蓮と蜜

須藤慎弥

文字の大きさ
7 / 12
〝ダチ〟

・①・

しおりを挟む




 いつもは部屋にこもってスマホとにらめっこしてる時間だから、この夜の街はすごく新鮮というか、独りだったら耐えられない独特の雰囲気がある。

 隣を歩く蓮くんは、あんまり違和感が無いどころか溶け込みすぎていて僕は気後れしてしまう。

 夜の八時を過ぎても明るい街並みが物珍しくて、ずっとキョロキョロする僕を見て何度もクスクス笑っている蓮くんは、さっきとは打って変わって機嫌が良さそうだ。

 まだ高校生の僕が出歩いても問題無い時間なんだけれど、夜に街を出歩くのが初めての僕は何もかもが物珍しい。


「ちゃんと連れて帰るからそんなにビビんなよ」
「ど、どういう意味ですか」
「今の蜜は、ドナドナって感じだから」
「ドナドナ……?」
「いや……なんでもない」


 そう言ってまたクスクス笑う蓮くんは、やっぱり機嫌が良さそうに見える。

 僕を心配するあまりキレてた時とは違って、というかいつもの団らん中でさえ拝めないほどレアで眩しい笑顔がたくさん溢れていた。


「あの……」
「ん?」
「蓮くんはやっぱりお姉ちゃんと一緒にいた方が……」


 僕の歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれる蓮くんにトコトコついて来たはいいものの、お姉ちゃんを差し置いて僕が隣にいるのは違うんじゃないかと、立ち止まって不安を訴える。

 何日か分の着替えを入れた鞄は、とりあえず蓮くんのお家に置かせてもらった。

 今日は金曜日。週末は蓮くんのお家で過ごすように言われて、荷物を詰めていた僕の頭の中はまたもクエスチョンマークでいっぱいになった。


「証拠ゲットのチャンスだから」
「あぁ……! そういう事ですか」
「明日から動く予定だったけど、事情が変わったからな。花にも羽を伸ばしてもらおうじゃん」
「…………」


 ニヤッと笑う蓮くんの言葉には、皮肉がたっぷり込められている気がした。

 僕をそばに置くのは、お姉ちゃんを〝友達〟のところに行かせるためで、それが一日早まったからって蓮くんにとっては好都合でしかない、という事か……。


「もしかして今……」
「そう。追跡中」
「そうだったんですか……!」


 闇雲に僕を連れ回していたわけじゃなく、実は目的があったなんてさすが蓮くん。

 ……じゃなくて、僕にとっては気が進まない尾行を知らずに実行していたと知って、さすがに気まずくなった。

 蓮くんは、お姉ちゃんが確実に浮気していると踏んで『花もダチんとこに泊まれ。また親父が帰ってくるかもしんねぇだろ』と、さも親切な恋人のように言ったんだ。


「でも、あの……お姉ちゃんがどこに行くかなんて分からないですよね?」
「それが分かるんだな」
「えっ」


 ほら、と右斜め前を指差した蓮くんは、少し屈んで僕と目線を合わせた。

 その指先を目で追うと、そこは想像通りの居酒屋みたいなお店で、今まさにお姉ちゃんが誰かと入店するところだった。


「お姉ちゃ、……!」
「シーッ。コラッ、尾行中に声かけるヤツがいるか」
「すみません……っ」


 だって、だって……!

 お店に入って行ったお姉ちゃんは、知らない男の人と一緒だった。

 明らかに年上だと分かる出で立ちのその男の人は、ビシッとスーツを着て、四角い鞄を手に持ち、典型的なサラリーマンという感じ。わりと派手な外見のお姉ちゃんとは、接点が無いように見えたんだ。

 蓮くんに叱られてしまったけれど、僕は声を掛けようとしたわけじゃない。

 ついつい、「その人は本当に友達なの」って思いが口をついて出ただけだ。


「友達……」
「……には、見えねぇよな」
「…………」


 頷きたくなかった。

 僕にも到底、二人が〝ダチ〟には見えなかったから。

 ただ、まだお姉ちゃんが黒と決まったわけではないよ。

 会社の先輩とか、取り引き先の人とか、ほら……社会人になれば交友関係は広がると聞くし、蓮くんの口振りからも浮気相手の特定にまでは至ってなさそうだから、決め付けるのはよくない。


「とりあえず今日はここまでにしとくか」


 スッと背筋を伸ばした蓮くんが、ふと僕を見る。

 てっきりもう少し見張ってるのかと思いきや、入店だけを見届けて満足したらしい。


「え、もう尾行は終わりですか」
「出てくるまで待つ?」
「いや……」


 決定的な証拠を掴むためには、もっと長い時間をかけて二人を尾行した方がいいんじゃないかなと、まるで僕の方が尾行にノリノリみたいな発言をしたせいで蓮くんが揶揄ってきた。

 そういうわけじゃ……と口ごもる僕の頭を、ニヤついた蓮くんが子どもみたいにぽんぽんと撫でてくる。


「じっくり行こう。焦ってもしょうがねぇ」
「……はい」


 この時から、僕はようやく何かがおかしいと気付き始めた。

 頭をぽんぽんされて浮ついて、無意識にドキドキしながらもちゃんと矛盾を感じていた僕は、自分でもよく分からない感情を持て余す。

 なんで蓮くん、笑ってられるの?

