優しい狼に初めてを奪われました

須藤慎弥

文字の大きさ
158 / 206
清算 ─和彦─

しおりを挟む



 成り行きで九条さんを交えた昼食後、七海さんは必修科目を受けに行ってしまい、僕は講堂前のベンチに腰掛けて七海さんの帰りを待つ事にした。

 手入れされた木々達がうまく陽射しを避けてくれて、体感は暑いけれど外の空気はとても気持ちがいい。

 隣には何故か、講義が無いと言う九条さんが居て幾度も欠伸をしている。

 ……七海さんが居ないのに、ずっと僕と居て楽しいのかな。

 女子生徒達の噂によって、今まで本当に悪名高かったらしい僕は午前中だけでもかなりの同級生らと会話をした。

 僕らがベンチに腰掛けている姿を見付けては走り寄ってきて、ひとしきり中身のない会話をして去ってゆく。

 九条さんが隣に居ても構わず話し掛けてくる今時の女性達は、声もテンションも高くて……まだ全然付いていけないけれど。


「……七海が言ってた話あんじゃん。証拠掴んだとか何とか」
「あぁ、はい。実はそれとは別に父が四年前から集めていた、改ざん前後のデータも在ります」
「そんな前から横領してんの分かってて、何で黙ってたんだよ。それだけで充分証拠になるだろ」
「そうなんですが、……」


 辺りが静かになったのを見計らって、九条さんが切り出したそれについてを掻い摘んで説明した。

 まったくの部外者である九条さんに社の闇を語るなんて、まるで不条理だ。

 けれど躊躇いは無かった。

 僕の両親についてまでも七海さんが「ゲロった」事により、スムーズに理解した九条さんは苦笑した。


「へぇ……。変な親だな」
「……ストレートですね。思えば九条さんは初対面の時からすでにドストレートでしたが」
「ふっ……あの時な。何か許せなかったんだよ。俺が七海の事好きだったのもあるけど、お前の評判は大学内だけじゃなくてそれ界隈でも良い噂聞かなかったから」
「……それ界隈?」
「もう俺の素性調べ上げてんだろうから知ってんだろ。俺も親父のツテで、お坊ちゃまの親父主催のパーティーには何回も参加してる」
「そ、そうだったんですか!」


 僕が九条さんについてを調べ上げている事も分かっていて、それでいて僕とこうして会話をしてくれてるんだ。

 しかも、腑抜けていた僕が参加していたパーティーの列席者の中に、かつて九条さんも居たなんて驚いた。

 九条さんのお父様は、街の弁護士から市議会議員、県議会議員へと順調に出世している叩き上げの人物だ。

 そんなお父様の元、九条さんも弁護士を目指すというのはごく自然の流れのように思える。

 僕の事を「お坊ちゃま」と呼ぶ九条さんも、充分お坊ちゃまだ。


「年上のお姉様捕まえて、パーティーもそこそこに抜け出すって有名だったんだぞ」
「噂フリークの九条さんが言うのなら、そうなんでしょうね……。言いたくありませんが、事実ですし」
「俺を噂フリークにするんじゃねぇ。ダセェよ」
「ふふ……っ」


 あまり女子生徒達と会話をしたがらない九条さんが、何故こんなにも噂を耳にしているのかと思えば、きっと本来の性格が関係してるんだ。

 作り上げた壁は僕ほどではないにしても、会話をしない九条さんの周囲にはその容姿や雰囲気から意識せずとも人が集まる。

 ありとあらゆる情報が入ってくる環境に居るのは確かで、だからといって吹聴しないところに好感を持った。

 九条さんは足を組み換え、スマホを操作してカレンダー機能を呼び出す。


「週末のでけぇパーティーがチャンスなんだって?」
「はい。Tホテルのパーティースペースで、かつ立食、八十名近くが参加します。それに紛れて恐らく取引先との接触があるだろうという事です」
「そこで証拠を揃えてしまえばいいってわけだな」
「そうなります、……」
「何だ? 何か不安要素でもあんの? あっ、七海も連れてくらしいから心配なんだな?」
「心配……ですか?」


 七海さんを連れて行くから、心配……?

