恋というものは

須藤慎弥

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はじめての巣作り

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 潤は好きでα性に生まれたわけではない。

 誰もが羨望の眼差しを向ける特別な性かもしれないけれど、潤にとってそれは魅力的でも何でもない。何なら枷である。

 確かに、何においても優れているという自覚はある。

 勉強も、運動も、人付き合いも、努力一つせずとも難無くこなせてしまう。面白いほどに何もかもが容易い。

 だが潤は、自身が期待を背負わされ隔離される前から、世の不条理に疑問を抱き続けていた。


「──帰ったの」


 試験が終わり、大急ぎで離れ家に寄った潤を待ち受けていたのは、いつも身ぎれいにしている母だった。

 到着するなり制服鞄に私服を詰め込んでいるのを見ていて、その台詞は無いだろうと薄ら笑う。


「服を取りに来ただけ。あと四日は向こうに居るよ」
「私が止めても?」
「……うん」


 勝手にしなさい、と言いたげに鼻を慣らした母親は、不機嫌そうに顔を歪め離れ家を出て行った。


「はぁ……。どうしてこうなっちゃったかな」


 昔から好きになれない人だけれど、血の繋がった母親にかわりはない。

 しかし〝育ててくれた恩返しをしたい〟と思わせてくれない、当たり前にあるはずの親への情が底を尽きている。

 α性だから何だというのだ。

 一族がそうであるように、潤だってこんな事になる前から〝普通〟を渇望していた。

 何にも縛られないβ性になりたかった。

 天と共にβ性だと偽り続けて生きていけたら、どんなにいいかと思う。

 けれど、運命と本能には逆らえない。

 互いのフェロモンを感知すると二人ともが激しく反応し合い、途端に理性を崩される。

 感情の起伏がそれほど激しくない潤は、己から放たれる威圧的なオーラが他者に有効だという事を、天と交際し始めて如実に感じていた。

 たったそれだけで、β性だと偽るのは難しくなる。

 天の前でこそ性別の壁など取っ払っていたいのに、彼からほのかに香るフェロモンを嗅ぐといつも本能を揺さぶられてしまう。


「……あっ、こうしちゃいられない!」


 潤は腕時計を見やり、大慌てで離れ家を飛び出す。四時間で戻ると言いながら、現在すでに正午を過ぎていた。

 母親が出て行った無情な扉を見つめ、世の不条理よりも身近にあった理不尽な出来事で頭がいっぱいになっていた。


「急がないと……!」


 抑制剤の効きが薄い天は、それを飲んでもニ時間ほどでまたフェロモンを放ち始める。

 おとなしく寝ていてくれればいいが、寂しくて我慢ならなくなった天が、潤を探して泣きながら外へ出てしまってでもいたら大変だ。

 Ω性の体は、他の性から支配される事になんの拒否も示さないと聞く。心では拒絶していても、番の居ないΩ性の者は本能的に相手を探したがるからである、……と。

 考えただけでも恐ろしい。

 天のすべては潤のものだ。他の誰も、天を貫く事はおろか触れる事も許さない。

 前回の発情期中、潤がそれについて激怒したのは天の記憶にも新しいだろう。

 無闇に外へ出たりはしないと信じたいが……理性を失ったヒトはどうなるか分からない。うなじに潤の噛み跡が無い天も、例外では無いのだ。

 駅でタクシーを捕まえ、向かうは天の新居。

 私服で膨れた学生鞄を抱えた潤は、手持ち無沙汰で天から届いたメッセージをうっとり見返した後、後部座席の背もたれに体を預けぼそりと呟く。


「これどういう意味なんだろ……」


 本当は、学校から真っ直ぐに天のもとへ帰るつもりだった。しかし今朝、教室へ到着間際にもう一通、天からメッセージが届いた。

 試験頑張って、と鼓舞してくれてから二十分ほどあとの事だ。


〝なんで潤くんの服が少ないの? 洗濯してるの? もう少し持って来れない?〟


 読んですぐ、思わず「え? 服?」とスマホに向かって返事をしていた。

 私服なら持って行ったはずだ。前回の教訓から、ほとんど裸で過ごす事を想定し一週間分ではなく五日分ではあるが、上下セット十着、寝間着用の軽装、換えの下着まで入れるとそれ以上になり、旅行鞄がパンパンになった。

