永遠のクロッカス

須藤慎弥

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 長く逞しい両腕が伸びてきて、あっという間に乃蒼はガッチリと抱き締められていた。
 その上、強い力で月光から引き寄せられて腹の上に倒れてしまい、そのままギュッと腕に力を込められて相当に動揺した。


「月光っ? 寝ぼけてんなよ、月光!」


 逃れようとしても、ビクともしなかった。
 乃蒼も決して背は低い方ではない。
 百七十cmにやっと届いた程度だが、いかんせん華奢で、月光には身長も胸板もまるで敵わず力の差を思い知る。


「やべ、勃ってきちゃった~」


 てへ、と笑顔を見せる月光の頭をとりあえずペシッと一度叩き、本気で睨むとようやく解放された。
 ふらつきながら立ち上がるも、乃蒼は月光に隠れて胸を押さえた。
 初めて他人に抱き締められたその力強さは乃蒼にとっては未知なるものであり、まだまだ経験する事のない他人の体温を感じた動揺を月光にはバレたくなかった。


「……じゃあ処理してきなよ。 俺先に部屋戻ってるから」


 平静を装ってはいたが、内心はドキドキと心臓がうるさいくらいに脈打っている。
 まだ知らない快楽の扉は、高校を卒業したらと決めていたのにとんだハプニングだ。
 あんな事を平然とやってのけるほど、きっと月光は毎晩夜な夜な彼女達と楽しんでいるのだろう。
 女たらしを直に感じさせられた乃蒼は、寝ぼけているのかヘラヘラしている月光を無理矢理トイレに追いやって二階に上がった。
 あれもヤツの一つの癖だ、ヤツにとっては当たり前なのだと思うようにして、沸々としながら客人用の布団をいつものようにベッドの横に敷く。


「なんで布団敷いてんの~?」


 すると早くも戻ってきた月光が、部屋の扉を背凭れに腕を組んで立っていた。


「あ、もう戻ったんだ。 月光、今日はどっちがいい? ベッドと布団」
「そりゃベッドだけど。 布団いらねーって! 一緒に寝りゃいいじゃ~ん」
「はぁ? 何言ってんの。 さすがに狭いって」
「いいからいいから」


 ……こんな展開は初めてだ。
 唖然とする乃蒼の腕を取った月光は、先程を思い起こさせるような力強さでベッドへ引き込み、狭いシングルベッドに男子高校生二人が横になるという奇妙なシチュエーションを作り上げた。
 「え、えっ?」と戸惑う乃蒼の気も知らず、月光は呑気に天井に向かって両腕を伸ばす。


「なんかいいな~。 女もいいけど、俺乃蒼との時間も好きなんだよな~。 しばらく女やめとこっかな~」
「ふーん。 とか言って、明日には女連れて歩いてんだろ? 分かってんだからな」
「いーや、マジで! 女いらんわ~」


 月光の決意など、ハイハイ、と聞き流しておくに限る。
 まだ寝るには早い時間ではあったが、バカな事を言い始めた月光も眠そうだと勝手に判断し電気を消した。
 室内が暗くなり、暖房の稼働音しかしないと急に睡魔が襲ってくる。
 月光がうるさくない今がチャンスだとばかりに、乃蒼はゆっくりと夢の世界へ堕ちていった。
 ……だが。


「……乃蒼ー起きてんだろー? ノアール~」
「………………」
「勃っちゃったからさ~処理手伝ってよ~」
「…………トイレ行ってこい」


 さっき抜いてきたんじゃなかったのか、と乃蒼は眉間に皺を寄せた。


「あ! やっぱ起きてるじゃん! なぁなぁ~AVとかないの?」
「ない。 悪いけど」


 女の裸に何とも思わない乃蒼が持っているはずもなく、ただそれは男子高校生としては理解し難いようで「嘘だー」と即座に疑われた。
 せっかく眠れそうだったのに、これだけ横でうるさくされると眠気も覚める。
 眠気も手伝い、イラッとした乃蒼は半ば投げやりになった。


