優しい狼に初めてを奪われました

須藤慎弥

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初めての看病 ─和彦─

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 その後、七海さんとの電話で体調を崩してると知った僕は、いても立ってもいられなかった。

 後藤さんの運転で七海さんの住むアパートへ行くと、そこには知らない男が居て体中の血の気が引いた。


 頭が痛いって言いながら、男を家に上げるなんてどういう事なの。
 昨夜、それこそ数時間前に僕と寝たばかりだよ?
 もしかしてこの男とも体の関係があるの?


 僕はイライラし過ぎていて、我を忘れていた。

 相手の睨みに応えて口頭での言い合いも過熱したその時、七海さんは「頭が痛い」と呻いた直後、全身から力が抜け気を失ってしまった。


「七海さん!!」
「七海!!」


 僕と男が両腕を掴んでたから倒れさせはしなかったものの、だらんとなった七海さんの呼吸は荒く、ツラそうに眉を顰めていた。


「七海! ……おい、お前手離せよ」
「そっちが離してください」
「お前七海に嫌われてんだから、さっさと帰れよ」
「帰らないです。七海さんが目覚めるまでここに居ます」
「うぜぇ。そういうの逆効果だって知らねぇの?」
「逆効果って意味が分かりません。とにかくベッドに寝かせてあげましょう、僕達の言い合いに付き合わせては可哀想です」


 男から七海さんを強引に引き離して抱き上げ、ベッドに横たえて布団をかけてみる。

 触れてみたおでこやほっぺたが熱くて、瞼にかかる前髪をかき上げても眉はずっと険しいままだった。


「七海さん……頭が痛いって風邪引いてたからなんだ……」


 僕が無理やり抱いたせいで病状を悪化させてしまったのかもしれないと思うと、罪悪感でいっぱいだった。

 こんな事になるなら、目覚めるまであのまま寝かせてあげればよかった。

 嫉妬に駆られて、七海さんを僕のものにするんだって唐突に湧いた独占欲に負けた僕の理性の無さは……罪深い。


「ごめんなさい、七海さん……」
 

 僕の気持ちを七海さんに伝える前に、謝らないといけない。

 謝って済む事じゃないけど、七海さんが目覚めたらたくさん謝って、僕の気持ちをちゃんと伝えなきゃ。

 もしかしたら昨日から体調が悪くて、それなのに襲われた七海さんが僕に「帰れ」って言うのも当然だと思った。


「お前マジで七海とヤったの?」


 背後から七海さんに触れようとしてきた黒髪の男の手を、即座に払い除ける。

 僕の七海さんに気安く触らないで。


「はい。僕は友達以上を目指しています」
「なんだよ友達以上を目指すって。てか「友達」ならヤるなよ」
「そう言われましても、七海さんはそういうお友達が多いようですから。昨夜も僕と過ごさなければ違う「友達」と会っていたみたいですし」
「昨日約束してたのは俺」
「え……?」


 男の言葉に、ゆっくり振り返ってその飄々とした面を睨み上げた。

 聞きたくない。

 この男も「友達」だなんて。

 七海さんの体を知る男は全員、一人残らず滅びればいいのに。


「昨日ドタキャンされたんだよ。誰かさんと寝てたらしくてな。嫌いな相手と寝る羽目になるなんて、お前よっぽど強引に迫ったんじゃねぇの」


 目を細めて睨んできた男の真似をして、僕も瞳を細めて睨み返した。

 なんなの、さっきから。

 僕にずっと対抗意識を燃やしてくる男にどこか余裕の無さを感じ、「七海に嫌われてる」を常套句として振りかざしている。


「でも良かったわ。たとえセックスしたのが本当でも、お前七海に嫌われてるみたいだからな。それ以上に発展する事はないだろ」
「……それは分からないじゃないですか」
「そういうの、うぜぇって言ったろ? 追い掛け回すと人間は逃げるように脳内構造がそうなってんだよ」
「そんなの信じません。僕の感性が七海さんを欲してる。それに向き合うまでです」
「そうやって追い掛け回してもっと七海に嫌われたらいいよ。俺はそっちのが好都合」


 嫌な言い方だ。僕が七海さんを求めている事実を嘲笑するなんて、それほどこの男に余裕がない証拠だ。

 ……焦ってるのかな。

 この男も七海さんに「友達以上」を望んでいるから、恋敵となる僕にひたすら牽制をかけたいだけに見える。


「……あなたも「友達以上」を求めているのですか」
「知らね。……チッ、誰だよ」


 知らないって、やっぱりそういう事なんじゃない。

 舌打ちした男が鳴り響くスマホを取り出して、会話のために向こうへ言ったのを見てから僕は七海さんの熱い手を握った。

 布団を掛けてから汗をかき始めていて、部屋中の引き出しを開けて探し出してきたタオルでそっと拭ってあげた。

 苦しそう……でも可愛い……。

 僕はおかしいのかもしれない。

 熱にうなされて苦しんでる寝姿すら、ちょっと油断したら興奮しそうになる。

 そうだ、七海さんは魔性の男だった。

 意図しない今も、僕を狂わせ続ける本当の意味での魔性を、七海さんは放っているんだ。


「おい、助教に呼ばれたからここ出るけど、用が終わったら俺は戻ってくるからな。お前絶対七海に手出すなよ。弱ってる相手に……」
「分かっています。どうぞ行かれてください」
「……七海、一時間くらい前に頭痛薬飲んでっから」
「分かりました」


 行ってらっしゃい。もう戻ってこなくていいよ。

 恋敵なんていらない。

 僕の七海さんに、他の誰も、恋する事すら許さないよ。



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