必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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 聖南が居ないベッドは、ただでさえ大きいのにもっと広く感じる。

 ついさっきまであった温もりがもう恋しくて、聖南の匂いが染み付いた毛布を握り締めた。

 とにかく疲れたから、憂鬱な夜のパーティーのために聖南が戻るまで寝かせてもらおうと、ようやく俺は目を瞑った。

 その直後だった。

 こんな朝早くに俺のスマホが鳴っている。


「ん、? 聖南さん……?」


 忘れ物でもしたのかとスマホの画面を見ると「佐々木さん」とあって、この時間の電話なんて何事かと思い急いで電話に出た。


『葉璃か?  おはよう。  朝早くにごめんな。 超超超超困った事になって、葉璃の力を借りたいんだ!』
「おはようございます。  何ですか、佐々木さんがそんな焦ってるなんて」
『葉璃は今セナさんの自宅だろ?  昨日ご両親から連絡無かった?』
「へっ……!?」


 何で聖南の家に居る事を知ってるんだとドキドキしながら、穏やかではない佐々木さんの様子に寝てなど居られなくて上体を起こした。


「え、えっ?  いや、連絡ないですけど……どうしたんですか?」
『春香が怪我したんだ』
「えぇ!?  いつですか!」
『昨日の夕方……夜かな。  これがだな、前みたいに春香がドジ踏んで転んだとかそういうのじゃないようなんだ』
「ど、どういう事ですか!?  春香は無事なんですか!?」
『春香自体は意識もあるし元気そうなんだけど、頭打ってるから二週間は様子見らしい。  スクールの生徒が春香を力一杯突き飛ばしたようでな。  まともに後頭部打ってる。  まぁ……やっかみだ』
「そ、そんな……」


 根暗な俺ならともかく、明るい春香は人好きされる方なのにやっかみだなんて、一体何が起きたんだ。

 元気そうならひとまず安心だけど、佐々木さんとの電話が終わったらすぐに春香に連絡しなきゃ。


『帰宅が許されてるみたいだから、わざわざ葉璃に伝えるなって春香がご両親に言ったんだろう。  それでな、いま忙しいって分かってるんだけど、葉璃にすごく言いにくい頼みが……』


 ちょっと前に会った佐々木さんの姿が蘇ってくるほどの饒舌ぶりに、嫌な予感がして口元がヒクつく。


「……も、もしかしてまた影武者じゃ……」
『正解!  さすが、頭の回転早いな!』


 ……やっぱり。

 春香が怪我をしたって事は、一人でも欠けるとおかしくなるフォーメーションダンスが出来なくて、memoryが機能しなくなるという事だ。

 前回も同じ理由で、しかも生放送のリハーサル済みだった事もあって俺に拒否権は無かった。

 そりゃあ、こんな無理難題でも一回経験してるし曲がかかれば振付けも恐らく体が覚えてると思う。

 思うんだけど……。

 あの時の緊張とプレッシャーは軽いトラウマで、思い出すと手汗が滲んでくる。


『……葉璃?  ごめん、無理な事言ってるよな。  本当に申し訳ないと思ってる。  でもmemoryが年末年始の歌番組に出られるまでになったから、何としてでも成功させたい。  頼れるのは葉璃だけなんだ!』
「………………」


 俺は、こんなに必死な佐々木さんを知らない。

 春香の事、memoryみんなの事、事務所の事、マネージャーである佐々木さんの事、すべて含めて自分の事だけを考えてる場合じゃないと思った。

 ある程度認知されるまではと、ネット配信はほとんどせず、地道な活動をしてきたmemoryの頑張りは俺と佐々木さんが一番近くで見てきた。

 春香の一大事なら、同じ顔した俺がもう一肌脱ぐしかない。


「…………いつですか」
『や、やってくれる!?  えっとな。  三十日、三十一日の生、三日の収録だ』
「…………ちょうど年末年始でレッスンはないし、出来ない事はないかもしれないです、けど……いきなり明日生放送なんて……」
『お願いだよ~葉璃!  春香の怪我が公になったら、何故そうなったかの追求になる。  事務所とダンススクールのイメージがぁぁっ』


 らしくない佐々木さんの悲痛な叫びが電話越しに聞こえてきた。

 あの冷静沈着な印象の強かった佐々木さんの焦りまくった声色とは逆に、早々と決意が固まった俺の方が冷静だった。


「分かりましたよ、嘆かないで下さい。  でもその……春香を突き飛ばした子は何らかの処分がありますよね?」
『それがさ、春香がお咎め無しにしてくれって』
「……春香が言いそうなことですね……」


 俺の事を散々お人好しだとか何とか言ってたけど、春香も同じじゃん。

 突然突き飛ばされて頭にダメージを負っただなんて、普通ならもう相手の顔も見たくないと思っていいはずだ。


『そこんとこは葉璃が春香の話を聞いてやってほしい。  とにかく、葉璃、本当にありがとうな!  恩に着るよ!』
「いえ、我が姉の事なんで、俺ができる事はやります。  今日事務所のパーティーだから夜遅くになると思うけど、一回スクール寄りますね。  少しでも練習しとかないと……」
『分かった、明日の話もあるから俺も行く。  急な事で大塚事務所に迷惑掛からないように根回しはしておくけど、何かあったら言って。  何時になっても構わないからパーティーから抜けられたら電話してくれる?』
「分かりました。  それじゃ……」


 通話を終了したスマホを持つ手が、少しだけ震えてしまう。

 決意はしたのはいいけど、またあの目に見えないプレッシャーが重くのしかかってきてゴクッと生唾を飲み込んだ。


「あ……そうだ。 影武者しなきゃなら、年末年始、聖南さんと居られないや。  ……何て言おう……」


 今日を勘弁してもらうために、年末年始は一緒に過ごす…って事が交換条件みたいだったのを思い出して、俺は脱力しながら春香に電話を掛けた。

 当然ながら寝ていたらしい春香は眠そうだったけど、一連の真相を話すと、俺に申し訳無さそうに謝っていた。

 大事な局面でいつも自らの練習の成果が出せない事に苛立ちを感じているのも伝わって、前回といい今回といい、不運だとしか言い様がない。

 俺は、春香になんと声を掛けたらいいのか分からなかった。

 とにかく今は、負傷したところが大事にならないのを願うしかなくて、来年がんばろ!今は怪我治す事が優先だよ!と明るく言ってあげることしか出来なかった。

 春香との電話が終わっても全然眠れなくて、俺は再度影武者になるなんて想像もしてなかったから、聖南が帰ってくるまで動画サイトで非公式に公開されているmemoryのダンスを何度も繰り返し見て、イメージを膨らませる。

 本番は明日、明後日、そして年明け。

 突然にも程がある。

 俺の影武者任務はどうしていつもこんなに急なんだろう……。





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