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高鳴り ─和彦─

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 ● ● ●


 梅雨が明けると外は一気に気温が上がり、蝉の声がうるさくなってきた。

 冷房の効いた構内でも、学生達があまりの暑さに顔を歪めて小さな手持ち扇風機を首元にあてている。

 僕もマスクをしているのが息苦しくなってきて、去年と同じく、授業を受けている時だけ外すようにしてから妙に周りの視線を感じて居心地が悪い。

 お世辞にまみれた会話なんてしたくないから、どうか僕に話し掛けてこないで。

 僕に話し掛けても良いことないよ。

 つまんない最低人間なんだよ、僕。

 常々、外見と頭脳以外に褒められるべき長所がない事を自覚していた僕は、だからこそ祭り上げられる事を嫌っていた。

 どうせそんな風に思ってないんでしょ、適当な事言わないで。
 僕に長所がない事は自分が一番よく分かってるんだから。


 この所いつも以上に情緒不安定気味な僕は、占部さんに心配されてしまうほど顔に生気がないと言われてしまった。

 自販機の前で偶然見掛けたように、何日かおきにでも構内で七海さんの姿を捉えられる、と思っていたあてが外れたからだ。

 七海さんを最後に見た日から、もう二週間以上も経つ。

 僕が全部悪いから諦める、忘れる、そう思いつつも七海さんの姿を探す僕は未練がましい事この上ない。

 会ったところで以前のように話す事なんか出来ないのに、姿を見るだけでいいからと潔さを欠いている辺り、完全に恋に溺れた哀れな罪人だ。

 僕はこんなに後ろ向きな人間じゃなかったのにな。

 七海さんを思い始めると、思考があちこち定まらない。


「お、和彦! こっちこっち!」


 どうしても七海さんの姿を視線だけで探してしまいながら、気まぐれに僕を誘う、占部さんの待つカフェテリア食堂へやって来た。


 ………いつ来てもすごい人……。


 約五百席はあるって聞いたけど、こんなにギューギューだったら席もスペースも全然足りてないよ。

 僕は、週の半分はお昼ご飯を食べない。

 元々から小食だけれど、七海さんとの事があってからはもっと食欲が落ちた。

 夜も二時間に一回は目が覚めてしまって熟睡出来ていないから、生気も覇気もないぞと占部さんに笑われてしまうんだ。


「こんにちは。今日は一段とすごいね」
「だろ!? みんな避難しに来てんだよ。暑さのせいで、大学の外まで行って食う元気がないんだな」
「そうだよね、暑いもんね」
「あっちの窓際席取ってあるんだ。相席でもいいよな?」
「えっ……まぁ、うん、いいけど……」


 相席かぁ……話し掛けて来ない人だといいなぁ……。

 この暑さも手伝い、僕は食欲が無いながらも冷やしうどんなるものを頼んだ。

 写真で見たら涼しげだったそれの実物が、写真よりビックサイズで息を呑む。

 唖然とした僕に、しっかり食えよ、と笑う占部さんの後を付いていく。

 トレイを持って人波を避けながら窓際まで行ってみると、そこには見覚えのある明るい髪と横顔があった。
 

「……っちょ、ちょっと待って、相席って……!」
「あ、そうそう。言い忘れてたけど、相席って山本と芝浦なんだ。今、席守ってくれてんだよ」
「……な、七海さん居るの……」


 心の準備が出来てない。

 これだけの学生が居たらそりゃ会えるわけないよね、と自分に言い聞かせていた矢先にこれだ。

 そもそも七海さんは僕が来る事知ってるの……?

 嫌だよね、絶対。

 僕の顔なんか見たくないって、あの時も何度も言ってたんだから……。


「僕、別の場所探すよ」
「なんで?」
「僕が居ると、七海さんが嫌がるから」
「は? 何でだよ。この間芝浦に小銭渡してたし、あの合コンでも何も無かったんならそんな顔する必要ねぇじゃん」
「でも……!」


 占部さん、その合コンで僕はとんでもない事を七海さんにしちゃったんだよ。

 心の中でどんなに会いたいと叫んでいても、それは絶対に望んじゃいけない。

 七海さんが嫌がって席を立つくらいなら、僕は立ち食いでも何でもする。

 立ち去ろうとした僕を、占部さんが慌てて呼び止めた。


「いや、てか芝浦には和彦来る事伝えてんぞ?」
「え……」
「だから大丈夫だって、気にすんな!」


 気にすんなって言われても……別の和彦と間違えてるんじゃないの……?

 山本さんと楽しそうに話す七海さんは、僕がこの場に来ると分かってて平常心を保てているの……?


「おっす、山本。席取りサンキュ」
「遅かったな。向こうも混んでた?」
「あぁ、めちゃくちゃな。芝浦も、ありがとな」
「大丈夫」


 窓際に座る七海さんの向かい側に山本さんが居て、その山本さんの隣に占部さんが腰掛けた。

 ど、どうしよう……七海さんの隣……いいのかな。

 座れよ、と言う占部さんに急かされて、僕はトレイをテーブルに置いてゆっくり着席した。

 隣に七海さんが居る……。

 とてもそちらを向く事は出来なくて、僕はひたすら小鉢に入った卵を見詰めていた。

 嫌だよね、……僕なんかこの世から居なくなれって思ってるだろうに、そんな奴が隣でご飯食べてたらイライラしてたまんなくなるよね。

 ごめんね、七海さん……。


「……先月の合コン以来だな、和彦!」
「はい、……お久しぶりです」
「七海はもう注文してんだろ? 出来てたら持ってきてやるから」
「え、いいの? ありがと」
「俺も水取りに行こ。和彦も要るだろ?」
「えっ……僕が行く……」
「いいっていいって、芝浦と席守っといて」


 ちょっと、嘘でしょ……!

 僕らを置いて行かないで、山本さん、占部さん。

 山本さんは注文の品を受け取りに、占部さんはセルフの飲料水を取りに行ってしまい、僕と七海さんは二人きりになってしまった。



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