優しい狼に初めてを奪われました

須藤慎弥

文字の大きさ
50 / 206
本心

しおりを挟む



 ──あの日は何も起こらなかった。

 でもやっぱり怖くて、気持ち悪くて、その翌日から今日まで家では寝ずにネットカフェに入り浸っている。

 ストーカーが怖くて家に居られないから泊めてほしい、なんて、山本にも、他の友達にも、迂闊に口には出来なかった。

 山本達を信用してないわけじゃないけど、和彦と九条君以外にそれを知られたらまた変な噂が流れそうで警戒しただけだ。

 俺は、家があるのに、ネットカフェ難民。

 荷物を取りにや着替えをしに帰るだけの生活は結構キツくて、他人の気配や物音が気になって全然眠れてもいない。

 あれから九条君からは何度か連絡があった。

 飲みに行こ、と以前のように誘ってくれる九条君は、告白の事には一切触れてはこないけど……俺は誘いには乗れなかった。

 行ってしまうと告白された事がどうしても頭をよぎってしまうし、会話の流れでネットカフェ難民なのがバレたら、九条君は絶対「家に来い」って言うと思ったから。

 友達で居たいのに距離を置いてしまうって、俺はなんて自分勝手なんだろう。

 和彦の事もずっと考えていて、眠れないのはそのせいもある。

 九条君は答えを教えてくれなかったけど、「許せないの意味が変わる」っていうヒントだけはくれた。

 でも分からない。

 いくら考えても、何が変わるのか、分からない。

 漫画の中にもその答えは描かれてなかった。

 まわりくどい言い方しないで、もっと例文を交えて具体的に説明してよと思ってしまった文系な俺は、炎天下を歩いてるうちに意識が朦朧とし始めていた。

 大学の敷地を出た辺りからだんだん視界が歪み始めていて、答えを導き出せない難問を頭の中でぐるぐると考えていたせいなのか、歩いてられなくなった。

 壁に手を付いて立ち止まる。

 ダメだ。

 これ、絶対に睡眠不足だ。

 元々体力ないのに、あんまり眠れてないから体に蓄積された疲労がピークに達したらしい。


「──七海様!」


 とにかくこのめまいが治まるまでジッとしてようとしゃがみ込み、ゆっくり瞳を閉じて呼吸を整えていると、背後から聞き覚えのある声がした。

 足音が近付いてくる。

 「様」付けで呼ぶのはあの人しか居ないから、声の主は振り向かなくても分かった。


「後藤、さん……」


 振り向いてみると、和彦のお目付け役である後藤さんが、いつかよりも涼しげなサマースーツ姿で駆け寄ってきた。


「お久しぶりです、七海様! どうされました!?」
「あ……お久しぶりです。ちょっとめまいがしてるだけなんで、大丈夫です。ここ日陰だからこうしてジッとしてれば……」
「とても大丈夫そうには見えません! ささっ、どうぞ車に。少しでも涼んでいかれて下さい」
「え、いや、それは……」
「和彦様はあと四十分は戻られませんから」


 俺が躊躇すると、すぐに何かを察してそう言ってくれた。

 和彦が戻ってきたら気まずくてかなわない。

 でも四十分戻らないって事が分かってるなら、五分だけでもお言葉に甘えようかな……。

 このままここに居て気付かないうちにぶっ倒れでもしたら、それこそ目も当てられない。


「じゃあ、……五分だけいいですか……?」
「えぇ、もちろん! どうぞ、横になっても構いませんよ」
「いえ、それは……。あー……涼しい……」


 冷房の効いた黒塗りの高そうな車の後部座席に落ち着いた俺は、体に纏わり付く熱気がなくなっただけで動悸が治まっていくのを感じた。

 やっぱ、ちゃんと寝ないとダメなんだなぁ……。


「……七海様、お元気でしたか」
「はい、まぁ……。あれから熱もぶり返してないし、その節はご迷惑をおかけしました」
「それは何よりです。とは言っても、先ほどのようなお姿を見ると、体調は万全……とは言えないようですね」
「いやほんと、すみません……こんなとこばっか見せて……」