 僕は、過去に関係のあった女性達が多数参加するであろう場で、良からぬ事が起きやしないか……それを心配していた。

 年上の女性達は、一夜限りの関係というものを正しく理解してくれていると信じたい。

 僕の過去の女性関係に七海さんが激しくヤキモチを焼いていた事を思えば、それはそれで可愛いかったんだけれど、妙な波風は立てたくないというのが大いにある。

 布団に包まって「嫌だ!」と叫んでいた七海さんは本当に本当に可愛かった。でもそれだけじゃ済まないかもしれない。

 ヤキモチを焼くだけじゃなく、その事実がもしも七海さんを傷付けてしまったらと思うと、心配でたまらない。

 ……僕の過去なんか、すべて消してしまえたらいいのに。


「合同パーティーなら、正装して、その場で出された酒飲むだろ? 七海って酒自体はそんな弱く無えけど、すぐほっぺたと耳が赤くなるし、酔うと流し目になんだよ。……俺だったらとりあえずトイレ連れ込みたくなる」
「──えっ!?」


 ちょっと考えれば分かりそうなものを。

 うっかりしていた。

 七海さんは素面の時でさえ注目を集めているのに、お酒を飲んでほっぺたを染めて、あの綺麗な瞳でチラと視線を寄越された日には……七海さんの魔性が大暴れしてしまうじゃない。

 僕は、噂にまでなっているという自分の過去が七海さんを傷付けやしないか、その心配で頭がいっぱいだった。

 九条さんは続ける。


「話聞いてるとさぁ、男女の合コン行って何で毎回男を持ち帰れるんだって俺も不思議でしょうがなかったんだけど。七海ってノンケ引き寄せフェロモンでも出てんのかもな」
「そ、そんな危ないフェロモン……っ! 確かに魔性の男だとは思いますけど……!」
「七海がガチ酔いしたとこ、見た事無え?」
「あ……そういえば、……ないかも」



しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

昔「結婚しよう」と言ってくれた幼馴染は今日、僕以外の人と結婚する

子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき 「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。 そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。 背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。 結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。 「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」 誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。 叶わない恋だってわかってる。 それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。 君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

家を追い出されたのでツバメをやろうとしたら強面の乳兄弟に反対されて困っている

香歌奈
BL
ある日、突然、セレンは生まれ育った伯爵家を追い出された。 異母兄の婚約者に乱暴を働こうとした罪らしいが、全く身に覚えがない。なのに伯爵家当主となっている異母兄は家から締め出したばかりか、ヴァーレン伯爵家の籍まで抹消したと言う。 途方に暮れたセレンは、年の離れた乳兄弟ギーズを頼ることにした。ギーズは顔に大きな傷跡が残る強面の騎士。悪人からは恐れられ、女子供からは怯えられているという。でもセレンにとっては子守をしてくれた優しいお兄さん。ギーズの家に置いてもらう日々は昔のようで居心地がいい。とはいえ、いつまでも養ってもらうわけにはいかない。しかしお坊ちゃん育ちで手に職があるわけでもなく……。 「僕は女性ウケがいい。この顔を生かしてツバメをしようかな」「おい、待て。ツバメの意味がわかっているのか!」美貌の天然青年に振り回される強面騎士は、ついに実力行使に出る?!

「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」

星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。 ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。 番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。 あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、 平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。 そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。 ――何でいまさら。オメガだった、なんて。 オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。 2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。 どうして、いまさら。 すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。 ハピエン確定です。(全10話) 2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。

【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?

MEIKO
BL
 【完結】伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷う未来しか見えない!  僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げる。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなのどうして? ※R対象話には『*』マーク付けます。

処理中です...