個人授業は放課後に

須藤慎弥

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 暴露会から二週間が経つ。

 橘は、由宇を一生徒として扱っている。

 由宇も、一教師として橘を見ている。

 お互いに燃え上がりそうな恋心を抱いているのを分かっていて、知らないフリで気のない顔をするのは、由宇には少々大人の選択過ぎて慣れる事が出来ない。

 しかし、今までの橘を崩す勇気など、由宇にはない……。

 けれどどうしても、考えるのは橘の事ばかりだった。

 あの日からずっと髪をハーフアップに結って登校してくれている橘の心の奥底には、今も変わらず由宇が居るのかもしれないと思うと、なかなか吹っ切る事など出来なかった。

 話し合いにより、離婚の二文字が消えた両親の間にはまだ深い溝がありそうだが、あの日から家の中はとても静かだ。

 ベッドに入って瞳を閉じても怒鳴り声がしなくなったので、由宇はもれなく橘の姿を思い浮かべてはポッとなっている。

 ポッとなって、「ポメ」と呼びながら由宇へ意地悪に笑う顔を想像すると、布団の中でコロコロ動いて悶えてしまう。

 ひとしきり悶えた後は、ガッツリ落ち込む。

 恋してるとウキウキな胸中はすぐに捨てなければならなくて、浮いたり沈んだりが激しい。

 相手が男だろうが、教師だろうが、悪魔だろうが、魔王だろうが、好きになってしまったものはしょうがない。  どんな橘でもいい。

 その魔王様に婚約者が居なければ、だが。

 ───そんな気落ちした気持ちを引き摺らないで居させてくれるのは、みるみる表情に変化が見えてきた怜と、うるさく付き纏ってくる真琴の存在がかなり大きかった。

 毎日毎日、いつ勉強しているのかと疑ってしまうほど、真琴からLINEメッセージが届く。

 大体が怜に関する事で、「今日もカッコ良かった」「話したいけどまだ恥ずかしい」「怜、髪切った?」等々、まるで恋する女子とやり取りをしているようだった。

 恋してるなど言わずに、せめて友達として紹介するからと言っても、真琴はモジモジして「まだ無理だよ!」と叫ぶ。

 今日も放課後を迎えるや、真琴からのメッセージが続々と届いていた。


「由宇、最近よくスマホ触ってるね」


 駅までの帰り道、怜が付き添ってくれている道中でこんな事を言われた。

 今日は職員会議のため、個人授業はお休みだ。

 怜には、暴露会の翌日に橘との個人授業の事は話した。

 今まで進路相談だと偽っていた事もきちんと詫びて、怜の家族の件で動いていたと知った怜は怒ったりなどせず、逆に「ごめんね」と何故か謝られてしまった。

 怜は、日々母親のお見舞いに行くにつれて本当に活き活きしてきて、これまで成り行きを見守ってきた由宇は心の底から安堵している。


「あ、うん。  四組の林田真琴くんって知ってる?」
「いや、知らないな。  いつ四組の生徒と仲良くなったんだ?」
「んー……。  恋愛相談乗る事になって……」
「恋愛相談?  由宇が?」
「うん……って、笑いたいなら笑えば!」


 やはり真琴の事を知らない様子の怜は、由宇が恋愛相談を受けていると知ってニヤニヤし始めた。

 恋愛のれの字も知らないような由宇が、と思われているのだと分かると、笑われても仕方ない。

 まだ真琴には口止めされているし、また怜に隠し事をしている身では由宇もそう強気で居られなかった。


「ごめんごめん。  そんな怒んないで?  その林田真琴って人が、なんでクラスの違う由宇に?」
「あ……えっと、なんて言ったらいいのか分かんない」
「えぇ?」


 これ以上嘘を吐き続けたくなかった由宇は正直にそう言ったのだが、もちろん怜はそれで納得するはずがない。


「また俺に内緒にする気?  由宇、俺寂しいよ?」
「う~~!  そんな事言われても、言えないもんは言えないんだよぉぉ」


 由宇は嘆かずにはいれない。

 駅前に到着し、立ち止まった由宇の顔を本当に寂しげな表情の怜が覗き込んできた。

 ただの恋愛相談なら「実は…」と言えるけれど、真琴の恋する相手が目の前の怜である以上、勝手に仲介役を始めるわけにはいかなかった。


「……はぁ、……そんな子犬みたいな顔してれば許してもらえると思ってるだろ、由宇。  ……許してあげるけど。  言えるときが来たら話してよ?」
「子犬みたいな顔は余計だろ~!?」
「余計じゃないよ。  橘先生うまい事言うなって思ったもん。  なぁ由宇、アイス食べよ」
「……う、うん」


 子犬って何だとプンプンしていると、いきなり橘の名前が出て来て分かりやすく狼狽えた。

 名前だけで、体が勝手に反応してしまう。

 いけない事だと自身に言い聞かせれば言い聞かせるほど、さらに橘への想いが強くなってきている気がする。


(ほんとにドラマとか映画の中の世界みたい……)


 これは叶わない恋でした、などという一文が付きそうなくらい、由宇は教壇に立つ橘をうっとりと見てしまっている。

 まるで恋に恋をしているかのように。


「由宇、こっち」


 駅前のアイスクリーム専門のお店に入っていく怜から呼び止められる。

 何がいい?と問われ、由宇はたくさんの種類のアイスを前に目移りした。


「これ、かな」


 指差したそれは、綺麗なエメラルドグリーン色の中にチョコチップがふんだんに混ぜ込まれた、チョコミントアイスだった。

 今は何だか、そういう気分だった。



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