 運転席で冷房の調整をする後藤さんは、最初はあえて和彦の名前は出さないでいてくれていた。

 後藤さんはきっと、俺と和彦に何があったのかを全部知ってるんだと思う。

 熱で動けない俺に、和彦がベタベタしてきてたのも全部見られてるしな。

 例の難問の壁が立ちはだかるから、俺は思い出さないようにしてたのに……この車に乗ると嫌でも思い出す。

 和彦が俺を膝に乗せて、後ろからテディベアを抱くようにガッチリ支えてくれていた事が……。


「……和彦様も似たようなものです。いつからか、この後藤も手を焼くほどの憔悴ぶりでございます」


 俺の苦笑を見た後藤さんが和彦の名前を出した途端、言い知れない動揺が心を揺さぶった。


「……憔悴……?」
「はい。このところ、食事も睡眠もロクに取れていないのではないでしょうか。週末はパーティーに出席されて浴びるように酒を飲み、翌日は慣れない酒による二日酔いに苦しみながら、わずかな睡眠を取られています」
「………………」
「どなたかの面影に囚われ、焦がれて、まるで映画の中の主人公のように切ないお顔を毎日浮かべていらっしゃいます。和彦様は……猛烈なる後悔を胸に、毎日を生きていらっしゃいます」
「………………」
「おっと、今のは出過ぎた後藤の独白です。失礼いたしました」


 後藤さんはルームミラー越しに俺に頭を下げると、それから何も喋る事はなかった。

 意味深な独白を黙って聞いてた俺は、無意識にスモークの貼られた窓から図書館を見詰めていた。


 和彦が猛烈なる後悔をしているって……?
 毎日、切ない顔を浮かべてるって……?


 当然だろ。

 俺の事だけ考えてればいいんだよ。

 「責任」、取ってくれるんじゃなかったのかよ。

 和彦、あれから俺の事避けまくってるくせに、どうやって責任取るつもりなんだよ。

 ──嘘つき。





しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

昔「結婚しよう」と言ってくれた幼馴染は今日、僕以外の人と結婚する

子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき 「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。 そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。 背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。 結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。 「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」 誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。 叶わない恋だってわかってる。 それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。 君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

家を追い出されたのでツバメをやろうとしたら強面の乳兄弟に反対されて困っている

香歌奈
BL
ある日、突然、セレンは生まれ育った伯爵家を追い出された。 異母兄の婚約者に乱暴を働こうとした罪らしいが、全く身に覚えがない。なのに伯爵家当主となっている異母兄は家から締め出したばかりか、ヴァーレン伯爵家の籍まで抹消したと言う。 途方に暮れたセレンは、年の離れた乳兄弟ギーズを頼ることにした。ギーズは顔に大きな傷跡が残る強面の騎士。悪人からは恐れられ、女子供からは怯えられているという。でもセレンにとっては子守をしてくれた優しいお兄さん。ギーズの家に置いてもらう日々は昔のようで居心地がいい。とはいえ、いつまでも養ってもらうわけにはいかない。しかしお坊ちゃん育ちで手に職があるわけでもなく……。 「僕は女性ウケがいい。この顔を生かしてツバメをしようかな」「おい、待て。ツバメの意味がわかっているのか!」美貌の天然青年に振り回される強面騎士は、ついに実力行使に出る?!

「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」

星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。 ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。 番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。 あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、 平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。 そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。 ――何でいまさら。オメガだった、なんて。 オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。 2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。 どうして、いまさら。 すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。 ハピエン確定です。(全10話) 2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。

【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?

MEIKO
BL
 【完結】伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷う未来しか見えない!  僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げる。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなのどうして? ※R対象話には『*』マーク付けます。

処理中です...