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第七話
☆☆☆☆
しおりを挟む世の中に不倫という言葉は蔓延っていて身近だけれど、実際に愛する人から裏切られた深い悲しみと憎しみは、当人にしか知り得る事はできない。
一時的であるが母に自死を願わせるほど追い込んだ父親が、俺は憎かった。 いや……実は今も憎んでいる。
裏切った方と裏切られた方、その対となるものが身近過ぎる両親である事実は、俺の性分を根強くさせている気がする。
俺がこれだけ母を裏切った父を憎んでいるというのに、裏切られた当人はありきたりな努力で忘れようと試み、それが実を結んでいると言う。
母はもう、父を憎んではいないのだろうか。
恨みとは、そう簡単に風化するものなのだろうか。
「あのさ、答えたくなかったら答えなくてもいいんだけど、……。 母さん、……父さんのことまだ憎んでる?」
「…………」
これはさすがに不謹慎だったか。
俺の問いに裏があるのではと、探るような教師の目が光る。
やっぱり答えなくていい、そう言おうとした俺に、母は暗がりでも分かるほどの苦笑を浮かべて見せた。
「あのねぇ……憎み続ける事なんて出来るはずないじゃない。 そりゃ当然、裏切られたって知った時は悲しくてムカついたよ? なんで、って思ったよ。 帰ってきてほしいって言いたかったよ。 でも人の心ってその人にしか分からないじゃない。 私に気持ちが無いなら、一緒に居てもツラいだけだし……。 何よりね、一度は好きになった人なんだから、現実受け入れたらあとは幸せでいてくれたらいいかなって、そう思うしかないのよ。 あの人が居なかったら、怜も産まれなかったしって考えを変えたのも大きかったわ」
「…………そっか」
経験者の語る説法は、殊更心に響いた。
母が立ち直って二年。 退院する事が出来て良かったと俺は安直に思っていたけれど、苦渋の選択により切り替えを余儀なくされた母は、憎しみさえ生きる活力に変えて〝努力〟している。
やはり強いじゃないか。
俺はそんなに強く居られない。
あまりにも衝撃的だった母の変わり様を目の当たりにしてきただけに、怖くてたまらないのだ。
今ここに居る母がどれだけハツラツとしていても、愛し愛された者同士が憎しみ合う。 そんな惨状を間近で見ておいて、実際それが我が身に降りかかった時……きっと俺は平気な顔はしていられない。
愛した人の気持ちの移り変わりに、耐えられる気がしない。 裏切られたらどうしようと、根拠のない憶測に怯えている。
……あれからずっと。
「怜、そのコーヒーは飲み干さないでさっさと寝なさい。 カフェイン、カリウム摂り過ぎてるから眠れないのよ」
「……一理ある」
「賢い返事だこと」
そう言って笑った母は、もう一度「早く寝なさい」と警告し俺のマグカップを取り上げて流しに置いた。
コーヒーは適量飲んでこそ良い効能が得られる。 脳を目覚めさせ、糖質効果で脳が活発になる働きもこんな飲み方をしていては逆効果だ。
利尿作用でどんどん栄養が出て行って体力削られていくし、……。
「って、これだから頭が堅いって言われちゃうんだよな、俺」
半分は飲み残したコーヒーを見詰めながら、母に負けず劣らずの苦笑を浮かべて呟く。 背中を向けた母に笑われ、俺のぼやきが的を射ている事を突き付けられた。
閉じこもっていた期間は二日。 土日を挟んでいて良かったけれど、明日からはまた大学に行かなくてはならない。
夏休みまで残り一週間となったからには単位も絡む事だし休みたくはないが……まずはスマホの電源をどうしようかと、堅物な俺は新たな悩みにまた一晩を費すのだろう。
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