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第一話『アマダランの政変』
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その山の木は、二人だけの秘密だった。
俺と「彼女」は、そこで育ったようなものだ。幼いころから二人でそこに行き、遊び、持ってきたごはんを食べた。
お互いの立場は、いつしか変わっていった。幼なじみから恋人へ、そして夫婦へと。
就いた仕事はつらかったけど、なんとか頑張れた。それも妻と、おなかに芽生えた小さな命があるからだった。
――終わりは、突然やってきた。
流行り病だ。どこからか病気をもらってきた妻は、その日の夜には高熱を出し、救急車で入院。一か月ほど頑張ってくれたが、その後、あっさりと逝ってしまった。
「あの木の下で、また過ごせたらいいね」
うつろな目をしながら言う妻の手を必死に握り、俺は誓ったんだ。
どれだけ月日が過ぎて、たとえ生まれ変わってしまったとしても、二人で必ず会おうと。
あの木の下で。
◇
「……ああ、寝ちまってたか」
目を開けると、自分の両足が見えた。
背中に硬い感触がある。あの木だ。
忙しくもむなしい日々の合間を縫い、こうして山に出かけ、木の下で腰かけていた。傍らには妻の遺影を携えて。
いい天気だ。見上げれば青空と、そして鮮やかな緑の葉が茂った木の枝が――。
ない。
「えっ?」
強烈な違和感を感じ、俺は目を見開いた。
茂っていない。まるで冬のように枝が枯れてしまっている。
辺りを見回した。そして二度ビックリした。
「山じゃ……ない」
ふもとから歩いて一時間はかかる距離のはずだった。周囲には森が広がっているはずだ。
それが、ただのなだらかな平地になっていた。何度まばたきしても、現実の映像は変わってくれない。
立ち上がり、改めて周りを確かめる。
木の幹は――多少痩せ枯れてはいるが、あまり変わっていない気がする。ただ、寝る前と同じものはそこだけだ。
あとは、全く違う光景だった。
緑の平原。牛や馬でも放牧されていそうなくらいだ。
森はそこかしこにある。遠くに山も見える。
そして、真横に一軒の家。
「なんだこれは、タチの悪い夢か?」
白日夢か、それとも明晰夢ってやつか。しかし何度自分の頬をはたいてみても、ただヒリヒリ痛むだけだ。
混乱する俺の頭に、一つの選択肢が浮かんだ。
――この家を調べるか、それとも遠ざかるか。
誰かいるかもしれない。ここが日本かどうかも分からないんだ、何か武器でも持っていたら、自分は抵抗できずにやられてしまう。
くるぶしほど高さのある草を踏み分けて、俺は足を進めた。
目線は家のほうに向けたままだ。自分がいる側の壁に窓がついていたが、中は暗く、何も見通すことができなかった。
なるべく音を立てないように、すり足で歩く。折れたところにドアがあった。きっちり閉まっている。
よくよく見てみると、古い、と感じた。ドアノブなどはなく、黒い鉄の取っ手がついている。
まるで倉庫か、それともファンタジーの世界によくある中世風の建物か……。
ゴクリと唾を飲み込み、取っ手に手をかけた。静かに開けていく。
――誰もいない。
中にあったのは、丸テーブルに二つの椅子。奥には木製のベッド。
それから手前の壁際。台所なのだろうか、広くとられた窓から光が差し込んでいるその場所は、下の穴に薪が詰まっており、台の上には灰と墨。さらに天井から鎖が延び、鍋がその下にぶら下がっていた。
なんだか殺風景のような、温かみを感じるような。
誰かがここで生活をしていたのは確かだ。もしくは「している」のかもしれないが。
ほかに、小さなチェストがあった。中を開けてみると、調味料らしき粉や粒が入った瓶がいくつか、そしてキャベツらしき葉物野菜とトマトがあった。
……いや、手にとってよく見てみると、何かが微妙に違う。別に俺は農家じゃないから詳しくもないが、スーパーなどで見るそれらの野菜とは違うものに感じた。
腹は少し減っている。しかし、勝手に調理して食うわけにもいくまい。
