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10一3 ●ふーすけ先生の葛藤 Ⅲ●
しおりを挟む同日 午後八時。
橘は、拓也、瞬、大和のいつものメンバーと共に、由宇の父親が働く病院に潜入していた。
骨折患者のフリをしてギプスを左足に嵌めた瞬と、その付き添いを装うのは拓也と大和で、橘はというと「田中」と書かれたネームプレート付きの医者用の白衣を着て堂々と院内を徘徊している。
見舞いの時間は過ぎているのだが、当日の急患と紛れているからかすれ違う職員達から追及される事も無かった。
時折、
「……田中先生、まだ歩くのしんどいんすけど」
「松葉杖借りた方がよくないっすか?」
「仕事行けないの困るんで入院は勘弁っす」
などと三人が役になり切っているので、ひっきりなしに通る看護師達の誰も、疑いようが無い。
「先生違いだけどな」
橘が小声で突っ込むと、三人まとめて「シーッ」と口元に人差し指をやった。
「あら、こんな男前の先生、いたかしら? 何科の先生なの?」
外科病棟に到達すると、リハビリを兼ねて廊下を散歩中のご婦人に話し掛けられた。
「普段は内分泌科っす。 でも俺、非常勤なんで毎日いるわけじゃないんすよ」
「まぁ~そうなの。 外科病棟にいらっしゃるから、これから診てもらえるのかと期待してしまったわ」
「今日はたまたまっす。 ……おっと、もうじき消灯だから部屋戻りましょうか。 お送りしますよ」
「あらあら、ご親切に。 どうもありがとう」
じわじわと歩くご婦人の隣を歩く橘が、拓也達に目配せしてその場を後にする。
三人はデイルームに残り、柔和な拓也が夜勤の看護師に聞き取り調査をする手筈となっているので、そちらは彼らに任せた。
「何か必要なものとかあれば、すぐにナースコールしてください」
「ありがとう。 あなたは優しくていいわね。 ここの外科の先生って堅物な方が多いのよ。 相談事があっても、なかなか言い出しにくくて……」
「そうなんですか。 まー外科医は神経使うから、それでなんすかね? と言っても俺達も使うんすけど」
「オホホ、そうよね。 お医者様はみんなそうですよ。 ここの外科部長さんなんて、……ほら、今流行りの……パワハラ? って言うのかしら。 みんな、あの部長さんは苦手だって言っているわ」
ご婦人の言葉に、橘は内心グッとガッツポーズをした。
待っていた話題をご婦人の方から提供してくれたのだ。
患者と看護師の両方からきな臭い父親の情報を得て、決定的瞬間を収める必要がある。
一ヶ月以上の入院患者で、さり気なく情報を聞き出せそうなコミュニケーションに長けた者を探そうとしていたが、このご婦人から話し掛けられた時点ですぐにターゲットに抜擢した。
橘の勘は当たった。
「そうなんすね。 いやー、実は俺のいる病棟でも噂来てます」
「あら、本当に?」
「えぇ。 こういうデカい病院は医者の派閥もあるんすよ。 だから嫌でも耳に入ります。 どっかのドラマみたいっしょ?」
「そうなのね……。 パワハラなんて、テレビの中の事だと思っていたのに、私のお友達は現場を見ちゃったそうなの。 部長さんが新米の子を強く叱り飛ばしていたらしいわ」
「叱り飛ばすのはまぁよくある事なんじゃないんすか?」
「いいえ、叱った後が問題なのよ……」
そのご婦人の入院部屋は運良く個室で、橘の事を気さくに話せる医者だと信じてポロポロと色々な情報をくれた。
騙し続けるのも性に合わない橘は、十五分ほど長居した後、最後にご婦人に耳打ちして真実を打ち明ける。
「俺、ここの先生じゃないんす。 ほんとは高校の先生」
「まぁ! 高校の……!?」
「ちょっと事情あってな。 んーと、名前は……ヒロコか。 ありがとな。 来週お礼にでっけぇ花と山盛りの果物持ってきてやる。 あ、あと、部長の事嗅ぎまわってるの内緒にしといてくれ、とは言わねーから。 ヒロコの好きにして」
「ふふふ、見た目もさることながら、心の素敵な先生だこと。 お花と果物頂きたいから、内緒、にしておくわ」
「おっけー。 果物×2で持ってくる。 じゃな。 お邪魔しました」
ベッド上からにこやかに手を振って見送ってくれたご婦人は、橘の物言いや嘘のない真っ直ぐな瞳にご執心な様子だった。
今日の収穫はかなりのもので、拓也達も夜勤の看護師数名から様々な情報を得ていた。
あとは三人に由宇の父親を尾行してもらい、物的証拠を手に入れれば二週間で解決に至る。
由宇を悲しませたくはないが、一番苦しめられているのは由宇本人なので、橘は容赦なく徹底的に叩いてやるつもりだ。
元気いっぱいで素直過ぎるほど無邪気に育った奇跡と、時折垣間見せる年相応ではない遠慮がちな殊勝さ、おそらく幼い頃からの心寂しさを、父親と母親に突き付けなければ気が済まない。
「風助さん、飲み行きましょうよ」
由宇の父親へ憤っていた橘は、駐車場でそう拓也に誘われた。
しかし今日は樹との先約がある。
三人とも同じ族に居たので樹とももちろん面識もあるし、今でもやり取りはあるらしいので同席したいと言い出すだろうが、今日は無理だ。
「今日はダメ。 樹さんとメシ行くから」
「えぇ!! 俺らも連れて行って下さいよ! 樹さんと風助さんのツーショットなんて何年も見てないからすげぇ見たいっす!!」
「ダメだっつってんだろ。 大事な話あんの」
「そんなー……俺ら遠くの席にいるってのは?」
「そこまでして来たいのかよ。 それならいんじゃね」
「あざっす!! ついでにゴチになりますっ♡」
「お前らの目的はそれだろーが」
「ゴチと、ツーショットっす!」
「調子いいな」
タバコに火を付けた橘は、フッと唇の端を上げて微笑んだ。
車に乗り込み、煙を吐く前に前後の窓を半分だけ開ける。
由宇が乗ると「煙い」とうるさいので、それがもはや癖になってしまっていた。
「……タバコやめるか」
窓を開ける煩わしさより、「煙い」と言う由宇の体が心配になってきた。
実際の喫煙者が吸い込む煙よりも副流煙の方が害が大きいと聞いた事があって、この場に由宇は居ないのに、一口吸っただけでそれは灰皿へと放られた。
いきなり禁煙するのは難しいので、より害の少ない電子や加熱式の方を吸っていこう。
そして徐々に本数を減らしていけばいい。
車を走らせた橘は、ガムを噛んで吸いたい衝動を抑えることにした。
──今ここに、由宇は居ないにも関わらず。
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