恋というものは

須藤慎弥

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はじめての巣作り

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 二人が交際して五ヶ月が経った。

 運命を信じざるを得ない数々のしるしにより、α性である潤を受け入れた天の毎日はすっかり彼一色になっている。

 室内だというのにジリジリと肌が焦げ付きそうなほどの強い陽の光が、遮光カーテンの隙間から射し込んできた。

 その陽の熱さに、天は思わず身を捩る。

 クーラーの効いた真新しく涼しい部屋は、非常に快適だ。しかし天の全身はしっとりと汗ばみ、濡れていた。

 横たわっているだけで扇情的な裸体を晒し、汗や涙で濡れた髪が頬に張り付いた様で、先刻までの逢瀬の激しさが量れる。


「潤くん……っ、行かないで……! 行かないでよ……!」


 身支度を終え、まるっきり高校生の出で立ちで現れた潤に、天は目一杯腕を伸ばした。


「天くん……」


 ベッド脇から頬を撫でられ、その手を強く握っても、眉尻を下げる潤の登校の意思は固い。

 抱き締めてくれる気配が無いだけで、心が寒々しくなった。それどころか、「行かないで」と何度訴えても潤は聞く耳を持ってくれない。


「潤くんっ、お願いだから……っ」
「午前中で帰ってくるから。ね? いい子にしてて?」
「やだっ!」


 首を振り〝絶対に離すもんか〟と捕まえた大きな手のひらを抱き込もうとすると、いとも簡単にスルッと引き抜かれてしまった。

 その瞬間、さらに切ない痛みが心に広がっていく。

 こんなに頼んでいるのに、なぜ潤はそばに居る事を選んでくれないのか──。

 普段なら絶対にそういう思考には至らないのだが、この時の天は一心不乱に潤を引き止める事だけに集中していた。


「困ったなぁ……。僕だって、こんな状態の天くんを置いて行きたくないよ」
「じゃあここに居ろよ! うぅーっ……! 潤くん……っ」


 今にも泣きだしてしまいそうなほど、切願し顔をクシャっと歪めた天を見て、何とも思わない潤ではない。

 縋るように伸ばした腕を取り、背中を丸めて抱き竦めてくれる潤へ、何度も「行かないで」と呟いた天に理性など皆無だった。

 濃厚なフェロモンをふわふわと漂わせ、潤の固い意思を崩そうと本能で動いているので、口から溢れる懇願は考えて発せられてはいないのだ。


「うぅ……天くん、……! あのね、一緒に居てあげたいんだけど、今週は試験だから休めないんだ。話し合ったでしょ? 今回の発情期はお薬に頼ろうねって」


 そう──天は今、発情期の真っ只中なのである。

 三日目である今日も、朝まで潤からの愛を与えられ続けたのだが、昂る欲は未だ治まる気配が無い。

 今日から潤は、期末試験がある。

 天の発情期とぶつかる恐れがあったため、とある理由から三日間の欠席が難しい潤は、事前に天と話し合っていた。

 〝試験は落とせないから、申し訳ないけど今回だけ抑制剤を飲んでね〟……と。


「飲んでるもん! 飲んでるのに効かないんだよっ」
「僕がそばに居るからだよね、きっと。天くん、夕べも眠れてないし……。お薬飲んで、僕が帰るまで少しは睡眠取らないと」
「やだ!! 潤くん、やだよ……っ、行かないでよ……! 行っちゃヤダよ……っ」
「天くん……」


 ふえっ……と本格的にしゃくり上げ始めた天は、まるで今生の別れかのように絶望的な思いで潤を見詰め、涙を流した。

 体内が冷え切っていくのだ。

 潤が触れてくれていないと、安心できない。手を離されると何故だかとても寂しい気持ちになり、蔑ろにされているようで腹も立ってくる。

 「もう知らない」、「勝手に行けば!」と可愛げのない言葉を弱々しく吐いて布団に潜り込んだ天は、抑えきれない感情と欲を持て余し泣く事しか出来ない。

 フェロモンにあてられている潤も、平気ではないのだと頭の片隅では分かっている。

 けれど、抑えられないのだ。


「聞いて、天くん。母さんに僕達のことを認めてもらうには、僕が成績トップで高校を卒業しなきゃならない。この試験落としたらトップを維持出来ないんだよ」


 潤は、薄手の毛布に包まり丸くなった塊を抱き締めて、切々と説得にあたる。

 その冷静さも、天にとっては歯痒かった。


「そんなこと、分かってるよぉ……っ」
「僕は正攻法で母さんに認めてもらいたいんだ。将来、文句なんか言わせないように」
「潤くんの言ってることが正しいって、俺だって分かってるんだよっ! でも体が……っ、心が……っ、寂しくて……!」


 自分が自分でなくなる発情期間中、天の心と体を慰めてくれるのはα性らしくないとても穏やかな年下の恋人だ。

 情けない気持ちも湧き、ぴょこんと顔だけを出し捲し立てる天の唇に、潤は優しくキスを落とした。


「僕も寂しいよ。一緒に居てあげたいよ。……ほんの四時間だよ、天くん」




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