優しい狼に初めてを奪われました

須藤慎弥

文字の大きさ
200 / 206
金髪の男に惚れた日 ─side 九条─

しおりを挟む



 深酒しても記憶を失くす事がない俺は、その時の事をはっきりと覚えている。

 唐突な俺の告白を少しだけ驚いた顔で受け止めた後、静かな口調で七海は諭し始めた。


「……九条君が今言ってくれたの、冗談じゃないって事くらい俺にも分かるよ。でもそれを言うべきなのは俺にじゃない。俺と九条君は今日会ったばっかりで、お酒も入って、楽しい場に居たから……」
「違う。 そうじゃない。俺、七海のこと好きになった」
「……九条君……」


 飄々と諭しているようでいて、七海が取り繕い困っているのは分かっていた。

 告白に対する返事も、当然予測出来た。

 酔いに任せて言ったわけではない事も、俺が軽率にこんな台詞を言う奴じゃないって事も、七海は分かっていたと思う。

 その日ほとんど機能しなかった俺のこの考察。これだけは正しかった。

 後に判明するのだが、七海は断り慣れをしていた。

 やたらと男にモテる七海は「好き」「付き合ってほしい」という言葉、台詞にかなり免疫があり、悲しいかな俺も大勢の男達のうちの一人だったという事だ。


「出会ったばっかなのが気になるなら、これからお互いの事知って好きになってけばいいだろ。人生どこでどうなるか分かんねぇよ。男に告ってる時点で今、俺は人生の分岐点に居る」


 飲み過ぎだと窘めてきた七海から水を受け取りながら、俺は情けなくも追い縋るような真似をした。

 一緒に居て楽しい。

 誰が相手でもそう思った事なんか無かった。

 小一時間会話をしたくらいで大袈裟なと、頭のどこかではもちろん冷静な自分も居たが口が勝手に縋っていたのだ。

 しかし、未来を提案しても七海の表情は変わらなかった。

 思わずカウンターのテーブルに突っ伏しそうになる。


「九条君、ごめん……九条君のこと、そういう風に見れない……」
「…………」


 付き合った先には何があるのか。

 俺はあまり深く考えていなかったかもしれない。

 対して七海は、きちんと考えていた。

 軽々しい言葉のみで、男同士の将来を明るいだけのものにしてやれるという確約は無かった。

 地域弁護士を経て叩き上げで議員になった厳格な父、それを支える教育ママと化していた厳しい母親、一人っ子故に親の期待を一心に背負わされた俺。

 どう考えても、たとえ七海がイエスと言ってくれたとしても未来は険しい。

 たった小一時間の付き合いだからと諦めたくは無かったが、七海の諭しと、きっぱりとした姿勢を受けて俺も一応その先まで考えた。

 遊びを知らずクソ真面目に生きてきたせいか、未来には困難な道のりしか想像がつかず、つい天秤にかけてしまったのだ。

 俺はいつかその時が来たら、七海を守り通せるのかどうか。

 結果、七海にそのつもりが無いのなら無理だろうという結論が出た。

 四六時中こいつと居たら楽しいだろうな。

 よく知りもしない相手にそんな感情を抱いたのが初めてだったので、七海が断ってくれなければ俺は天秤にかける事もしなかった。

 酔っ払っていても尚、未来を思い描いた冷静な俺が勝ったというわけだ。


「──じゃあ、たまに飲みに行こ。もう好きだとか付き合えなんて言わねぇから。七海と話してて楽しかったのは本当なんだ。これから友人として、付き合っていきたい」


 ダメか?と伺いを立てると、七海はアルコールにより紅くなった目元を細めて微笑んだ。


「それはもちろん、いいよ!」


 綺麗な笑顔だと思った。

 続いてこんな台詞がきたとしても、七海らしいなと不器用に笑い返した俺は初恋に気付いたと同時にフラれた事になる。


「俺、伊達政宗のファンだって言ったじゃん? 伊達様、諸々あって眼帯してるけど、オッドアイだったっていう噂あるんだよ。九条君も黒い眼帯してみてよ、似合いそう!」
「…………」


 今しがたまで気まずい雰囲気が流れていたはずが、七海の天真爛漫さにはまいった。

 思わず笑ってしまうのも、無理もないだろう。

 その日は七海に付き合ってもらい、とことん飲んだ。

 好意云々の話は一度も出さず、終電がなくなる間際まで二人で尽きない会話を楽しんだ。

 気付いた事が三つ。

 一つ目。国立の文学部在籍なだけあって、七海は頭は悪くない。だがかなりの天然だ。

 二つ目。下戸というわけではないが、七海はそれほど酒が強くない。吐きたくないからという理由で、終盤はずっとノンアルコールカクテルを飲んでいた。

 三つ目。七海は、人を惹き付ける不思議な魅力がある。見た目と正反対だと思ったのは、内向的ではなく控えめなところだった。合コンで気の利く女性が男達に気に入られるのと似た事象である。

 俺は、その気配りと人懐っこさにまんまと堕ちたのだ。

 だがまぁいい。

 即日失恋したものの、新しい友人は出来た。

 幼い頃から、本当は喉から手が出るほど欲していた「友人」というものが。



しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

昔「結婚しよう」と言ってくれた幼馴染は今日、僕以外の人と結婚する

子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき 「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。 そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。 背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。 結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。 「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」 誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。 叶わない恋だってわかってる。 それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。 君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

家を追い出されたのでツバメをやろうとしたら強面の乳兄弟に反対されて困っている

香歌奈
BL
ある日、突然、セレンは生まれ育った伯爵家を追い出された。 異母兄の婚約者に乱暴を働こうとした罪らしいが、全く身に覚えがない。なのに伯爵家当主となっている異母兄は家から締め出したばかりか、ヴァーレン伯爵家の籍まで抹消したと言う。 途方に暮れたセレンは、年の離れた乳兄弟ギーズを頼ることにした。ギーズは顔に大きな傷跡が残る強面の騎士。悪人からは恐れられ、女子供からは怯えられているという。でもセレンにとっては子守をしてくれた優しいお兄さん。ギーズの家に置いてもらう日々は昔のようで居心地がいい。とはいえ、いつまでも養ってもらうわけにはいかない。しかしお坊ちゃん育ちで手に職があるわけでもなく……。 「僕は女性ウケがいい。この顔を生かしてツバメをしようかな」「おい、待て。ツバメの意味がわかっているのか!」美貌の天然青年に振り回される強面騎士は、ついに実力行使に出る?!

「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」

星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。 ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。 番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。 あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、 平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。 そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。 ――何でいまさら。オメガだった、なんて。 オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。 2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。 どうして、いまさら。 すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。 ハピエン確定です。(全10話) 2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。

【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?

MEIKO
BL
 【完結】伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷う未来しか見えない!  僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げる。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなのどうして? ※R対象話には『*』マーク付けます。

処理中です...