かがんで野菜をチェストに戻そうとする。
そのとき背中から声がした。
俺と「彼女」は、そこで育ったようなものだ。幼いころから二人でそこに行き、遊び、持ってきたごはんを食べた。
お互いの立場は、いつしか変わっていった。幼なじみから恋人へ、そして夫婦へと。
就いた仕事はつらかったけど、なんとか頑張れた。それも妻と、おなかに芽生えた小さな命があるからだった。
――終わりは、突然やってきた。
流行り病だ。どこからか病気をもらってきた妻は、その日の夜には高熱を出し、救急車で入院。一か月ほど頑張ってくれたが、その後、あっさりと逝ってしまった。
「あの木の下で、また過ごせたらいいね」
うつろな目をしながら言う妻の手を必死に握り、俺は誓ったんだ。
どれだけ月日が過ぎて、たとえ生まれ変わってしまったとしても、二人で必ず会おうと。
あの木の下で。
◇
「……ああ、寝ちまってたか」
目を開けると、自分の両足が見えた。
背中に硬い感触がある。あの木だ。
忙しくもむなしい日々の合間を縫い、こうして山に出かけ、木の下で腰かけていた。傍らには妻の遺影を携えて。
いい天気だ。見上げれば青空と、そして鮮やかな緑の葉が茂った木の枝が――。
ない。
「えっ?」
強烈な違和感を感じ、俺は目を見開いた。
茂っていない。まるで冬のように枝が枯れてしまっている。
辺りを見回した。そして二度ビックリした。
「山じゃ……ない」
ふもとから歩いて一時間はかかる距離のはずだった。周囲には森が広がっているはずだ。
それが、ただのなだらかな平地になっていた。何度まばたきしても、現実の映像は変わってくれない。
立ち上がり、改めて周りを確かめる。
木の幹は――多少痩せ枯れてはいるが、あまり変わっていない気がする。ただ、寝る前と同じものはそこだけだ。
あとは、全く違う光景だった。
緑の平原。牛や馬でも放牧されていそうなくらいだ。
森はそこかしこにある。遠くに山も見える。
そして、真横に一軒の家。
「なんだこれは、タチの悪い夢か?」
白日夢か、それとも明晰夢ってやつか。しかし何度自分の頬をはたいてみても、ただヒリヒリ痛むだけだ。
混乱する俺の頭に、一つの選択肢が浮かんだ。
――この家を調べるか、それとも遠ざかるか。
誰かいるかもしれない。ここが日本かどうかも分からないんだ、何か武器でも持っていたら、自分は抵抗できずにやられてしまう。
くるぶしほど高さのある草を踏み分けて、俺は足を進めた。
目線は家のほうに向けたままだ。自分がいる側の壁に窓がついていたが、中は暗く、何も見通すことができなかった。
なるべく音を立てないように、すり足で歩く。折れたところにドアがあった。きっちり閉まっている。
よくよく見てみると、古い、と感じた。ドアノブなどはなく、黒い鉄の取っ手がついている。
まるで倉庫か、それともファンタジーの世界によくある中世風の建物か……。
ゴクリと唾を飲み込み、取っ手に手をかけた。静かに開けていく。
――誰もいない。
中にあったのは、丸テーブルに二つの椅子。奥には木製のベッド。
それから手前の壁際。台所なのだろうか、広くとられた窓から光が差し込んでいるその場所は、下の穴に薪が詰まっており、台の上には灰と墨。さらに天井から鎖が延び、鍋がその下にぶら下がっていた。
なんだか殺風景のような、温かみを感じるような。
誰かがここで生活をしていたのは確かだ。もしくは「している」のかもしれないが。
ほかに、小さなチェストがあった。中を開けてみると、調味料らしき粉や粒が入った瓶がいくつか、そしてキャベツらしき葉物野菜とトマトがあった。
……いや、手にとってよく見てみると、何かが微妙に違う。別に俺は農家じゃないから詳しくもないが、スーパーなどで見るそれらの野菜とは違うものに感じた。
腹は少し減っている。しかし、勝手に調理して食うわけにもいくまい。
かがんで野菜をチェストに戻そうとする。
そのとき背中から声がした。
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