優しい狼に初めてを奪われました

須藤慎弥

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バッティング ─和彦─

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 僕のちょっとした人間不信は今に始まった事じゃない。

 特に、七海さんと出会ってからはそれも何とかなりそうだと思えている。

 たった今、僕を肯定してくれた七海さんさえ居てくれれば、僕は誰に何を言われても構わない。

 それよりも七海さんが僕を追い掛けていたというのが真実だった事に、喜びを隠せなかった。


「ふふっ……。僕の周りに人が居たとしても、その中には必ず占部さんが居たと思います」
「そ、そういえば、占部とは何で普通に話せてるんだ?」


 そっぽを向いたままリリくんに釘付けの七海さんの肩をふいに抱くと、ピクッと体を揺らして驚かれた。

 構わず僕に寄りかからせてみるも、体がカチコチだ。

 何気なくやっているように見えて、こんなに誰かと密着していたいと思った事がないから、実は僕も緊張しているんだよ。


「あぁ、それは、占部さんのお父様が父の会社で働いているんです。僕、変装していたのに入学してすぐ占部さんに見付かって声掛けられて、……最初は当然警戒しました。また僕を上辺でしか見てくれないんだろうな、距離のある接し方をされるんだろうなって」
「……うん」
「占部さんは、父の会社に就職すると小さな頃から決めていたみたいで、最初にこう言われたんです。「多分長い付き合いになるだろうから、敬語は使わなくていい。その代わり、就職して立場逆転しても今みたいに気軽に話したい」って」


 その時の状況を思い出しながら話していると、僕の胸元に寄りかかった七海さんの肩が小刻みに揺れた。

 占部さんと話すようになってそんなに日が経たない七海さんでも、彼の言わんとする事が分かったみたいでクスクス笑っている。


「うん。なんか占部の下心見えるけど、占部らしいな」
「ふふ、……そうなんですよ。でも僕は嬉しかったです。そうやって本音を言ってくれた方は、僕の周りには本当に居ませんでしたから」
「……そっか……」


 図らずも七海さんと出会うキッカケを作ってくれた占部さんには、感謝してもしきれない。

 入学してすぐの占部さんの本心には、僕も少しだけ心を救われた……だから、軽はずみに七海さんに関する噂を信じてしまった。

 とても悪魔には見えないと疑いながらも、占部さんがそう言うなら、と。

 ふと見ると七海さんの顔から笑顔が消えてしまっていた。

 ──こんな顔をさせたいわけじゃない。  僕は七海さんのおかげで、改心したと伝えたかったんだ。


「若干です、って言ったでしょう? 僕の人間不信は、本当の人間不信で悩んでいる方にとっては失礼なくらい、浅くて贅沢なものだと思います。……それも、七海さんと出会ってから気付いたんですけどね」
「え? ……俺に?」
「はい。七海さんはずっと僕に怒っていたでしょう。どうしてあんなに怒っていたのか、理由を知った時にすべてを悟りました。僕がこんなだから、今まで遠巻きに壁を作って接されていたんだ。他人の気持ちを考えないで、読もうともしないで、正解を知らないままここまできたツケが回ってきたんです。……思う通りに行動する癖が付いてしまっていた」


 あたかも周囲だけが悪いかのように、僕は何も悪くないのにと被害者ぶって自分で勝手に心のシャッターを下ろした。

 いつからそうしてしまっていたかなんて、もう覚えていない。

 けれど、そんな相手に周りが本心を語るわけないよ。本音を言えるわけがないよ。

 愛想笑いの必要性も、父の会社で働き始めて身を持って知った。

 今でも好きにはなれないけれど、社会をうまく生きていくためには必要なものだったんだ。

 七海さんが合コンで浮かべていた愛想笑いの意味も、今なら分かる。

 どうしてみんな無理してるんだろう、と考える事が出来るようになったのは、他ならぬ七海さんのおかげだ。

 一目惚れに近かった七海さんに、僕が欲しかった言葉と思案力を教わった。

 これまでが長かったから、すぐに行動に移す事は難しい。

 でも七海さんの教えを一日でも早く汲まないと、僕は社会不適合者になる。

 そうなれるのに、出来るのに、やらないのはよくない事だ。


「性格は変えらんないけど、直せるとこは直してみる?」


 七海さんが、僕が心に決めた積極的な気持ちを代弁してくれた。

 間近で見てくる、どう見ても歳上とは思えない幼さで僕を導くそのアンバランスさに、胸がときめいた。

 ……七海さんは素敵だ。素敵としか言い様がない。


「……直せますか?」
「具体的にどこを直すべきか、書き出してみよう」
「えっ……? 今からですか?」
「うん! 今から!」
「そ、そうですか。でも僕、ちょっと眠たいなぁ……七海さんをギュッとして眠りたいなぁ……」
「そんな事言ってたらいつまでも宇宙人のままだぞ! 俺の部屋からノートとペン持ってくる! 箇条書きに出来るように考えまとめとけよ!」
「え、あのっ……? は、はい……っ」


 僕の腕からするりと抜け出した七海さんは、部屋んぽ真っ只中のリリくんに小さく手を振って、本当に部屋を飛び出して行った。

 真面目というか、文系な七海さんの考えそうな事だけれど、今から僕の心の闇を紐解いていくには少し睡眠が足りない。

 集中力が欠けているから的を射た発言は出来ないかもしれないのに、七海さんが僕のためにあんなに張り切っているから、それ以上駄々をこねる事は出来なかった。

 心を打ち明けるのが怖いと、リリくんの力まで借りようとした僕はちょっと……決まりが悪い。



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