優しい狼に初めてを奪われました

須藤慎弥

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清算 ─和彦─

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「あぁ……そういう意味、ですね」


 納得して神妙に頷くと、僕とは目を合わせられないとばかりに七海さんは突っ伏したまま動かなくなった。

 恐らく、僕と九条さんの会話に耳を澄ませているんだ。

 ……気にしなくていいのに。


「そうそう。俺はお坊ちゃまが女に囲まれてる理由を聞いただけなんだよ。佐倉和彦は冷たいって専らの噂だったじゃん?」
「……九条さんって噂フリークなんですか? 七海さんの噂の件もご存知でしたよね」
「んなわけねぇだろ。七海と同じ事言うなよ」
「噂に良いものはありません。ですが、僕も七海さんも火のないところに煙は立たぬを地で行っていましたから。僕達はそれぞれ反省しています」
「…………? あぁ、そう」


 九条さんに言っても仕方がないけれど、こう宣言する事で僕達の仲にわだかまりは一つも残っていないと示したかった。

 すべては僕の誤解から始まった。

 何だかんだと七海さんの気持ちを揺さぶる事に成功はしたものの、昨夜の告白を聞くまでは僕は自信が無かったから。

 七海さんは間違いなく恋をしていると分かっていても、口に出して相手に伝えると日毎増してゆく想いを知らなければ、いつか他へ目移りしてしまうんじゃないかって。

 それがすぐなのか、もう少し先なのかは考えないようにしていた。

 それほど、「好き」という言葉には重要な意味がある。

 その証拠に、昨夜の七海さんは「好き」と言い出したら止まらなかった。


 好き、好き、好き、好き……。
 和彦もいっぱい言って。足りない。もっと言って。もっといっぱい言って。


 あんなに可愛いおねだりは、地球上のどこを探しても見当たらないよ。

 たくさん「好き」と言ってくれて、僕もたくさん言わせてくれて、月並みだけれど初めて心が通じ合ったような幸福感に包まれた。

 今もそうだ。ずっと、心が温かい。

 僕抜きで、七海さんが九条さんとここで二人きりで語らっていたとしても、平気だ。

 ……なんてね。やっぱり少しはヤキモチ焼いちゃうけど、暴走なんてしないくらいには心に余裕が持てている。


「七海さん、顔を上げてください。九条さんにならお話したって構いませんよ。この方は身元もお人柄も将来もしっかりとした方です。僕にとっては恋のライバルという印象が根強いですが、七海さんにとっては大切なご友人でしょう?」


 髪を撫でてピンクに染まった耳に触れると、ピクッと肩が揺らぐ。

 それから潤んだ瞳をそのままに顔を上げた七海さんが、「うっ……」と嗚咽に似た声を漏らした。


「……和彦……っ」
「それに、七海さんは追及されると動揺してパニックを起こすので、すべて「ゲロった」というのも驚きません。七海さんがあたふたするところ、僕もそばで見ていたかったな」
「あ、悪趣味……! 見直して損したっ」
「あれ、見直してくれたんですか? どこを?」
「え、うっ、……九条君と友達なの認めてくれたとこ……」


 ──本当に、可愛い人。

 七海さんは今、悪戯してバレちゃった子どもが神妙に「ごめんなさい」と母親に向けるような、いじらしく幼い表情をしてる。

 あんなにたくさん愛し合ったのに、すぐにでもどこかへ連れ込みたいくらい、愛らしい。

 僕がこんなに落ち着いていられるのも、一歩を踏み出せているのも、七海さんのおかげ。

 それを伝えても「そんな大それた事はしてない」と謙虚さを滲ませるであろう七海さんはもう、正真正銘、僕のものだ。


「僕にいっぱい告白してくれましたもんね。だから今、僕はすごく寛大に物事を見ていられるんだと思います。……好きですよ、七海さん」


 さすがに人前だから、最後の台詞だけは耳元で囁いた。

 一瞬で顔を真っ赤にして照れて、口をパクパクさせる七海さんのこの反応に、凄まじい興奮を覚える。

 僕達は恋をしてるな……と、実感する。


「こ、こんなとこで何を……!」
「ふふっ……照れてるの、可愛いです」
「……っ! や、やめ、やめろよっ、そういう事は家で……っ」
「──おい。俺の存在忘れて公衆の面前で何を言い合ってんだ、お前ら。七海、分かったか? お前達二人は絶対に人の事は言えねぇんだからな?」


 ……そっか、七海さんは僕の両親と会った事も話しちゃったんだ。

 七海さんの前だっていうのに仲睦まじかった両親は、誰の目にもイチャイチャしているようにしか見えない。

 あれは今に始まった事じゃなく、僕が物心付いた頃にはあんな感じだった。

 両親がギスギスした家庭も嫌だけれど、子どもの存在そっちのけで彼らの世界に入られるのも、なかなかにいただけない。


「そんな無防備に注目集めまくって、お前ら二人の新しい噂が立っても俺は知らないからな。今もまだ火のないところに煙は立たぬを地で行ってんぞ」


 ──あ。まさしく、正論。

 九条さんの目も表情も呆れ返っているのを見て、何となく事態を察知した。

 僕の両親と、僕と七海さんとの無意識下でのイチャイチャに、大きな違いはないのかもしれない。

 長い間あれだけ理解出来ないと思っていた両親の仲睦まじさに、僕達こそが呆れ返っていたはずだった。

 それがいつの間にか、僕達は同じ道を進んでいる。九条さんの前で、まるでそれを見せ付けるかのように行動してしまっていた。

 思えば居酒屋でもそうだったっけ……。

 でも……七海さんと居ると、周りが見えなくなるんだからしょうがないよ。

 七海さんの瞳を見て、表情にうっとりして、時折ふわふわした前髪をかきあげてみながら会話を楽しんでいると、世界に僕達しか居ないような感覚になってくるんだ。

 そう、本当に両親の事は言えないくらい、それは二人だけの世界。


「……慎もう、和彦」


 ふと顔を上げた七海さんが、僕に向かって重々しく呟く。

 ……七海さんしか要らない。見えなくていい。誰に何と言われようと構わない。

 そんな風に盲目な僕の返答は、これしかない。


「……善処します」



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