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しおりを挟む折れない由宇を見て、橘が優しくその腕を握った。
橘の手は思いの外温かくて安心したのも束の間、握り込まれたその力強さに由宇は片目を細めて「痛い」と音を上げた。
「ガキのお前にどんだけの覚悟があんの? オトナの汚えとこ見せたくねーから付いてくんなって言ってんのに」
「痛いって……先生……っ」
「橘先生、だろ」
「……橘先生、痛いから離して」
「その顔いいじゃん。 それはガキじゃねーな」
訳の分からない事を言って唇の端を上げた橘が、握っていた由宇の手をサッと離した。
少し握られただけなのにジンジンしている拳を擦りながら、由宇は立ち上がって橘の前に回り込む。
やはりさっきの言葉の裏にはそういう思いがこもっていたと知って、正義感の塊である橘を人として見直していた。
「先生、俺何にも力になれないけど、友達のために何か出来ないかなって思うのは間違ってる? 覚悟なら出来てるよ、みんなが幸せになる方法なんて無いもん」
自身の両親の件で、由宇は痛感していた。
大人の汚さ、過酷さ、冷淡さもこの目で見てきたからよく知っている。
今まではとてもじゃないが直視したくなくて避けてきたけれど、その経験が由宇の逞しさへと繋がっていき始めていた。
以前は「みんなが不幸だ」とシクシク泣いていた由宇が、真っ直ぐ橘を見据えてそんな事を言うので、彼は僅かに驚いたような表情を見せた。
「考え変わったのか? どーしたんだよ」
「ううん、そう気付いただけ。 状況的に、みんなが幸せになる方法は無いけど、道を探してあげることは出来るよね」
もちろん誰も不幸になどなってほしくない。
けれどどうしようもない時もある。
怜の父親と橘の婚約者との間にどれだけの愛が芽生えているのかは知らないが、法に訴えて引き裂く事も容易い現状でもそれが解決になるとは限らない。
母親が精神を病んでしまっているからと、無理に父親を呼び寄せたところで家族が元通りになるとは思えなかった。
由宇は自らの両親と重ねていた。
きっと当人達の離婚の意思が固い今、誰が何を言おうと結末は変わらない。
だがお互いにとってそれがプラスに作用するなら、止める事など出来ないのだ。
そう、誰がどう諭そうとも。
(父さんと母さん見てたから分かるよ。 ……そこにお互いを思う気持ちがなくなったら、もう終わりなんだ、って……)
両親も離れる事で清々するだろうし、由宇はほんのちょっとだけ家族というものに未練はあっても、これまでがこれまでなので受け入れる準備は出来ている。
果たして怜にそれを受け止める心の余裕があるかは分からないが、そこからが由宇の出番だと勝手に思っていた。
しばらく橘の瞳を見詰めていると、彼の纏うヒリついた空気が変わった。
「……土曜日十六時、お前の家の最寄り駅まで迎えに行く」
「……先生、それって……!」
「ただし現場に行くのは俺一人だ。 お前はこないだ会ったあいつらと車で待機だぞ」
「分かった、それでもいい! ありがと、橘先生!」
橘はそれだけ言うと由宇に背を向けた。
(良かった、思い通じた……)
これでもダメなら強行突破で本当に橘をストーカーしなければならないと危惧していたので、まずは安心した。
複雑な大人の事情を垣間見なければならない心境に、やはり胸は痛む。
しかし覚悟を決めた由宇は、その日を心して待ち望んだ。
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