魔王サマの光堕ち 〜父の期待に応えて魔王をやってますが、勇者が俺を倒さないどころか溺愛してくる〜

宇地流ゆう

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23. 知らない

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⚠︎弟攻め要素あり
⚠︎拘束




 幼い頃、僕は父さんが大嫌いだった。殺してやろうとずっと思っていた。辛い鍛錬も魔力の練習も、父さんを倒すという目的のために、何でもやった。

 でも、お兄ちゃんはそんな僕を見つめて言った。

「セルガ、無理するな」

 父さんとの実践訓練で、全身傷だらけになった僕を、お兄ちゃんはおぶって部屋まで連れて行ってくれた。あらゆる魔法薬を集め包帯を巻きながら、お兄ちゃんは優しく言った。

「王座を継ぐのは僕だ。責任も、期待も、全部僕が背負う。だからお前は心配しなくていい。こんなに傷つくまで、鍛錬しなくていい」

 その時、僕は心の中で笑った。ああ、お兄ちゃん。お兄ちゃんはこの世で1番魔王に向いていないよ。
 だって、僕が父さんへの殺意だけで動いているなんて夢にも思わず、王族として父の期待に応えるために鍛錬をしていると思っているんだから。

 お兄ちゃんは真面目で、優しすぎる。人一倍繊細で、残酷なことに耐えられず、あらゆる邪悪な念から程遠いところにいる。

 闇に生まれてしまった、一つの儚い花—————可哀想に。僕が守ってあげるよ。花瓶に入れて、保存して、毎日お世話して。

 魔王になるのは僕だ。そしてお兄ちゃんは……部屋に飾るお花だ。

「セ、ルガっ……も、もう、やめ……ッ」

 目の前のお兄ちゃんは、白い頬を紅潮させ、涙を浮かべながら懇願している。ふふ、可愛い。「やめろ」と言いながらも、僕が触れるたびに反応しちゃう姿が、1番美しい。

 僕はお兄ちゃんを守ると決めた。だから、1番強くなる。2年ほど前、父さんが南の遠征に僕を向かわせた時、それはチャンスだった。父さんの目の届かないところで強くなって、眷属を束ね、やがてここへ奇襲を仕掛ける手筈だった。

 なのに。

「やめてほしい?」

 鎖に留めたお兄ちゃんを見下ろして言うと、彼は縋るように、必死に頷く。それすらもいじらしくて、愛おしい。だからますます怒りが湧いてくる。怒り狂いそうだ。

「じゃあ、その『勇者』のこと、話してよ。まさか光の領土から来た奴に、絆されたなんて言わないよね?」

 お兄ちゃんは流されやすい。特に、優しさを見せられるとすぐに勘違いしてしまう。
 だから僕は、彼の優しさにつけ込んで陥れようとする奴を、徹底的に始末してきた。彼を狙っている暗殺者、下品な視線を彼に向ける低級淫魔——————全部陰で排除してきたのに。まさかお兄ちゃんは、よりにもよって、光の領土の奴なんかに騙されたっていうの?

 まったく……お兄ちゃんは弱いけど、馬鹿ではないと思っていたのに。

 それを確かめるために、その白い肌に再び指を触れる。焦らして煽るように、腹部から胸にかけて。彼は反射的にビクリと身体を揺らし、抵抗する。

「ち、違う、勇者は追い払った。もう、いない……!」

「じゃあ、これは?」

 引きちぎったあの羽飾りを、片手に握って見せる。やはり光の魔法が宿っているそれは、触れただけで指がピリつく。何でこんなものをわざわざ身につけてたんだろう?

「それ、は……剥ぎ取った、戦利品だ」

 彼は荒い息をつきながらも、必死に何かを庇うように言った。この期に及んで、まだそんなことを……

「下手な嘘つかれると、もっとイライラするよ」

 我慢の限界だ。グッと、彼の脇腹の白い肌に爪を食い込ませる。

「うっああッ」

 痛みに目を見開くお兄ちゃんに、僕はため息をついてみせた。

「僕だって、ほんとはこんなことしたくないよ。でもお兄ちゃんは、玉座に就いた途端、それを放棄して、闇の領土全部を裏切ってる」

 すーっと、その薄い皮膚の上に爪を走らせていく。喉元をそっと掴んで顔を寄せると、お兄ちゃんの身体が強張るのがわかった。

「ちが……」

「なら、僕が王座についたほうがいいよね?大丈夫だよ、邪魔な奴は皆殺しにして、お兄ちゃんはずっと可愛がってあげるから」

 かぷり、とその白く尖った耳を噛む。途端、彼は甘い声を漏らして飛び上がる。僕はお兄ちゃんの弱点を全部知っている。僕だけが、知っていたはずなのに。

「ねぇ、そいつに何されたの?まさかこれ以上のことされたなんて言わないよね?」

「セルガ、や、離、せっ……」

 目を逸らそうとするお兄ちゃんの顎をグッと強く掴んでこちらを向かせる。正面から見下ろすと、その綺麗なアメジストの瞳が、複雑に揺れていた。唇を噛んで、懇願するような顔をしながらも、尚も「そいつ」については一言も喋らない。

 ……へえ?これ以上のこと、されたんだ?
 
 お兄ちゃんの顔を見て、確信してしまった。湧き上がった憎悪に任せて、手の中の小さな羽根飾りを、粉々に割ってやった。

 パリンッ!と儚い音を立てて翡翠の石が砕け、光の魔法が一瞬で消える。それが黒い灰となって散るのを見ると、少しの満足感が得られた。

「さ、変なまやかしはもう忘れよう?僕がお兄ちゃんに、新しい耳飾りと首輪を作ってあげるから」

 安心させるように言ったつもりだった。でも、お兄ちゃんの反応は違った。

 彼はしばらく、呆然としたようにこちらを見つめて—————いや、彼が見ていたのは僕じゃなかった。羽飾りが灰となって散っていった、その虚空しか見つめていない。

 と、お兄ちゃんの顔が、じわじわ怒りに滲んでいくのがわかった。ゾワッと、何かすごい魔力の増幅を感じて、次の瞬間、彼を拘束していた鎖が粉砕されていた。

「え......」

 僕の魔力で強化したはずの鉄の鎖が……

「セルガ!!」

 驚く間もなく、僕は地面に叩きつけられ、首を掴まれていた。こちらを見下ろすそのアメジストの瞳は、見たことのない怒りに燃えている。
 
「なんで……!」

 彼は微かに声を漏らす。涙混じりの声だ。首を掴む手が震えていて、僕の頬にぽたり、と雫が落ちた。

「あれは、ソルのっ……!!」

 僕はそこでようやく理解した。あの羽根飾りを壊されて、ここまで逆上するなんて。

「何、そんなに大切なの?」

「黙れ!!」

 聞いたことのない咆哮だった。僕の知っている優しいお兄ちゃんじゃない。それに、その瞬間感じた魔力は、並のものではなかった。どこか、父さんの圧倒的な魔力と同じ気配さえ感じる。あり得ない。

 次の瞬間、目の前で漆黒の雷が爆ぜ、部屋は轟音とともに大破していた。一体彼の小さな身体のどこに、これほどまでの魔力が隠されていたのか、僕でさえ知らなかった。
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