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初めてを奪われました ─和彦─
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しおりを挟むポロポロと涙を流す七海さんは、充血した大きな瞳で僕の事を捉えていた。
何も分からない、どういう事なんだ、と
自身がたった今口走った台詞なのにその意味が分からないでいるみたいだ。
言葉を選ばず、感情に任せて勢いだけで言っちゃったらしい七海さんの本心に、胸が張り裂けそうだった。
「分かんない……俺いま何て言ってた……?」
視線がウロウロし始めた。
流れる涙を指先で拭ってあげても、七海さんは嫌がらない。
まさかそういう意味だったなんて……知らなかった…。
僕の行動は、七海さんにとって最善だと信じて疑わなかったのに、こんなにも悩ませてしまっていたとは夢にも思わなかった。
七海さんはまだ、「分かんない」と何回も呟いている。
歳上にこんな事を言うのは失礼かもしれないけれど、言わずにはいられなかった。
「……可愛い……可愛い……っ。あ、あの……もう一回抱き締めてもいいですか」
「…………俺に聞くな!」
「では遠慮なく……」
七海さんを抱き締めたいんだから、七海さんに許可貰わないとでしょう?
ここへ来た時の僕より狼狽えてしまった七海さんに笑顔を見せて、それからギュッと抱き締める。
何の抵抗もしてこない、「嫌い」という言葉が飛んでこない……もう「ごめんなさい」と思わなくていい……それがこんなに嬉しいなんて……。
小さくて華奢な七海さんは、僕の両腕の中にすっぽりとおさまって静かに立っている。
「分かんない」から、まだ僕を抱き締め返してはくれないんだ。
それでもいい。
許せないの意味が分かった今なら、僕は七海さんが気付いてくれるまでいくらでも待てる。
後悔の日々が一気に吹っ飛んだ。
暗く湿った心も、一瞬で晴れた。
……僕は七海さんに恋してるんだよ。
最悪な出会いをしてしまったけれど、僕の事を七海さんが見付けてくれて、僕も七海さんを見付けたんだよ。
……願ってやまない恋を、七海さんはもう、しているんだよ。
率直にそう言っても、今の七海さんには伝わらない。
そっと表情を伺ってみれば、とても難しい問題を解いている時のように険しくて、分からないの言葉を如実に示すそれが可愛くてたまらなかった。
「僕の事、許せないんですよね。七海さんのために離れたのに、それを捨てられたと思ったんですよね。僕が責任取るって言ったのに、取らなかったから……怒ってるんですよね」
「…………知らない!」
抱き上げて間近に顔を寄せると、七海さんはほっぺたをピンクに染めてプイっとした。
涙は止まったみたいで、良かった。
七海さんは照れて顔を背けたはずが、僕の首にしっかりと回された腕が強がりで…愛おしい。
「七海さんが言ったんですよ。「嫌いだ」って。「顔も見たくない」って。七海さんの真っ白な心と体を、僕が汚してしまったなんて知ったら……離れるしかないじゃないですか。僕は七海さんの事を好きになってしまったから、だからこそ離れなきゃダメだったんですよ」
少しずつ七海さんの誤解を解こうと、僕は穏やかに語り掛けた。
好きになってしまった人を汚したと知った、僕の後悔は底無しだった。
一生この後悔と悔恨の念を抱いて、今まで通り生かされて生きていこうとしていた。
愛想笑いに満ちた、居場所があるようで無い、とても侘しい世界で生きていかなければと思っていた。
毎日七海さんを想う度に、意志とは逆に膨れ上がる恋心に苦しんだ。
これから何年経っても、七海さんへの後悔も、恋心も、消える事はないだろうと、自分の犯した罪に絶望した。
それが今、嫌がられもせず七海さんを抱っこしている。
数時間前の僕はこんな事……想像もしていなかった。
ちょっとでも油断すると、みっともなく舞い上がってしまいそうだ。
「……好き? ……好きなのに離れるって何? それって普通の事なのか?」
僕の方を向いた七海さんは、さっきからずっと難問を解いている顔だ。
「普通じゃないと思いますよ。……七海さんにとって、僕との出会いは最悪だったはずです。僕はあのストーカーと同じになりたくなかった。初恋を夢見ていた七海さんが本気で嫌がってると知って、あれ以上踏み込んだらもっと心を汚してしまうと思ったんです。……捨てたりなんかしませんよ」
「そん、そんな事言って、俺が嫌がってても平気そうだったじゃん! 熱出した俺の前でもずっと、てか初っぱなから強引だったんだから今さらだろ!」
「あの時は七海さんが男遊び真っ最中だと勘違いしていたからです。少しの隙も与えたくなかった。不特定多数のうちの一人は嫌だ、僕の事しか見えなくなればいいのに、と思いながら七海さんの看病をしていました。空回りばかりでしたけど……」
僕が弁解する度に、目の前で七海さんの表情がくるくるとよく変わる。
ムッと怒ったり、ポッと照れたり、意味が分からない、と視線をウロウロさせたり。
──こんなに可愛かったっけ……七海さん。
己の理性の無さと軽はずみな行為によって、僕の心は黒く陰っていた。
汚い僕が、眩しいほどに純粋な七海さんを直視するなんて出来なくて、目を背けてしまっていたけれど……改めて抱っこしていて思う。
この顔も体もそうだけど、声や仕草、怒った時の膨れっ面までこんなにも可愛いって事を、僕は忘れ掛けていたんだ。
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