72 / 206
真実
2
しおりを挟むなんだよ、和彦の一方通行……?
和彦が怒ってる理由……?
それって、俺の事が好き……だから?
でも、でも、俺は好きじゃないよ。絶対に違うよ。
考えても考えても、和彦の望む答えは言ってあげられない。
ていうか、「分かってるのに自覚してもらえない」って、まるで俺はすでに和彦の事が好きみたいじゃん。
───…………好き、みたいじゃん……。
「それです、それ……。その分かんないの顔…。とっても可愛いけれど、ちょっとだけほっぺたつねりたくなるんです」
「つねるって……なんでだよ……っ」
「ねぇ、七海さん。僕への怒りは本当に恨みしかありませんか? 僕はあの日の事、後悔だけじゃなくなりました。……勝手なのは分かっています。でも七海さんもそうだと、信じています」
「…………」
……分かんない、……分かんないよ。
どういう事なんだよ。
俺も、今は後悔だけじゃないだろって、そう言いたいのか?
苦々しく微笑んだ和彦から、頭を撫でられた。
冷たい顔じゃなくなった事に安堵しながら見上げると、とても二十歳には見えない大人な視線で射抜かれて何だか心が重たくなる。
和彦に無視された、冷たく交わされた、そう感じてた時みたいに、ずっしりと重たくて心臓がキュッと苦しくなった。
これは怒りではない。それくらいは分かる。
考えてみると、この家に来てからはそんなにイライラなんてしてなかった。
ちょっと前は講義中も和彦の事を思い出してはイライラして集中出来なかったけど、最近はちょっとだけ気持ちが軽い。
講義が終わる度に和彦から「どこに居ますか?」ってメッセージがきて、講義が詰まってない限り、空き時間を落ち合って過ごす事が増えていた。
って事は、広い構内で和彦を探さなくていいから、俺のストレスがもれなく軽減されてイライラしないのかもしれない。
「……最近はそんなイライラしてない」
「そうなんですか? 何故ですか?」
「……探さなくてよくなったから」
「……誰をですか」
「和彦を」
「…………はぁ……」
正直に言ってみると、和彦は俺の目の前で失礼なくらい大きな溜め息を吐いた。
何……? 何か変な事言った……?
戸惑う俺をよそに、スーツの上着を脱いでハンガーに掛けた和彦が、髪を無造作にかき上げながら戻ってきた。
……かっこいい。ムカつく。マジでムカつく。ただスーツをクローゼットにしまって戻ってくるだけで、なんでこんなにかっこいいんだ。
俺は、ゆらりとした和彦の気怠げな立ち居振る舞いに釘付けだった。
──なんだ、これ……。
胸が苦しい。息が出来なくなりそうだ。
俺の心臓があり得ない速度でドクドクと脈打ち始めている。
未だ僅かに残る、冷たい雰囲気を纏わせた和彦の事なんか直視したくないのに……目がそらせなくて全身が硬直していた。
知らない。こんなの、……知らない。
「好きなんです……七海さん。僕に嘘は吐かないで。どんな些細なことも、僕には教えて下さい。知っていないと嫌だ。……言ったはずです。これからは遠慮なく七海さんを追い掛けます、と」
「……わ、分かった……」
顎を持たれてクイっと上向かされて、考える間もなく頷いた俺の本能。
一体何が「分かった」んだ。
無意識下で働かれちゃ困るよ。
この息苦しさの理由を教えてよ……初めてなんだよ、こんなに唐突に息苦しくなるなんて──。
「金輪際、九条さんと二人きりで会うのもダメですからね?」
「……え、いやそれは……約束できな……」
「ダメですからね?」
九条君を毛嫌いする和彦がそれを言うのは仕方ない事だと思うけど、そんなの無理だ。
今日の様子から、九条君は俺の事を恋愛対象として見るのはやめるって感じだった。
それなら新たに友情を育みたい……九条君が許してくれるなら、俺はまた友達に戻りたい。
でも、そんな俺の思いは和彦にとっては「許せない」事だったらしい。
瞳を細めて念押しされて、疼く俺の本能が即座に反応した。
「うん……」
和彦の瞳に引っ張られるようにして、俺の体が前方に傾いて力が抜けていく。
……逆らえなかった。
やすやすと受け止めてくれた和彦の胸に飛び込むと、息苦しさがさらに増して狼狽した。
──く、苦しい……っ。なんだよこれ……!
「ちょっ、和彦、……さっきからここが苦しいんだ……っ。俺、病気かもしんない!」
「……落ち着いてください。こうしてたら……どうですか?」
苦しいって言ってるのに、和彦はぎゅっと俺を抱き締めて優しく背中を撫でてきた。
こんな事で治るはずないだろ、……と憤ったのはほんの一瞬で、じわじわと温かい何かが俺の内部に染み込んでくる。
「無理強いはしませんが、僕の背中に腕を回してみてください」
「え……」
「やってみるだけ、……ね?」
「…………」
抱き締め返せ、って事……?
息苦しさが消えて、心がポカポカしてきた俺は何の疑いもなく素直に従ってみた。
あの日の事を思い出すんじゃないかという不安が心中を渦巻いたけど、ゆっくり、ゆっくり、広い背中に腕を回す。
そして、きゅっとしがみついた。
────っっ……。
「どうですか? まだ苦しいですか?」
「……ううん。……苦しくない」
「今どんな気持ちなのか、教えてください」
「……分かんない。けど、……ドキドキする」
煙草の移り香と、香水と、和彦のボディーローションの甘い匂いがたまらなく心を踊らせた。
苦しいんじゃない。
イライラもしない。
──何か、とてつもなく雄大で温かみのある感情が次から次に湧き上がってきて、目の前がクラクラした。
4
あなたにおすすめの小説
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
昔「結婚しよう」と言ってくれた幼馴染は今日、僕以外の人と結婚する
子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき
「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。
そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。
背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。
結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。
「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」
誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。
叶わない恋だってわかってる。
それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。
君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?
krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」
突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。
なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!?
全力すれ違いラブコメファンタジーBL!
支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。
家を追い出されたのでツバメをやろうとしたら強面の乳兄弟に反対されて困っている
香歌奈
BL
ある日、突然、セレンは生まれ育った伯爵家を追い出された。
異母兄の婚約者に乱暴を働こうとした罪らしいが、全く身に覚えがない。なのに伯爵家当主となっている異母兄は家から締め出したばかりか、ヴァーレン伯爵家の籍まで抹消したと言う。
途方に暮れたセレンは、年の離れた乳兄弟ギーズを頼ることにした。ギーズは顔に大きな傷跡が残る強面の騎士。悪人からは恐れられ、女子供からは怯えられているという。でもセレンにとっては子守をしてくれた優しいお兄さん。ギーズの家に置いてもらう日々は昔のようで居心地がいい。とはいえ、いつまでも養ってもらうわけにはいかない。しかしお坊ちゃん育ちで手に職があるわけでもなく……。
「僕は女性ウケがいい。この顔を生かしてツバメをしようかな」「おい、待て。ツバメの意味がわかっているのか!」美貌の天然青年に振り回される強面騎士は、ついに実力行使に出る?!
「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」
星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。
ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。
番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。
あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、
平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。
そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。
――何でいまさら。オメガだった、なんて。
オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。
2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。
どうして、いまさら。
すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。
ハピエン確定です。(全10話)
2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。
【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?
MEIKO
BL
【完結】伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷う未来しか見えない!
僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げる。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなのどうして?
※R対象話には『*』マーク付けます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる