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七海さんは魔性の男 ─和彦─
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しおりを挟む占部さんから受け取った風邪薬の効力が、どの程度の眠気を誘発するのか分からなかったけれど、七海さんはずっとすやすやと寝ている。
僕は裸の七海さんに腕枕して寄り添い、可愛く寝息を立てている姿をかれこれ一時間は眺めていた。
──よく寝てるなぁ……可愛い。
寝顔に見惚れていると、昼間の光景が頭によぎった。
『たとえ落としたとしても相手は男だしな……』という占部さんの会話から派生して、そこで僕にとっては耳を疑う新事実が発覚したんだ。
『和彦、お前誘われてホテル行ったとしても男は抱けねぇだろ?』
『分からないけど、僕これ持ってるから。この子がその気になったら飲ませてあげるよ。僕も飲めばいいし』
僕が見せた小さな茶色い小瓶に、その場に居た先輩達が揃って首を傾げた。
『なんだよ、これ。怪し~。成分表無しは怪し過ぎんだろ~』
『それ何だ?』
『これ? 媚薬だよ』
『媚薬!? なんでそんなの持ち歩いてんだ!』
『ちょっ……和彦……お前相当だな』
『えぇ? なんで?』
首を傾げて不思議そうだった先輩達の表情が、一気に驚愕のそれに変わる。
僕は、それを男側が持つのは普通の事だと思っていた。
初体験の相手だった歳上の女性から、「和彦はこれからセックスする時はこれを相手に投じなさい」ってクタクタな表情で言われて貰った、媚薬。
そうか、セックスする時はみんなこれを使ってるのか。
まだ高校生になりたてだった僕には疑いようのない、それは至極当然の事だと信じ込んでいた。
『それってヤバイやつ?』
『ヤバくないよ。ちゃんと合法的に売られてる軽めのやつ。バイアグラより効力弱いんじゃないかな』
『だからってそれを当然のように持ち歩いてんのがすげぇ』
『なぁなぁ、なんでそんなの持ち歩いてんだ?』
先輩達は目を丸くして茶色い小瓶をまじまじと見ていて、それが本当に「普通」じゃないんだって事を僕はその時初めて知った。
『最後まで耐えられない、ついていけないって、初めてした人から渡された』
『……耐えられない?』
『なんだろうな。僕がしつこいからかな』
『しつこい……』
『和彦、それ自慢か』
『自慢? こんなの自慢にならないよ。最後までついてこられないって意味だとしたら、僕がいけないよね』
『そんなすげぇセックスしてんのか、和彦』
『どうかな……。飛ぶ姿なんて見たくないんだけどね、本当は』
他人に自らの夜の営みについてを赤裸々に語るなんて、思いもよらなかった。
これまで経験してきた分別のある大人の女性は、日々のストレスから解放されたくて乱れたい人が多いから、僕に声を掛けてきてたんだとするとようやく納得がいく。
誰もがそうやってるもんだとばかり思ってた僕の性理念が、先輩達との会話で覆った。
『それ使うのはさすがにやめとけ』
『うん……やっぱり使わない方がいいかな?』
『もしこの魔性の男がその気になっても、和彦がその気にならなかったら、そんときは……』
ニヤついてた占部さんを含む先輩達みんな、僕がとんでもないものを見せたせいで真顔に戻ってしまっている。
……軽率に見せちゃいけないものだったんだ。
言葉を切った占部さんが、ポケットから取り出した薬らしきカプセルを、苦笑中の僕に渡してきた。
『このカプセル開けて、粉を半分量だけ飲ませてやれ。これは普通の風邪薬だから眠気きても大した事ねぇ。和彦がその気にならなかったら、これ飲ませて単純に寝かせといたらいいんだよ』
『風邪薬……』
『いいか、万一落としてもいいけど面倒事は避けてくれよ? 和彦の正体バレたら俺が親父からどやされるんだからな』
『そんなに心配事があるなら、僕行かない方がいいんじゃない? 興味はあるし、合コン自体初めてだから楽しみでもあるけど、何も知らないこの子がちょっと可哀想だよ』
写真上の姿からは、占部さん達の言う噂が本当だとはまだ信じられなくて、僕がこの子を落とせるかゲームに乗じるのはかなり気が引けた。
相手が男だからというより、面白半分で人を欺こうとするのがちょっと……ね。
『何言ってんだ。噂が本当なのかどうかが確かめられたらそれでいいんだよ。今もこの魔性の男を忘れられないって言ってる奴が何人も居るんだから』
『それもどうなの? 本当なの?』
『何だよ、今の今まで乗り気だったのに急に尻込みしてんのか』
『そうじゃないけど。……とても悪魔には見えないから』
『だから怖えんだろ。こいつはすかさず心を奪っていくらしいぜ、和彦。楽しみだな』
『すかさずねぇ……』
容姿に自信のない占部さんが、知人友人等からの噂の真相を、僕を使って確かめようとしている。
……そんな事ないと思うんだけど。
噂は噂でしかない場合が多い。
でも、火のないところに煙は立たぬ、ということわざもあるからなぁ。
──僕は七海さんと会うまでは半信半疑で、噂を丸ごと鵜呑みにしていたわけじゃなかった。
心のどこかで、「すかさず心を奪う」なんて人間がこの世に居るわけないって、浅はかにもそう思っていたんだ。
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