個人授業は放課後に

須藤慎弥

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 見慣れた街並みへと帰ってきた。

 窓の外が知った景色になってくると、不思議とホッとする。

 いつもと様子の違う橘には何も聞けていなくてムズムズしているし、由宇はまたも眠気と戦わねばならないしで、内心はとても忙しかった。


(あれ、この道……もしかしてもう俺ん家向かってる……?)


 まもなく戸建ての由宇の自宅へと辿り着きそうで、どうりで知った道のはずだ。

 すっかり辺りは暗くなっていて、気にしていなかった車内のデジタル時計を見ると20:07と表示されていた。

 橘は何も言わないが送ってくれようとしているのかもしれない。


「先生……さっき迎えに来てくれた駅、目指してる?」
「いや、お前ん家」
「えぇっ?  俺先生に家教えたっけ……?  そういえば最寄り駅もなんで知って……」


 何の躊躇いもなく「最寄り駅に迎えに行く」と言われて、由宇もまったく気にしていなかった。

 なぜ知っているのか一瞬だけ考えてしまいそうになったけれど、この橘なら由宇の住所くらい数分もあれば調べられるのかもしれない。

 後ろから、パパラッチのように厳つい装備の車で付いてくる仲間達が居るのだから。


「細けー事は気にするな。  もうすぐだろ、起きてろよ」
「んー……。  先生、家の前でちょっとだけ待っててくれる?」
「なんで」
「家に居たくないから、やっぱ怜のとこ泊まろーと思って。  俺もう少し時間掛かるって思ってたから……駅まででいいから送ってくれたら嬉しいなーと」


 由宇はすでにこの三ヶ月もの間、週末を家で過ごしていない。

 看護師である母親は金曜夜勤で土日は大体家に居るのだ。

 それなのに父親が仕事にかこつけて帰ってこないため、週末はどんよりとした雰囲気が家中に立ち込める。

 その空気を吸うと由宇までどんよりになってしまうので、本当に家に居るのが苦痛だった。

 急に祖母の家から帰る事になった、とでも言えば怜なら喜んで迎えてくれそうな気がして、由宇は図々しいと分かっていながら橘にそんなお願いをしてみる。

 めんどくせーとお決まりの台詞が飛び出すのを覚悟で少しだけ橘を窺おうとすると、ジッとこちらを見ていた。


「家に居たくねぇって、なんでだよ。  そんなしょっちゅう、ひょろ長の家に泊まってんの?」
「泊まってる。  週末は必ず。  家に居たくないから」
「は?  週末は必ず?  ……何、まだ親揉めてんの?」
「揉めてるっていうか……揉めてる……かな。  空気悪いし、お父さん帰ってきたら大喧嘩始まるし、家に居場所ないもん」


 勘の鋭そうな橘に隠しても無駄だからと、由宇は本音を吐露した。

 信号が変わるまでひたすら由宇を見詰めていた橘が、ふと前を向いて信号を睨む。


「……そういう事は早く言え」
「え、ちょっ、俺の家こっち……」
「今日は俺ん家に泊まれ」
「えぇぇぇ!?!」
「うるせーよ!」


(うるせーって、うるせーって、驚くだろ!!  てかヤダ、今日一日の先生見てたら怖くてたまんないんだけど……!)


 気持ちの整理が付かないまま、橘は由宇の自宅方向からUターンして別の方へと走り出してしまった。

 嫌だからと車から飛び降りるわけにはいかないし、そこまでしなくても由宇には怜という逃げ場がちゃんとあるのに。

 絶叫したせいで橘に怒られてしまい、同じテンションで狼狽えてもまた「うるせー」と言われてしまうから、努めて冷静に橘の服を摘んだ。


「先生、いいってば。  先生がそこまでしてくれなくても、俺は怜の家に……」
「そんなしょっちゅうとは思わなかった。  イライラすっから今日は俺ん家」
「い、イライラ……!?  やめてよ先生……物壊すのは……」
「壊してほしくなかったら黙って乗ってろ」


 今日一日を思い返せば、いくら橘とは言え心身共に疲れているのかもしれない。

 だから些細な事でイライラするのだ、そう結論付けた由宇は、それ以上もう何も言うまいと大人しくしておいた。

 ちょっと前まで大嫌いだった橘の家に行くなど、何となく複雑な心境だ。


「あ、俺。  歌音を頼むわ。  俺用事できたから別行動な」


 橘はスマホで仲間達へ連絡を取ると、それだけ言って由宇にスマホを渡した。


「それにお前の番号打ち込んどけ」
「え、ヤダよ、なんで……」
「あぁ?  嫌だ?」
「い、いえ!  嫌じゃないですとも!」


 威圧的に見てくるのはルール違反だろう。

 なぜ橘に番号を教えなければならないのかと不満タラタラであったが、今後怜の家族の事で連絡をもらうためにはしょうがないかなと思い直した。

 無理やりだ。

 眉を寄せてのあの睨みは、やはりいつまでたっても慣れない。




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