優しい狼に初めてを奪われました

須藤慎弥

文字の大きさ
93 / 206
究明

しおりを挟む



 シマリスのリリくんと戯れる和彦の姿は、まるで某メルヘンアニメ映画に出てくる、動物好きでみんなから愛される「王子様」に見えて仕方なかった。

 小鳥を肩に乗せ、あつらえたかのような大きな石の上に腰掛けると呼んでもないのに小動物達が和彦の周囲に集まってきて、その子達みんなに笑顔で挨拶をする和彦王子……っていう妄想が脳内に溢れた。

 和彦は、見た目は穏やかそのもの。

 雰囲気はことごとく儚げで、育ち故か確かな品格を全身から漂わせている。

 果たして喜怒哀楽の「怒」の感情を知っているのかと首をひねりたくなるくらい、微笑みを絶やさない和彦の細まった瞳に心がいちいち跳ねた。

 ほら……今もずっと俺に笑い掛けてくれている。

 サイドの髪が頬に落ちて見える範囲が狭まっても、こんなに美しい。


「七海さん……二時間だけ、我慢してくださいね」
「二時間って何……? てか、ねぇ、……っ、……なんで手、縛んの……っ? 俺が怒ってた理由、和彦は分かったんだろっ?」
「これは別件です」


 見詰めてくる温かな視線は変わらず優しいのに、瞳の奥は決して柔らかくない事に気付いた。

 和彦が脱いだシャツで俺の両手首を頭上で縛り上げるなんて、正気の沙汰とは思えない。


「別件……!?」
「可愛くて純粋な七海さん。僕と知り合う前の七海さんが、一体どれだけの魔性を振り撒いていたのかを知ってしまいました。……愕然としましたよ」
「なっ、何言ってんだっ!? 分かんない事言ってないで、これっ……解いてよ!」
「無理です。僕の隠し事はすべて七海さんに曝け出しました。七海さんと恋する準備は万端なんです。だから……僕の気持ちも、分かってほしい」


 ──縛られて何を分かれっていうんだ!

 分かってる事があるとすれば、俺がリリくんを肩に乗せてる和彦王子の姿を妄想してる間に、それとは真逆の人物がいつの間にかお目見えしてたって事だけだ。

 手早く全裸に剥かれた俺の腹に、引き締まった肉体美を誇る和彦が跨っている。

 とてもじゃないけど俺の軟弱な体では支えきれなくて、必死で退かそうと身動ぎは出来ても、頭上で縛られた腕が拘束に阻まれた。

 ベッドの柵に括り付けられてるんだと知って足をジタバタさせてみたけど、上等なマットレスがポワポワと沈むだけで何の抵抗にもならない。

 どうりで体が斜めなわけだ。


「和彦……っ、これやめて! ほんとにやめて!」


 早くも首筋に口付け始めた和彦に必死でそう言ってみても、知らん顔された。


 ──和彦の奴、もしかしてこのままするつもりなのか……っ?


 斜めなのはいいとして、なんで突然こんな事をするんだ……!

 初めての時も、二回目の時も、縛りたい願望があるなんて少しも匂わせなかったくせに……!

 俺の制止の声は寝室中に轟いている。

 絶対に聞こえてるはずなのに無視されたまま、和彦の滑らかな舌が俺の唇を舐めて開かされると遠慮なく口腔内へ侵入してきた。

 顔を傾けて深く舌を突き入れられ、激しく絡ませていると溜まった唾液が唇の端から漏れて意識を削がれる。

 腹の上の重みで苦しいのか、こんな状況でもキスだけで下腹部が疼くくらいドキドキがうるさいからなのか、うまく鼻呼吸が出来なくて窒息するかと思った。
 

「……ん……っ、ふっ……っ!」
「ねぇ、七海さん。お願いですから、僕以外の人に魔性は振り撒かないでください。あんなに嬉しい言葉を言ってくれた七海さんは、これから先は僕の事だけを見ていたらいいんです」
「……っ、はぁ……っ? 俺は魔性なんか振り撒いてないって散々……!」
「まずは七海さんが自覚しないと、被害者が増える一方ですよ。あぁ……その表情がいけない。男の庇護欲をそそる憂いの表情……。まぁ僕も、この小悪魔のような形相に恋をしてしまったんですけどね……」


 俺に「可愛い悪魔」だなんて不名誉過ぎる愛称を付けた和彦は、大きな手のひらで俺の左頬を包み込んで、ちゅ、と口付けた。

 クーラーの風にひやりとしていた全身が、それだけで温かくなるような気がしてうっとりと瞳を瞑る。

 優しい声と手付き、そして魅惑のキスだけで俺の判断能力を一瞬で鈍らせてくるなんて……どっちが魔性の使い手なんだよ。

 和彦に触れられないようにしといて、恋も何もないんじゃないの。


「俺に恋してるんなら縛ったりするな! ……痛っ……なにこれ、動くとキツくなるんだけど……っ」
「ちょっとだけ特殊な結び方をしているんです。どれだけ暴れても解けないので、安心してください」
「そんな安心いらない! 安心できるか!」
「……あの……七海さんが怒れば怒るほど僕は興奮してしまうので、少し落ち着いて下さい。可愛いだけです」
「……うぅぅっ……!」