 天宅で洗濯した覚えも無く、想定通り裸でばかり過ごしている潤にはよく分からないメッセージだった。

 首を傾げながら〝持って行くよ〟と返信したものの、試験開始間際だったためそれ以上やり取りする時間が無かった。

 未だ連絡が無いところを見ると、天はおとなしく眠っているか、抑制剤の効果が切れて我を忘れて泣いているかのどちらかだ。

 タクシーを降車した潤は、わずかな距離も駆けた。

 天から預かった慣れないカードキーを使い、玄関の戸を開ける。


「う、わ……っ」


 踏み込んだ室内には、凄まじく濃密なフェロモンが充満していた。

 ドサッと学生鞄を床に落とし、胸元を押さえた潤は迷わずベッドルームの扉を開ける。


「天くん……っ」


 セミダブルのベッドの中央に、全裸で体を丸めた天が眠っていた。


「天、くん……」


 愛おしい寝姿を前に、途端に体中の血液がざわめく。

 正気を取り戻した隙にシャワーを浴びたのか、潤が使用しているシャンプーの香りがフェロモンの匂いに混じっていた。

 呼びかけにも反応すらしない天はすやすやと可愛く眠っていて、潤はひとまず安堵した。

 しかし、無意識に自身のベルトを外した潤の理性は、少しずつぱらぱらと崩れていく。ハッとして一度ベッドルームを出た潤が行った事といえば、手洗いだ。

 すぐさま天のもとへ戻ると、寝ている彼の臀部を撫で回す。

 この時点で、もはや潤の理性はほぼ崩壊していた。


「天くん……お尻まで可愛い……」


 細い腰の下にあるのは、潤の手のひらで片方の膨らみが鷲掴めるほど小さなお尻。

 丸まった体がうつ伏せになったのを見計らい、肌触りと弾力を確かめた潤はおもむろに双璧を開いた。そして、じわりと顔を寄せていく。

 前回の教訓はここにも活かされていた。

 頬や唇に「ただいま」のキスをしたいのは山々なのだが、それでは気持ちよく寝ている天を叩き起こす事になってしまう。

 天は、うつろな時が可愛い。

 ……否、天はいつもいつでも可愛いけれど、気を失う寸前と覚醒した直後が本当にたまらない。

 つまり、大人ぶる彼が普段見せない表情をした時こそが、潤の性癖だと気付いた。

 微睡んだ甘やかな寝起きもいいが、どうせなら欲にまみれうっとりと潤を見つめる瞳が見たい。


「舐めたかったんだよね……天くんのお尻」


 起きているならまだしも、睡眠時でこの濃度のフェロモンを放ち潤を誘った天にも落ち度はあると、嬉々として窄んだ孔に舌を這わせる。

 出掛ける時はずぶずぶに濡れそぼっていたそこは、シャワーでさっぱりとしていた。

 若い潤が理性を失うと、天から放たれるフェロモンに抗って性欲を抑えるなど無理な話で、いつも貫く事が最優先になっては前戯を怠ってしまう。

 高く控えめな嬌声も潤の股間にダイレクトに響き、いいのか悪いのかそれが相乗効果となってコトを急ぐ傾向にある。

 はやる気持ちを抑えきれず、唾液で濡らした指を孔に挿入した後にいつもいつも後悔するのだ。


 ──僕の舌で、天くんのお尻……濡らしたい。


 目を覚ました天のフェロモンに取り込まれる前に、潤は念願だった秘部への愛撫を開始した。



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