必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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… … …


 デビュー曲の衣装を着て、ヘアメイクもバッチリ施された俺は、手のひらに「聖南」と書いて飲み込む。

 もうこれ何百回やったか分からない。

 ついにこの日がやって来た。

 ……間もなくETOILEのデビュー会見だ。

 昨日は案の定まったく眠れなかったから、メイクさんに申し訳無く思いながらもクマなんかあっという間に消してくれた。

 緊張するね、って声を掛けてくる恭也の表情はいつもと全然変わらないから、それほんと?って聞きたくなってしまうけど、そんな事を聞ける余裕すら俺にはない。


「葉璃、大丈夫だよ。 深呼吸して。 そんなに、手のひらのやつやってると、過呼吸になるよ」
「だ、だ、だ、だって……!」


 舌がうまくまわらなくて、恭也ともまともに話せなくなってきてる。

 一心不乱に書いては聖南の名前を飲み込んでたら、手のひらを握られて瞳を覗かれた。

 ……恭也、緊張してなさそう……すごい……。


「葉璃は、俺の隣に居たら、いいから。 出来る限り、俺がフォローするよ。 だから、一回深呼吸……ね?」
「う、うん……」


 言われた通り、大きく息を吸って吐いてみる。


「恭也……! ダメだ、無理だ、震え止まんない…!!」
「落ち着いて、葉璃。 あ、そうだ。 そろそろだよ」
「え!?! ま、まだ会見時間まで三十分はあるよ!?」


 何度深呼吸しても、緊張による動悸と膝の震えが止まらない。

 しかも、まだ時間じゃないはずなのに恭也が驚かしてくるから声がひっくり返ったよ……。

 俺のパニック寸前な様子を見て、俺とは対象的に余裕そうな恭也にふふっと笑われた。

 やっぱり恭也、緊張なんてしてなさそう……!


「違うよ。 ……あ、きたきた」


 微笑みながらポケットからスマホを取り出した恭也が、画面で相手を確認するなり通話を始めた。

 こんな時に電話する余裕まで見せてきたから、あとで緊張しない秘訣教えてもらわなきゃと思いつつも手のひらに「聖南」と書いては飲み込む。

 毎回思うけど、どうもこの手のひらのおまじないは効き目が薄い。


「お疲れ様です。 ……あ、はい、やってます。 あれ。 ……すごい勢いです。 ……分かりました。 はい、葉璃」


 今は電話どころじゃないのに、俺の大事な手のひらに恭也のスマホを乗せられて困惑した。


「んっ!? 何っ? 誰!?」


 スマホを手のひらに乗せたまま、恭也がついに俺に意地悪し始めたのかと動転して固まると、俺は変な格好で直立不動となった。


『おーい、葉璃ー』
『ハルー』
『ハル君ー』


「…………!!」


 聖南とアキラさんとケイタさんだ……!!

 聞こえてきたのはCROWNの三人の声で、プチパニック状態の俺は慌ててスマホを耳にあてがう。

 あ、いや、恭也も居るんだからスピーカーにしよう。

 操作してまた手のひらに乗せた。


「は、はい、はい、はうっ、葉璃ですっ」
「ぷっ……!」


 呼び掛けられたから返事をしたまでだ。

 そんなに笑わなくてもってくらい、恭也が口元を押さえて爆笑してる……こんなに笑ってるの初めて見た。


『ハル、パニクってるな~』
『会見まであと……三十分じゃん。 十六時開始だよね? 無理もないよ』
『リモコンは? ……あ、あったあった。 スタンバイしとかねぇとな』


 会見前なのに笑えてる恭也も、そしてスマホから聞こえてくる三人も、もう少し俺のこの緊張感分かってくれると嬉しいんだけど……。


『恭也は大丈夫そうだな。 すげぇよ恭也。 あんだけ暗かったのに』
『セナ! それ本音言い過ぎ!』
『ほんとの事だろ。 マジで恭也は大物なるぜ。 ケイタと恭也のメロドラマの視聴率争いが目に浮かぶわー』
『わぁ~出来れば争いたくないんだけど……! 恭也、セナの言う事なんか気にしなくていいんだからな』
「大丈夫です。 セナさん、褒めてくれてる、と思います」
『そうそう、めちゃくちゃ褒めてる。 葉璃のためなんだろ? そんだけ気持ち作れてんの』
「……はい。 葉璃のためでもあるし、ETOILEの今後のため、でもあります」
『ハルとETOILEのためか。 よく言ったな、恭也。 その努力必ず報われるからな』


 三人と恭也はとっても楽しげに会話してる。

 この状況下でそんなに普通に話せるようになるなんて、恭也はほんとに変わった。

 猫背が治って、前髪をオープンにしたら人は変われるの?

 俺今日わりと前髪オープンだけどドキドキ止まんないよ……?

 ……なんて、そんな事あるはずないよね。

 アキラさんの言う通り、恭也はすごい努力をしてきたんだ。

 大塚事務所の二度のパーティーでもそうだし、ETOILEデビューに向けての各社への挨拶回りも恭也がほとんど会話を助けてくれた。

 俺は恭也の背中に隠れてオドオドしてただけで、何も出来なかった。

 今もそうだ。

 せっかく聖南達が会見前の俺達を励まそうと明るく話してくれてると思うのに、俺は手のひらに乗ったスマホをジッと見詰める事しか出来ない。


『なぁ、葉璃そこ居る? また気配消してねぇ?』
「居ますよ。 ふふっ……気配消えてます。  今日も可愛いですよ。 MVと同じ、衣装と髪型です」
『お!  マジか!  メイクはしてんの?』
「少しだけ、してますよ。 ……葉璃、こっち向いて」
「………………」
『ほんとにハルそこに居る?』
『気配消し過ぎだよ、ハル君ー!』


 しょうがないじゃん……!!

 声が出ないんだもん……。

 頭が全然働かないから、何て切り替えしたらいいかも分かんない。


『顔見られるようにすれば良かったな。 一回切って掛け直してい?』
『ダメだよ、何のために通話のみにしよって話になったんだよ』
『俺らの姿見たらハルが余計緊張するかもって事でこうなってんだろ?』


 うんうん!

 みんなの声だけでこんな事になってるのに、姿見ちゃったらどうなるか……!


『でも顔見てぇよ。 葉璃ー緊張しててもいいけど気絶だけはすんなよー?』


 ……うっ……聖南さん、さすが、俺自身も不安視してるとこ突いてきた。

 聖南やアキラさん、ケイタさんが、勇気付けるため、鼓舞するために応援してくれてるのちゃんと分かってる。

 でも……なんで聖南、傍にいないんだよーっ……。

 抱き締めて俺のこの震え止めてよ、ぎゅって力強く包み込んでよ……。

 声だけなんて耐えられないよ……!!



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