永遠のクロッカス

須藤慎弥

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 ガチガチに緊張した乃蒼が腰にタオルだけ巻いた姿でバスルームを出ると、いつの時代のポルノ俳優かと紛う月光が口笛を吹いて出迎えた。
 元々の見た目も派手で、現役のホストであるからか、ソファにだらしなく腰掛けているだけで絵になる。
 月光の風貌も相まって、まるで帝王だ。


「乃蒼、肌まっしろだー」


 乃蒼へ手を差し伸べる月光にじわじわと近付いて行き、持っていた缶ビールを指差した。


「……あのさ、そのビール飲ませて」
「だめ~~。 酒の力借りようとしてんな~?」
「してる。 悪い?」
「悪いだろー。 素面でやんないと意味なくない? この前も、その前も、乃蒼酔っ払ってたじゃん~」
「その酔っ払いに手出したのはどこのどいつだよ」
「ははっ。 俺~!」
「お願い、一口でいいから。 さすがに一口じゃ酔わないって。 緊張ほぐしたいだけなんだよ」


 この姿でいる事自体、恥ずかしくてたまらないのだ。
 下着を身に着けず、タオル一枚で下半身を覆っただけの姿で月光の前に居る自分は、彼を逆に誘っているかのようだった。
 しかし衣服を着て出てくれば確実に脱がされる。 エロ魔神・月光の事なので、「自分で一枚一枚脱いでってよ」などと無茶ぶりされる可能性を思うと、その羞恥の方が遥かに耐え難い。

 ほんの少しでもアルコールを体に入れおかないと、あまりの緊張で目眩を起こしそうだった。
 乃蒼が腕を伸ばして月光が持っていた缶ビールを奪うと、クっと一口飲んでみる。
 ビールは飲み付けないため、苦味とのどごしに慣れない。


「乃蒼、緊張してんの?」
「…………かなり」
「へ~……そそる~」


 片眉を上げてもう一度口笛を吹いた月光が立ち上がり、乃蒼を抱き抱えた。
 同じ男として情けないが、軽々とベッドへ運ばれてしまう。
 半乾きの髪から雫が零れ落ち、乃蒼の頬を濡らして生々しさが増した。

 良からぬ事が起きそうで、月光の方のベッドルームにはそうそう立ち入らなかった乃蒼だが、この部屋もほとんど暗闇で覆われているためどんな内装なのかがさっぱり分からない。
 ただドでかいベッドが部屋の中央にドンとあるのは知っているので、そこに下された事は分かった。
 そのひやりとしたシーツの感覚と、恐らく目を血走らせている野獣を前にすると、……意を決するしかない。


「久々だな~乃蒼とやるの」
「そうでもないだろ」


 高そうなスーツをポイポイと床に投げる月光が、ベッドに膝を乗り上げていやらしく舌なめずりをしている。
 暗闇の中でもそんな表情が見えてしまい、緊張でおかしくなりそうだった。

 だがここで逃げ出すわけにはいかない。
 あの月光が本気で誠意を見せてくれたのだから、これを機に青春の苦い思い出を断ち切りたい。
 乃蒼を苦しめ続けた青春の後悔を、恋する事への恐怖を、月光本人に断ち切らせてほしい。


「俺の乃蒼になる?」
「………………」
「いや、そこで黙んなよ~ひでぇなぁ」
「ごめん。 さっきから言ってるけど、俺かなり緊張してんだよ」


 月光とのセックスと、これからの二人の未来を想像すると乃蒼に気持ちの余裕などありはしなかった。


「んっ……」


 フッと笑った月光が、早くもチロチロと乳首を舐めてくる。
 それだけではない。
 首筋から下腹部まで、至るところを優しく口付けてきた。
 乃蒼が気持ちよくなるように、そして月光自身も昂ぶるように、最高のセックスになるように、まさしくそれは愛撫だった。

 粗暴で、挿入さえすればいいと荒っぽかった過去の月光しか知らない乃蒼にとって、それは相当に驚愕すべき点である。
 酔っ払っていた二回のセックスの時も、これほど優しくは愛されなかったと思う。


「……んっ……月光、俺……マグロかもしんない。 ごめん」


 学生時代の月光との行為以降、泥酔後のほとんど記憶にない情事しか経験がない乃蒼は、これだけ愛そうとしてくれる月光を気持ちよくしてあげられるのか、急に不安になってきた。
 あの頃から経験値に差はあったが、月光に比べて乃蒼は完全に遅れを取っている。
 誰にも深入りしたくなかったせいで、腰の動かし方はもちろん、相手のいいところを探ろうともしなかった。
 乃蒼の言葉に、覆い被さっていた月光が顔を上げる。


「はー? 全然マグロじゃなかったけど~? ガンガン動いてくれてたし、腰も……って、なるほどな~。 俺じゃない奴に教え込まれたろー。 俺から離れてた七年の間に、どれだけの男を相手にしてきたんだよ」
「……あぅっ、……月光、腕離せ……っ」
「あ~ムカつく~。 俺の乃蒼なのに~」
「……おい、痛いって……! 月光っ……」


 昔から噛み癖のある月光が、嫉妬に駆られていよいよ本性を見せ始めた。
 乃蒼の両腕を一纏めにして頭上に追いやり、優しく口付けてくれていた場所を辿るように次々とあらゆる箇所にキスマークを付けられてゆく。
 時々、噛まれもした。
 懐かしい痛みと月光のイラついた瞳が、嫌でも決別したあの日を思い起こさせる。




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