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しおりを挟む乃蒼は物心付いた頃から男性が好きだった。
小学校高学年ともなると、どの子が好きかという話題にチラホラなってくる。
例に漏れず、乃蒼もクラスのリーダー的存在のクラスメイトに、
「佐伯は好きなやついる?」
と聞かれた。
その時初めて、「俺は女子になんか目が行かない。 どちらかと言えばお前が好き」と、乃蒼は問い掛けてきたクラスメイトの方に興味津々だった。
もちろんそんな事は言わなかったけれど、ささやかな葛藤はあった。
自分は他人とは違う。 おかしいのかもしれない、と悩んだ中学校時代。
周りにカップルが出来始めるといよいよ危機感に見舞われたが、高校入学を機にそんな事で悩むのはやめようと思った。
世の中には同性愛者は少数かもしれないが、居ないわけではないと様々な媒体から知って心が軽くなった。
月光と知り合ったのは高校一年の春、入学したばかりの時だ。
「乃蒼ちゃん、かと思ったら乃蒼クンじゃーん」
やたらと馴れ馴れしく、自らの嫌いな名前を大きな声で言い放って笑い掛けてきた、野性的な見た目の生徒。
それが月光であった。
「自分の名前あんま好きじゃないから、呼ばないでくれる?」
入学式の翌日には茶髪にし、カッターシャツのボタンを四つも外している月光には乃蒼の気持ちなど響かなかった。
無表情で対峙する乃蒼に対し、ニコニコと笑顔を絶やさない月光。
見た目だけでは無く、声も内面も派手だという第一印象を持った。
「じゃああだ名作ろうぜ! のんたん、とか~!」
「……もっと嫌だ」
「ワガママだな~。 それじゃあ……ノアール」
「日本人じゃなくなってる」
「ぶはっ! たしかに!」
嫌だと言っている名前の方であだ名を捻り出そうとしている月光が、大口開けて笑っているのを見て、バカだなコイツと、その時つられて笑ってしまったが最後。
「おぉ、イケてんじゃん!」
乃蒼は月光に気に入られてしまい、そこから美容専門学校まで同じという腐れ縁となった。
試験の度に、なぜこの学校に入れたんだと何度も叱ったほどだが、月光は純粋で何も考えてないおバカの類いで、飾らないそれが乃蒼も気に入った。
人を惹き付ける魅力を持っていて、いつも月光の周りには人がいる。
見た目だけで言えば上の上くらいの結構な男前のため、彼女も途切れる事なく居たが、最初は乃蒼もそれほど気にはしていなかった。
高校一年の冬。
二人の関係に大きな変化があった。
三股がバレて全員に捨てられたと珍しく落ち込んだ月光を、たまたま家族が泊まりで出掛けて留守だったその日に家に上げてしまった事が、乃蒼の過ち……青春後悔の始まりだった。
… … …
「なんで三股なんかするんだよ。 バカじゃないの」
何かを大量に買い込んできた月光は、この時乃蒼宅へも何度となく遊びに来た事があるため勝手知ったるで部屋を歩き回り、いつもの定位置にドカッと座った。
レジ袋二つも一体何を買い込んだんだと中身を漁りながら、いまいち反省の色が見えない月光を叱りつける。
「だーって、みんな可愛かったし~。 好きだって言われたからさ~、断るのもな~と思うじゃん?」
「だからって三股はバカだろ、バカ」
「バカバカ言い過ぎだって~。 これでもちょっと凹んでんだぜ~?」
「知るか。 自業自得」
月光はいつもこの調子だ。
凹んでいるなどと言いながら、翌日には違う女と歩くような男である。
乃蒼も本気で心配などするはずがなかった。
「何だこれ。 コンドーム?」
「あっちゃー。 完全に癖だなぁ」
「今日使う事ないのに。 ご苦労様」
たった今凹んでいた奴が、あはは~と呑気に笑う横顔を見詰めて、コイツいつか刺されるんじゃないか?と、それだけは心配してやる。
フラれて彼女が一人も居なくなったその日にコンドームを買うなど、習慣とは何とも恐ろしい。
「あ、乃蒼~飯食った?」
「いやまだ。 月光が来るなら何か作ろうと思ってた」
「マジで! やった~! 何作んの? 俺肉食いた~い!」
「……ハンバーグなら出来るけど」
「じゃそれで! 俺先に風呂入るわ~」
「どーぞ」
やっぱり月光は、凹んでなどいない。
落ち込み、反省している言うならば肉が食いたいとは絶対に思えないはずだ。
相変わらずだなぁ、と月光のマイペースさに乃蒼は苦笑し、ここですでに脱ぎ散らかして行った彼の派手な服を畳んだ。
バスルームにタオルを用意していると、着替えはどうするんだろうとふと思う。
「ま、月光の事だし裸でいいとか言いそうだよな」
月光には確実に乃蒼の服は合わないだろうから、はなから借りる体でもいないはずで、だからといって着替えを持ってくるようなタイプでもない。
月光は細かい事は気にしない質だ。
階段を降りてキッチンへ入ると、乃蒼は月光との夕食用にいそいそとハンバーグを仕込み始めた。
料理は好きだ。
両親の帰りが遅いため、見よう見真似でやり始めたら向いていたようでなかなかに出来るようになった。
無心で居られるところもとてもいい。
サラダを仕込み、汁物には味噌汁を用意し、ミンチを捏ね始めた頃にのっそりと現れた月光は、リビングのソファにだらんと寝そべった。
まるで熟年夫婦のような光景である。
「うまそー!!!」
そろそろ焼けたかなとフライパンの蓋を取ると、少々の煙と共に途端に辺りに美味しそうな匂いが広がり、月光は派手に喜んだ。
風呂から上がってリビングでテレビを見ていた月光は、ハンバーグを焼き始めた匂いにつられてキッチンにやって来たかと思うと、そのまま乃蒼の作業をジッと見ていた。
そして出来上がった料理をとても美味しそうに平らげ、お腹を擦りながらリビングのソファにゴロンと横になった。
「ごちそうさまでした~!」
「いえいえ。 月光凹んでるって嘘だろ」
「あ、忘れてた。 凹んでるぞ~!」
「それ凹んでるとは言わないよ。 俺も風呂入ってくる」
「おー! いってら!」
バカだな、と笑ってやりながら乃蒼も風呂に入って出てくると、お腹が満たされ眠くなったのか月光がパンツ一丁でそのまま眠っていた。
家の中は暖房が効いているとはいえ、真冬だというのに案の定、服なんていらね~!と言われたので下着だけの姿だ。
「月光、寝るなら上行こうや」
「んー……乃蒼~おんぶして~……」
「無理に決まってんだろ。 俺潰れるっての」
「だよな~乃蒼小さいもんな~」
そこまで小さくないし、と憤慨した乃蒼が小言を言おうとした、まさにその時だった。
「ちょっ……おいっ」
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