「俺ゲイだからAVはないの。 おやすみ」


 さらりと打ち明けた乃蒼に迷いは無かった。
 もし万が一性癖の事がバレても、月光の事だから軽蔑したりはしないだろうと以前から思っていたので、むしろこの機会はちょうど良かったのかもしれない。
 これで静かになるだろうと信じ、スッキリした乃蒼はそのまま瞳を閉じた。


「…………乃蒼、それマジ?」


 長めの沈黙の後、隣から聞いた事のない声色で問われた乃蒼は、「ん?」と内心で首を傾げた。
 予想とは違う反応だ。


「マジなのかって聞いてる」


 月光は、黙る乃蒼の肩をグッと掴んで自身の方を向かせた。


「……マジだよ。 嘘だって言ってほしいかもしんないけど、マジ。 あ、でも月光はタイプじゃないから安心して」
「……乃蒼モテるのに何で女作んねーのかな~って思ってたんだよなぁ。 硬派なだけだろ~って」
「女に興味ないからだよ。 分かったらトイレ行ってきなさい」


 月光に背を向け、手で追い払うような動作をすると、その手を取られてさらに問い詰めてくる。


「……経験は? ある?」
「なんの?」
「男とのセックス」
「…………」


 こんな事を聞いて楽しいのか甚だ疑問だが、月光の性格上、きっと珍しいものに出くわしたような興味本位なのだろうと、すっかり目が冴えてしまった乃蒼は上体を起こしながら答えた。


「……ないよ。 まだ俺には早いと思ってるし。 高校卒業して専門入って、バイトでも始めたら色々経験しようかなぁって。 ……漠然とな」
「……俺の事タイプじゃないって言ってたけど、ヤってみない? ヤれそうだろ?」
「………………は?」


 バカな奴がバカな事を言い始めた。
 乃蒼は頭を抱えて、やれやれとため息を吐く。
 それでも細かい事は気にしない月光は、鼻息荒く乃蒼にまとわりついた。


「ヤってみようぜ、俺もすげぇ興味ある~!」
「はっ? いや、興味あるからってやっていい事じゃ……っ」
「そんな固いこと言わずに~!」
「違うって。 月光は今ムラムラ中で勃ってるから正常な判断が出来てないだけなんだ。 俺も多分、ヤれない。 タイプじゃないし」
「えぇーーッ。 いいじゃん、俺不細工ではないだろ? セックスもうまいって評判よ?」


 しつこいほどヤろうと言い続ける月光は、きっと絶対に折れるつもりはないと目をキラキラさせている。
 乃蒼の手を痛いほど握ってきているのが、その証拠だった。


「そういう問題じゃない。 俺は友達のお前とそんな事するつもりないから、大人しくトイレに……」
「ゴムはあるとして、……ローションとかあった方がいいんだよな? ある?」
「おい、人の話を聞けって」
「ないなら買ってくるけど」


 これはもうだめだ。
 猪突猛進型の月光に説得など、馬の耳に念仏だ。
 乃蒼は少しだけ夢見ていた初エッチの相手を想像して、すぐに打ち消す。 こっそり思い描いていた初エッチの相手は、もう少し優しげでこんなに男臭くない人が良かった。
 月光は本当にタイプではない。
 けれど乃蒼も興味津々なお年頃で、説得は無駄だと分かった時点で心を決めた。
 相手が場数を踏んでいる月光でむしろ良いのかもしれない。
 友達だというのが引っかかったけれど、何となく、月光と一回セックスしたところで何かが変わってしまうような気はしなかった。


「…………ローション、……あるよ」
「よっしゃ! さっ、ヤろうヤろう!」


 乃蒼は貴重な初体験を、まさに流されて押し切られてやってしまった。
 後に続く苦悶の日々など、この時はまだ知らなかった。




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