 魔性だ何だと言い出した和彦の言わんとする事が、何となく分かった。

 かつての合コンで、酒の力によって俺にモーションをかけてきた幾多のノンケ達が脳裏に浮かぶ。

 さっき和彦は俺に「少しだけ怒ってる」と言っていた。

 俺をほったらかしてから八時間以上、一体何してたんだってイライラしてたけど……実は俺の過去についてを色々調べていたのかもしれない。

 ストーカーが俺と出会った経緯を知られれば、芋づる式に過去が浮き彫りになる。

 怒ってるってそういう事だったのか。

 て事は和彦め……俺が白状しようがしまいが、最初から縛るつもりだったんじゃないか……!


「ですから、……ね? 今日は二時間だけと決めてみっちり愛し合って、初めてをやり遂げましょう」
「やり遂げるって……っっ」


 ね? じゃないよ!

 俺の妄想の中に居た、小動物に囲まれて微笑むメルヘン王子な和彦はどこに行ったんだよ──!

 狼に変身するのなんか、俺は許してないのに……!




しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由

スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの少年二人は、15歳になり神の祝福でスキルを得た事で道をたがえる。彼らはやがて青年となり、片方は魔王討伐に旅立つ勇者として華々しい活躍をし、もう片方はただ彼の帰還を待つ相変わらずスラム暮らしの存在となる。 これは何も持たない青年がただ勇者の帰りを待つ日常を描いた作品です。 無自覚両片想いの勇者×親友。 読了後、もう一度だけ読み直して頂けると何か見える世界が変わるかもしれません。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

家を追い出されたのでツバメをやろうとしたら強面の乳兄弟に反対されて困っている

香歌奈
BL
ある日、突然、セレンは生まれ育った伯爵家を追い出された。 異母兄の婚約者に乱暴を働こうとした罪らしいが、全く身に覚えがない。なのに伯爵家当主となっている異母兄は家から締め出したばかりか、ヴァーレン伯爵家の籍まで抹消したと言う。 途方に暮れたセレンは、年の離れた乳兄弟ギーズを頼ることにした。ギーズは顔に大きな傷跡が残る強面の騎士。悪人からは恐れられ、女子供からは怯えられているという。でもセレンにとっては子守をしてくれた優しいお兄さん。ギーズの家に置いてもらう日々は昔のようで居心地がいい。とはいえ、いつまでも養ってもらうわけにはいかない。しかしお坊ちゃん育ちで手に職があるわけでもなく……。 「僕は女性ウケがいい。この顔を生かしてツバメをしようかな」「おい、待て。ツバメの意味がわかっているのか!」美貌の天然青年に振り回される強面騎士は、ついに実力行使に出る?!

【完結】もしかして俺の人生って詰んでるかもしれない

バナナ男さん
BL
唯一の仇名が《根暗の根本君》である地味男である<根本 源(ねもと げん)>には、まるで王子様の様なキラキラ幼馴染<空野 翔(そらの かける)>がいる。 ある日、そんな幼馴染と仲良くなりたいカースト上位女子に呼び出され、金魚のフンと言われてしまい、改めて自分の立ち位置というモノを冷静に考えたが……あれ?なんか俺達っておかしくない?? イケメンヤンデレ男子✕地味な平凡男子のちょっとした日常の一コマ話です。

溺愛極道と逃げたがりのウサギ

イワキヒロチカ
BL
完全会員制クラブでキャストとして働く湊には、忘れられない人がいた。 想い合いながら、…想っているからこそ逃げ出すしかなかった初恋の相手が。 悲しい別れから五年経ち、少しずつ悲しみも癒えてきていたある日、オーナーが客人としてクラブに連れてきた男はまさかの初恋の相手、松平竜次郎その人で……。 ※本編完結済。アフター&サイドストーリー更新中。 二人のその後の話は【極道とウサギの甘いその後+ナンバリング】、サイドストーリー的なものは【タイトル(メインになるキャラ)】で表記しています。

脱落モブ男が人気アイドルに愛されるわけがない

綿毛ぽぽ
BL
 アイドルを夢見るも、デビューできずオーディション番組に出演しても脱落ばかりの地味男、亀谷日翔はついに夢を諦めた。そしてひょんなことから事務所にあるカフェで働き始めると、かつて出演していた番組のデビューメンバーと再会する。テレビでも引っ張りだこで相変わらずビジュアルが強い二人は何故か俺に対して距離が近い。 ━━━━━━━━━━━ 現役人気アイドル×脱落モブ男 表紙はくま様からお借りしました https://www.pixiv.net/artworks/84182395

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

処理中です...