永遠のクロッカス

須藤慎弥

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✧*。 67─海翔─ 回想7

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 三度目の熱を放ってもまだ興奮が冷めない海翔は、わずかに抜き差ししながら肩で息をする乃蒼の項に口付けた。


「ねぇ、乃蒼。 お互いが気持ち良いって思うセックスじゃなきゃ、しちゃダメだよ。 体だけの事を言ってるんじゃない。 心も満たされないと、それは……悲しいばっかりだからね」
「………ん……」
「乃蒼の今までの男達が憎らしいくらい、最高に可愛かったよ」


 枕を抱き締めて疲れ果てている乃蒼の耳許で、海翔は最後に他人を演じ直した。
 我を忘れて余計な事は言っていないだろうかと不安になるも、乃蒼も夢中で海翔に縋ってくれていたからその心配は杞憂に過ぎない。

 とにかく、乃蒼とのセックスは最高だった。
 思い描いていたものより遥かに興奮したし、乃蒼のナチュラルな喘ぎ声はとても可愛かった。
 高校二年生になった海翔の身長はこの時すでに百八十cmを越えていて、乃蒼とは十cm以上差があるからなのか強く抱き締めたら壊れてしまうのではと思うほど華奢だった。


「あっ、乃蒼!」


 海翔がソッと自身を引き抜き、コンドームを外してから、いつも乃蒼が一人でやっている後始末を海翔がしてやろうとしたのだが……乃蒼の動きは目を瞠るほど素早かった。
 「一人で出来ます!」と言いながらバスルームに逃げられてしまい、そう言われると海翔も強引に中へ入るのは躊躇われて大人しくベッドで待つ事しか出来ない。

 数分で戻ってきた乃蒼は、余韻など楽しむつもりはないと言いたげに海翔とは目も合わさずに着替えを済ませる。
 面食らう海翔の目の前で、乃蒼は財布から宿泊料金の半分を取り出して入り口の棚に置いた。


「あ、ありがとうございましたっ」
「……乃蒼っ! ……あのっ」
「失礼しますっ」


 無情に閉まった扉を、海翔は呆然と眺めた。
 逃げるようにして部屋を飛び出して行ったあれは、もはや乃蒼の体に染み付いたやせ我慢だ。
 行為の後、月光に置いて行かれた寂しさを打ち消すように乃蒼は虚勢を張る。

 寂しくなんかない。
 優しくなんかしなくていい。

 乃蒼の背中がそう強がっていたけれど、海翔は知っている。
 本当は愛されたいのだ、乃蒼は。


「…………乃蒼……」


 休憩分で充分足りるのに、もしかしたら足りないかもしれないと思ったのか多めに置いてあった金を握り、海翔は溜め息しか出なかった。
 忘れるなど不可能だ。
 あんなにも『愛されたい』と体が叫んでいたのに、報われない恋をしている乃蒼を放っておけるはずがない。


「愛してあげたいよ……乃蒼……」


 若い恋だからと結論付けて、海翔は乃蒼の卒業をもって忘れるつもりでいた。
 だが、この極上過ぎた一度の逢瀬を思い出になんか出来るわけがなかった。
 こんなに好きなのに。
 自分ならば、たくさん、たくさん、もう要らないよと言わしめるほど目一杯愛する事が出来るのに。

 どうすれば乃蒼が振り向いてくれるのか分からない。
 連絡先だけでも聞こうとした海翔だったが、告白してもいないうちからフラれたような気分になった。
 可哀想な乃蒼。
 でも俺も可哀想。
 海翔はフッと自嘲気味に笑い、シャワーを浴びて足早に部屋を出た。
 乃蒼の居ないここに、もう用はないとばかりに。




 翌日の放課後以降、乃蒼と月光は何があったのか一緒に居るところを見掛けなくなった。
 恐らくあのキスマークが効いた。
 ただ危惧していたのは、不実だと月光から乱暴されたのではないかと焦ったものの、翌日の乃蒼の体はそうダメージを負っていないように見えた。

 目に見えて乃蒼の顔から表情が抜け落ちていったけれど、月光の呪縛から逃れるためには離れる事が何より大切だ。
 乃蒼には、新しく愛しい人を見付けてほしい。
 それが自分であったならと思いはしても、高望みはしない。
 もし乃蒼と海翔が惹かれ合う事があるとするならば、またチャンスは必ずやってくる。


「俺もうつつを抜かしてる場合じゃないからな」


 乃蒼が卒業してしまうと、海翔は受験勉強に明け暮れた。
 学校と予備校通い、週末はバイト、家では妹達の世話や家事、新しい父親と親しくなるための気遣いで、毎日大忙しだった。

 医大進学を決めたのは、愛翔が誕生した先の病院で重病の赤ん坊がNICUから小さなストレッチャーに乗って出て来た所を見てからだ。
 あんなに小さな子でも、人間として生を持った瞬間から必死に生きようとしている。
 一人でも多くの命を救いたい。
 命の現場に携わりたい。
 その考えから、急遽進路希望を変えた。

 通う高校は進学校ではないので合格は容易ではないと言われたが、そう言われると逆に奮起した。
 乃蒼を忘れた事は無かったが、この時の海翔は思い出す余裕も無かったかもしれない。
 一度きりのセックスで本当に離れ離れになってしまって、海翔は悔やんでも悔みきれなかった。

 せめて連絡先だけでも聞いておけば……。
 実は同じ学校の後輩なんだよと証していれば……。

 いや、それで何かが変わったとは思えない。


「あ……あった」


 合格発表のその日、もしここに乃蒼が居てくれたら、一緒に喜んでくれたのかな……と後悔と共に乃蒼の面影を振り返りはしたけれど───。




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