
私は、何をしてるんだろう。
始まってしまった武闘会。
戦う剣士たちを遠目に、そう思った。
本当は、レンジの奴を応援してやるために来た。
彼が来ないんだったら、別に見る価値のないものだった。
でも——
「エリス嬢。もしあなたの気が許すのなら、どうか俺の試合を見に来てほしい」
気づけば私は試合の観戦席にいた。
視線が、無意識の内に彼のことを追う。
鍛え上げられた体躯。
爽やかに舞い上がる金色の頭髪。
敵を見据える紅色の瞳。
レンジとは比べ物にならないほど、気高く、美しかった。
「勝者、ライガー・ベリオス!」
決着の宣言が成された。
全戦全勝だ。
相手はなすすべもなく、鮮やかなライガーの剣術を前に跪かされた。
「あ……」
「エリス嬢……?」
ハッと我に返る。
呆けたいたらしい。目の前に来ていた彼に気づかなかった。
「す、素晴らしかったです、ライガー様」
「そうか、それは良かった……」
気まずい間が生まれる。
でも、それはどこか心地よくて、嫌いじゃない沈黙だった。
「エリス嬢。俺はこれから、王都に行って修行を積んでくる」
「はい、それはもちろん、存じています」
「だから、しばらくここには来れない」
ライガー様は柳眉を下げて、残念そうに目を伏せた。
「——行く前に、伝えておきたいことがあったんだ。だから、今日は誘った」
「伝えたいこと、ですか……?」
彼はまっすぐに私を見つめると、言った。
「いつか俺が修行を終えて強くなった時、俺は魔王を倒す旅に出るだろう。——その時、ついて来てほしい」
想定外の言葉だった。
私は口元を押さえて、必死に動揺を隠す他ない。
「かつて勇者が聖女と旅をしたように、俺と一緒に、旅をしてくれないだろうか」
「それは……」
差し伸べられた手を掴みかけた時、脳裏によぎったのはレンジのことだった。
「……それは、できません。私は、レンジと一生を添い遂げる約束を交わしていますから」
ずっと、レンジのことを引っ張ってきた。
訓練をサボった時も、実戦訓練が怖いと怖気付いた時も、必ず手を引いて立ち上がらせてきた。
それはいつの日か、彼が一人前になって、人の前に立てるような人間にするため。
そのためにずっと、私は待ってきた。
これからもそのつもりだ。
——でも。
「それでも俺は、君と旅をしたいんだ、エリス」
手と手が触れた。
私は一瞬何をされたのか分からなかった。
そして次の瞬間、手を引かれたのだと気づいた。
ずっと、レンジを引っ張って来た。
クレメール家の秀才として、あらゆる場面で常にトップに立ってきた。
そんな私が、人生で初めて手を引かれた。
「——もう、レンジのことを待つ必要はない。あいつは逃げたんだから」
レンジが逃げ出した。
そう言われた時、私はその言葉を容易には信用できなかった。
でも、そんなことはもうどうでも良くなっていた。
逃げもせず、それどころか私の手を引いてくれるその存在を前にして、きっともう心を惹かれていた。
「っ、それでも、私は待ちます。彼が帰ってくるまで……!」
すんでのところで手を振り解いた。
しかし相手はまるで動揺するそぶりも見せずに、「そうか」と受け入れた。
「なら、待つといい。俺がここに戻ってくるまで、ちゃんと考えてほしい」
そう言って、彼は背を向けた。
やがて姿が消えるのを待って、私はその場に座り込んだ。
手で顔を隠す。
きっと、頬が赤くなっている気がしたから。
「どうしよう。私、ドキドキしてる……」
揺れ動く感情に心地よさを覚えながら、今日一番に重い息を吐いた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
転生先はご近所さん?
フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが…
そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。
でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる