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しおりを挟む壁に付いた両腕がなんの役にも立たなくなってきた。
体を揺さぶられているからではなく、切羽詰まった事情と擦り上げられる快感に力が入らなくなったのだ。
立っていられないほど足も震えて、催しているそれを根本から握り、意地悪な橘を振り返って力なく睨む。
「せん、せぇ……怖いよっ、俺の潰れちゃう、ってば……!!」
「使いもんにならなくなっても困んねーだろ」
「はぁ!? …っ、んっ…困る、困るよっ…! 離して、ふーすけせんせ…っ、お願い、手離して…っ」
「出したいなら言え。 こういう事すんの俺だけだって」
「なん、なんでっ? …んーっ! …嫌、やめてっ…何でそれを、言わせたがるんだよ…!」
「俺が安心する」
「はぁ??」
昨日から同じ事を繰り返し言われているが、「安心する」とはどういう事なのか。
言われなくても、もう橘の事で頭がいっぱいな由宇は依然として続くチグハグ発言に困惑の文字しか浮かばない。
(なんか……好かれてるかも、って勘違いしちゃいそうだ……)
橘の台詞はどれもこれも想いが詰まっているような気がするけれど、「期待」はしてはいけないらしい。
今こうしているのは恋人同士がする事なのではないか、そんな疑問が浮かんでも、橘は何を考えいるのか分からない無表情で腰を動かし続けている。
振り返って三白眼と目が合っても、何も伝わってこない。
───性欲処理───
こんな侘しい文字が頭をよぎる。
雰囲気のある山あいのこじんまりとしたお洒落なペンションは、セックスしたくなる場所だと橘本人が当然だと言わんばかりに豪語していた。
うっかり好かれているかもと勘違いしてしまいそうな発言をされれば、由宇ではなくとも心はグラついてしまうはずだ。
それがどういう意味を成すのか、深く考えなくてもいい状況下にいるのかもしれない。
目の前に居たのが由宇だったから、仕方なくこうしているだけ───。
(そうだ、ふーすけ先生は俺みたいなガキ、相手にするはずない……)
「俺イきそうだけどお前はどうすんの? 考え事してるなんて余裕じゃねーか。 これ、握り潰されてぇの?」
「そ、そんなわけ、っ……ないだろ…! あっ…あっ…も、分かった、分かったからっ……ぁんっ…」
「早く言え。 全部ぶちまけてぇんだろーが。 もう漏れ始めてんぞ」
握られた由宇の性器から先走りではないものがチロチロと溢れ出てきていた。
考え事をしていたのがバレて気まずい、なんて思う間もない。
絶えず揺れる衝撃と我慢出来ない朝の尿意に、不屈を誓った由宇も陥落せざるを得なかった。
「せんせ、だけ…っ、ふーすけ先生だけだよ!」
「───はぁ、強情なペットは扱いに困るわ。 おら、溜まってるもん全部出せ」
「あっ、あっ……やぁぁぁっっ……!!」
高速で扱かれ、また橘も腰を早く打ち付けてきて、体を支えられたまま目の前の便器にすべてを放つ。
不可抗力とはいえ排泄音を聞かれてしまい、凄まじい羞恥に怯えた。
絶頂を迎えた由宇の瞳には涙が滲み、膝が笑う。
「尿意我慢すんの最高だろ。 我慢し過ぎはよくねーけどな。 ビショビショだからシャワー浴びねぇと」
橘の溜め息が由宇の耳元をくすぐった。
セックスにしては濃厚過ぎて、頭の整理が追い付かない。
世の大人達はみんな、こんなに恥ずかしい事を平気でしているのだろうか。
この手の経験はおろか、自慰すら進んでしてこなかった由宇にとって、AVを観る習慣も無かっただけに衝撃の連続である。
由宇の腕を取ってトイレから出て行こうとした橘に、呼吸を整えながら縋るような視線を向けた。
膝がガクガクしていて、歩ける気がしない。
「……はぁ、はぁ…先生、先行ってて……」
「何だ、腰抜けたのか? んな気持ち良かったとは嬉しいねー。 まだ挿れてもねーのに」
「もう、ほんとに……やめてよね…こういう事すんの……」
「それは無理」
「……っっなんで!? 俺じゃなくてもいいじゃ…」
「それ以上言うと全力で乳首噛むからな」
「ッッッ」
橘ならやりかねない。
こういう事は、自分より快楽を与えてくれる者とすればいい、これは由宇の中での本心だった。
それなのに簡単に跳ね除けられて、気を使った由宇がバカみたいだ。
その場で浴衣を脱いで全裸になった橘が、しゃがみ込む由宇を見下ろす。
「朝の露天風呂気持ち良さそーだけど、そんな時間ねーよな?」
突然のマイペース発言に、思わず目を見開いた。
由宇はこんなにも思い悩み、訳が分からないと困惑し、橘からの説明を強く求めているのにまた無かった事にしようとしている。
淫らな行為は橘にとって何気ない当たり前な事かもしれないが、由宇は違う。
(何でそんなに平気な顔してられんの…? マジでどういうつもりなんだよ!)
「ポメ、露天風呂行かね?」
「行かない!!! そんな時間あるわけないだろ!」
「残念。 また近いうちに来たらいいな。 冬はもっといい眺めだろーし」
「先生とはもう来ない!! 絶対来ない!」
「ぼたん鍋リベンジしたくね?」
「リベンジって……」
「昨日そんな食ってねーだろ。 ポメが発情すっから」
「発情!? そんなのしてないけど! それを言うなら先生の方だ!」
(なんで俺が先生を誘ったみたいになってんの!? 先生からチューしてきたくせに! ほんとムカつく!!)
俺様発言も大概にしてほしい。
橘の背後に見えた壁掛け時計が七時を指していて、本当に焦らなければならないのに。
悠長な悪魔は由宇の顎を取り、至近距離から睨んでくる。
「飼い主にそんな口きいていいと思ってんの? ま、キャンキャン吠えてるのが可愛いんだけどな。 あんあん言ってるのもそそるし」
「なっ……も、もうやめろって! 恥ずかしいから言うな!」
「俺にはそうやって本音言って甘えていーよ。 でもキャンキャン言うだけじゃ可愛がってもらえねーぞ。 たまには撫でてほしいだろーが」
「…………っっ何の話してんだよ!」
「ポメの話」
「はぁ!?」
「いいからシャワー浴びて支度するぞ。 朝メシ食いそびれる」
「朝メシより遅刻の心配しようよ!」
シャワーを浴びて支度をしていたら、どのみち朝食など食べている暇など無さそうだった。
きっと遅刻ギリギリに登校する事になるのだろうと溜め息をついたが、教師である橘も同じだと気付けば溜飲が下がる。
(ふーすけ先生も遅刻して校長先生から怒られたらいいんだ! ふんっ)
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