優しい狼に初めてを奪われました

須藤慎弥

文字の大きさ
38 / 206
真実 ─和彦─

しおりを挟む



 僕は人並みじゃない。

 これまで浅く付き合ってきた友人等は、僕の上辺しか見ていないと思う。

 そうやって距離を置いていても、僕の内面的な部分は間違いなく周囲からは浮いていた。

 実家がお金持ちだから、背が高いから、勉強が出来るから、運動神経がいいから、……「優しそう」な整った容姿をしているから。

 周囲は、その目に見えるものだけで僕を判断し、嘘を交えて僕を祭り上げていく。

 そんなに過剰に媚びへつらわなくても、僕は人を選んだりしないのに。

 近付いてくる人達は僕をおだてる事しか言わない。

 僕の発言や行いがたとえ間違っていても、「YES」しか言わない。

 唯一叱ってくれるのは、小さい頃から面倒を見てくれている後藤さんだけ。

 周囲との考え方の相違、現実と僕の内面の相反、これは一つずつ繋ぎ合わせていかなきゃいけないと分かっているのに、それももう、もはや面倒だった。

 僕は、会社のために生きられればそれでいいかな、と思う。

 社会に出たら人間関係なんて上っ面だ。

 ここ何日かは七海さんがお家に居たからお休みしているけど、平日は授業のあと会社に行って仕事をする。

 名前を偽って、派遣社員ですと名乗り、本社内部の現状と仕事をくまなく知れという、社長である父親からの命令だ。

 大学入学と同時に、まずは経理課に配属された。

 そこで改めて知ったのは、人間は汚い部分が多いという事。

 僕の考えは間違っていなかったと、三ヶ月ほど働いてみただけで思い知った。

 嘘を吐く、誤魔化す、ごまをする、愛想笑いをする、強者と弱者が間違いなく混在した社内。

 それでも、大人達、そして世の中はそうしないと成り立たないんだと悟った。

 そう、僕は人並みじゃない。

 たぶん身分を証して管理職に就いたら、社内の悪を一掃してしまうと思う。

 これまでの僕へとは真逆の対応をされるであろう事が、我慢ならないからかもしれない。

 良いものは良い、悪いものは悪い、……僕のものさしは極端で曲がっている事が多いのかもしれないけれど、……自分を偽る事なんて出来ない。

 祭り上げられるのが嫌で、他人と分かり合う事なんか面倒だと思っていた僕は、七海さんが言っていたように究極に「変な人」だ。

 間違っていないと信じ込む事だけは上手な僕は、七海さんを抱く時に初めて葛藤というものを経験した。

 人づてに聞いた噂なんて信じられない、けれど、火のないところには……ということわざもチラついて、僕は真相を確かめたかっただけだ。

 いざそういう事になっても、後悔も、嫉妬も、男である七海さんに対して抱くわけがない。

 愛想笑いをする七海さんを目で追い続けていたとしても、単に僕のターゲットであるから。

 それは──間違っていたけれど。

 七海さんの姿、声、話し方、ちょこちょこ動き回っての周りへの気配り、それらをほんの少し見ていただけで僕は、噂の事も占部さんから託された事も頭の中からすっぽり抜け落ちた。