 あの店内で、彼女であるお姉ちゃんが知らない男の人と二人きりで居るのに、蓮くんは腹が立たないの?

 恋愛経験の無い僕には、恋人に浮気されて問い詰めたいと思ってる側の蓮くんの上機嫌な理由が、さっぱり分からなかった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

高嶺の花宮君

しづ未
BL
幼馴染のイケメンが昔から自分に構ってくる話。

魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由

スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの少年二人は、15歳になり神の祝福でスキルを得た事で道をたがえる。彼らはやがて青年となり、片方は魔王討伐に旅立つ勇者として華々しい活躍をし、もう片方はただ彼の帰還を待つ相変わらずスラム暮らしの存在となる。 これは何も持たない青年がただ勇者の帰りを待つ日常を描いた作品です。 無自覚両片想いの勇者×親友。 読了後、もう一度だけ読み直して頂けると何か見える世界が変わるかもしれません。

思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった

たけむら
BL
「思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった」 大学の同期・仁島くんのことが好きになってしまった、と友人・佐倉から世紀の大暴露を押し付けられた名和 正人(なわ まさと)は、その後も幾度となく呼び出されては、恋愛相談をされている。あまりのしつこさに、八つ当たりだと分かっていながらも、友人が好きになってしまったというお相手への怒りが次第に募っていく正人だったが…?

痩せようとか思わねぇの?〜デリカシー0の君は、デブにゾッコン〜

四月一日 真実
BL
ふくよか体型で、自分に自信のない主人公 佐分は、嫌いな陽キャ似鳥と同じクラスになってしまう。 「あんなやつ、誰が好きになるんだよ」と心無い一言を言われたり、「痩せるきねえの?」なんてデリカシーの無い言葉をかけられたり。好きになる要素がない! __と思っていたが、実は似鳥は、佐分のことが好みどストライクで…… ※他サイトにも掲載しています。

薄紅の檻、月下の契り

雪兎
BL
あらすじ 大正十年、華やかな文明開化の影で、いまだ旧き因習が色濃く残る帝都。 没落しかけた名家に生まれた“Ω(オメガ)”の青年・白鷺伊織は、家を救うため政略的な「番(つがい)」として差し出される運命にあった。 しかし縁談の相手は、冷酷無慈悲と噂される若き実業家であり“α(アルファ)”の当主・九条鷹司。 鉄道・銀行事業で財を成した九条家は、華族でもありながら成り上がりと蔑まれる存在。 一方の伊織は、旧華族の矜持を胸に秘めながらも、Ωであるがゆえに家族から疎まれてきた。 冷ややかな契約婚として始まった同居生活。 だが、伊織は次第に知ることになる。 鷹司がΩを所有物としてではなく、一人の人間として尊重しようとしていることを。 発情期を巡る制度、番契約を強制する家制度、そして帝都に広がる新思想。 伝統と自由のはざまで揺れながら、二人は「選ばされた番」から「自ら選ぶ伴侶」へと変わっていく——。 月明かりの下、交わされるのは支配ではなく、誓い。 大正浪漫薫る帝都で紡がれる、運命を超える愛の物語。

幼馴染みの二人

朏猫(ミカヅキネコ)
BL
三人兄弟の末っ子・三春は、小さい頃から幼馴染みでもある二番目の兄の親友に恋をしていた。ある日、片思いのその人が美容師として地元に戻って来たと兄から聞かされた三春。しかもその人に髪を切ってもらうことになって……。幼馴染みたちの日常と恋の物語。※他サイトにも掲載 [兄の親友×末っ子 / BL]

あなたのいちばんすきなひと

名衛 澄
BL
亜食有誠(あじきゆうせい)は幼なじみの与木実晴(よぎみはる)に好意を寄せている。 ある日、有誠が冗談のつもりで実晴に付き合おうかと提案したところ、まさかのOKをもらってしまった。 有誠が混乱している間にお付き合いが始まってしまうが、実晴の態度はいつもと変わらない。 俺のことを好きでもないくせに、なぜ付き合う気になったんだ。 実晴の考えていることがわからず、不安に苛まれる有誠。 そんなとき、実晴の元カノから実晴との復縁に協力してほしいと相談を受ける。 また友人に、幼なじみに戻ったとしても、実晴のとなりにいたい。 自分の気持ちを隠して実晴との"恋人ごっこ"の関係を続ける有誠は―― 隠れ執着攻め×不器用一生懸命受けの、学園青春ストーリー。

もう一度、その腕に

結衣可
BL
もう一度、その腕に

処理中です...