 決め手だったのは、あの愛想笑い。

 社内でいくつも見てきた、あまり良い気のしない愛想笑いというものを、七海さんはあの場に居る間中ずっとしていた。

 気にならないはずがない。

 男を引っ掛けて遊ぼうという人間が、何故あんなに取り繕う必要があるのか。

 無理して参加しなくても、七海さんなら街を歩けばすぐに夜の相手は見付かるだろうに、何故わざわざ男女の出会いの場に足を運ぶのか。

 ……全部、分かった。理解した。

 七海さんは自身の性的嗜好に悩んでいた。

 それでも尚、恋する事を夢見た。

 純情な思いを聞いた今、僕の心に七海さんへの愛しさが湧き上がってきて止まらなかった。

 と同時に、とてつもない罪悪感と、悔恨の念、……届きようのない愛情、すべてが僕を支配した。


 ──僕は七海さんの事を、好きになっていたんだ。


 いつからなんて分かりきっている。

 僕以外の誰とも寝てほしくない、放っておけない、離したくない、……そんな独占欲の根は、七海さんへの恋心だったんだ……。


「七海、行こ」
「え、……でも……」
「さっきは悪かった。誓って何もしねぇ。  弁護士志望の俺を信じろ」
「……いや……俺は……」
「七海?」


 七海さんと九条さんの話を聞いていられなかった僕は、立ち上がって静かに玄関を出た。


 ──七海さん、ごめんなさい……。


 口には出せなかった言葉を飲み込んで、重たい歩を進める。

 たとえ僕がどれだけ謝罪の意を伝えても、それは今や、七海さんにとっては不適切でしかない。

 どうにもならない。

 もう、どうにも。

 男から取り上げた、見た事のない鋭い工具を握ったまま長い事待たせていた後藤さんの車に乗り込む。


「和彦様? ……七海様はいかがしました?」


 ルームミラー越しではなく、運転席から振り返って僕を見た後藤さんは、世のお父さんみたいに優しげな瞳をしていた。

 背凭れに体を預け、僕は瞳を閉じる。


「僕と七海さんは最悪な出会いをしてしまった。……僕は罪深い」
「……和彦様……」




 ──七海さん。

 もう少し違う形で出会っていたら、僕を「恋」の対象として見てくれたのかな。

 夢見ていた輝く毎日を、経験させてあげたかった。

 他の誰でもなく、この僕が──。




しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

昔「結婚しよう」と言ってくれた幼馴染は今日、僕以外の人と結婚する

子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき 「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。 そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。 背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。 結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。 「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」 誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。 叶わない恋だってわかってる。 それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。 君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。

家を追い出されたのでツバメをやろうとしたら強面の乳兄弟に反対されて困っている

香歌奈
BL
ある日、突然、セレンは生まれ育った伯爵家を追い出された。 異母兄の婚約者に乱暴を働こうとした罪らしいが、全く身に覚えがない。なのに伯爵家当主となっている異母兄は家から締め出したばかりか、ヴァーレン伯爵家の籍まで抹消したと言う。 途方に暮れたセレンは、年の離れた乳兄弟ギーズを頼ることにした。ギーズは顔に大きな傷跡が残る強面の騎士。悪人からは恐れられ、女子供からは怯えられているという。でもセレンにとっては子守をしてくれた優しいお兄さん。ギーズの家に置いてもらう日々は昔のようで居心地がいい。とはいえ、いつまでも養ってもらうわけにはいかない。しかしお坊ちゃん育ちで手に職があるわけでもなく……。 「僕は女性ウケがいい。この顔を生かしてツバメをしようかな」「おい、待て。ツバメの意味がわかっているのか!」美貌の天然青年に振り回される強面騎士は、ついに実力行使に出る?!

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

【完結】お義父さんが、だいすきです

  *  ゆるゆ
BL
闇の髪に闇の瞳で、悪魔の子と生まれてすぐ捨てられた僕を拾ってくれたのは、月の精霊でした。 種族が違っても、僕は、おとうさんが、だいすきです。 ぜったいハッピーエンド保証な本編、おまけのお話、完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! トェルとリィフェルの動画つくりました!  インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 プロフのWebサイトから、どちらにも飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」

星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。 ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。 番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。 あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、 平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。 そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。 ――何でいまさら。オメガだった、なんて。 オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。 2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。 どうして、いまさら。 すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。 ハピエン確定です。(全10話) 2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。

人間嫌いの公爵様との契約期間が終了したので離婚手続きをしたら夫の執着と溺愛がとんでもないことになりました

荷居人(にいと)
BL
第12回BL大賞奨励賞作品3/2完結。 人間嫌いと言われた公爵様に嫁いで3年。最初こそどうなるかと思ったものの自分としては公爵の妻として努力してきたつもりだ。 男同士でも結婚できる時代とはいえ、その同性愛結婚の先駆けの1人にされた僕。なんてことを言いつつも、嫌々嫁いだわけじゃなくて僕は運良く好きになった人に嫁いだので政略結婚万歳と今でも思っている。 だけど相手は人嫌いの公爵様。初夜なんて必要なことを一方的に話されただけで、翌日にどころかその日にお仕事に行ってしまうような人だ。だから使用人にも舐められるし、割と肩身は狭かった。 いくら惚れた相手と結婚できてもこれが毎日では参ってしまう。だから自分から少しでも過ごしやすい日々を送るためにそんな夫に提案したのだ。 三年間白い結婚を続けたら必ず離婚するから、三年間仕事でどうしても時間が取れない日を除いて毎日公爵様と関わる時間がほしいと。 どんなに人嫌いでも約束は守ってくれる人だと知っていたからできた提案だ。この契約のおかげで毎日辛くても頑張れた。 しかし、そんな毎日も今日で終わり。これからは好きな人から離れた生活になるのは残念なものの、同時に使用人たちからの冷遇や公爵様が好きな令嬢たちの妬みからの辛い日々から解放されるので悪い事ばかりではない。 最近は関わる時間が増えて少しは心の距離が近づけたかなとは思ったりもしたけど、元々噂されるほどの人嫌いな公爵様だから、契約のせいで無駄な時間をとらされる邪魔な僕がいなくなって内心喜んでいるかもしれない。それでもたまにはあんな奴がいたなと思い出してくれたら嬉しいなあ、なんて思っていたのに……。 「何故離婚の手続きをした?何か不満でもあるのなら直す。だから離れていかないでくれ」 「え?」 なんだか公爵様の様子がおかしい? 「誰よりも愛している。願うなら私だけの檻に閉じ込めたい」 「ふぇっ!?」 あまりの態度の変わりように僕はもうどうすればいいかわかりません!!

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

処理中です...