狂愛サイリューム

須藤慎弥

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53❤︎やきもち

53❤︎⑧

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「あ、……」


 着信相手を確認するや、その相変わらずの非常識さに聖南は盛大に顔を顰めた。

 そう、もう世の中は寝支度を整えている時間帯なのだ。気軽に気安く連絡を取っていい間柄は、限られている。


「何? どしたの、セナ?」


 箸を置いたケイタが、心配そうに聖南を見ている。咀嚼中のアキラと葉璃も、顔を見合わせた後に聖南の方に視線を向けた。

 振動を続けるスマホを裏返し、聖南は画面に表示された名を三人に見せる。


「え、……は? マジかよ。このタイミングで?」
「セナ、……出ないの?」
「…………」
「出てもいいか?」


 まずは二人を見やり、最後に葉璃へと視線を移す。画面を見てギョッとした葉璃の反応は正しく、着信に応じるかどうかは彼の意思を尊重したかった。

 聖南自身は、気が進まないどころの話ではない。

 だがこれもまた撒き餌のようなもので、聖南の思惑通りに事が進んでいる証拠でもある。

 しっかりと視線を合わせ、咀嚼した物を飲み込んだと同時に葉璃が頷いたその瞬間、聖南は画面を二度タップした。


「……はい」
『セナさん! 今何をしていらっしゃるの?』


 応じたと同時、スピーカーに切り替える。すると聞こえてきたのは、レイチェルのやや高揚した声だった。

 アキラとケイタへの説明に信憑性を加えられるのは良い事だが、非常識で身勝手な声を自分だけが聞くのは色々と後が面倒くさい。

 証人として即座に三人を抜擢したが、それは仕方無くだ。


「……今? ラジオ終わりで食事してる」
『どなたと?』
「……アキラとケイタ」


 詮索されて嫌悪を抱いた聖南は、とうとう瞳を閉じて無の境地に入る。

 レイチェルからは遅かれ早かれ電話がくるだろうと思っていたが、こうも急ぎ足では失笑してしまうというもの。

 敵ながら、もう少し慎重に事を進めた方がいいとアドバイスをしてやりたいくらいだ。


『まぁ。そうなのですね。他には?』
「……ハルもいる」
『そうですか。私もご一緒したいわ』
「無理だ。仕事の話してっから」
『お邪魔はいたしません!』
「今日はマジで無理だって」
『そんなこと仰らないで。私はセナさんのプラトニックラブなはず。除け者は嫌ですわ』
「…………」


 唇を歪めたまま、思わず舌打ちしそうになった。

 レイチェルの物言いが以前より馴れ馴れしくなっている事に気付き、不快感が増す。

 断っても断っても鋼のメンタルは聖南の拒否を受け入れないばかりか、〝提案〟を嬉々として呑んだ彼女がすっかりその気になっている。

 プランを遂行するには、あまり否定的な事も言えないが、……。


『ハルさんもいらっしゃるのに……』


 この一言で、聖南の眉間には濃い皺が寄った。

 アキラとケイタは同時に葉璃の顔色を伺うも、彼はそっと物音を立てぬよう箸を置き、じわじわと湯呑みを持ってお茶を飲んでいる。

 あまり動揺しているようには見えないが、不快な気持ちになっただろう事は明白だった。


「用が無いなら切るぞ。もうこんな時間だ。たっぷり睡眠取らねぇと肌に悪い」
『私とも食事をしてください。約束してくださるのであれば、今日は諦めます』
「分かった。社長に声掛けとく」
『いいえ、二人きりです。セナさんと私、二人で食事をしたいの』
「……また連絡する」


 とんでもない事を言い出した彼女の強欲さに我慢出来ず、言うなりすぐに通話を切った。

 切るのがあと一秒遅ければ、〝プラトニックラブ〟相手に舌打ちを聞かせていた。

 楚々としたフリで肉食系なレイチェルの本性を見たアキラとケイタも、揃って顔を歪めている。


「……はぁ、……」


 スマホを手にしばし固まり、瞳を開いた。

 目に入ったのはほとんど手付かずの豪華な料理達で、美味そうなそれを堪能する前に気分を害された聖南は、チラと葉璃を伺う。

 一言目を大いに悩むが、ほんの一分足らずの通話で聖南自身も全身に疲労感を覚えるほど困憊してしまい、スマホを胸ポケットに収めて葉璃の肩を抱くことしか出来なかった。

 抱き寄せると身を預けてくれはしたものの、深く俯いてしまっている。

 不自然なほどに静まり返った個室内に、何とも表現しがたい空気が流れたその時、口火を切ったのは頼もしい長男だ。


「作戦通り、なんだろ?」


 顔を上げた聖南は、何事も聡くおまけに顔付きも凛々しいアキラに苦笑して見せた。

 二人には時間の関係で、あの録音を聴かせたのみでまともに説明をしていないというのに、アキラは今日の聖南の思惑すら理解していそうである。


「……まぁ。精神的ダメージがデカいけどな」
「待って待って、作戦通り? ゾワゾワっとした今の会話が、作戦通りだっていうの?」
「ケイタ、気付かなかったのか?」
「え、何を?」


 アキラと聖南を交互に見て焦っているケイタは、本当に何の事だか分かっていないらしい。

 なぜ、聖南は密着班を〝完全に〟見送るまでそこに留まったのか。

 なぜ、聖南が二人の車を追う形でここまでやって来たのか。

 なぜ、葉璃にここまでタクシーを使わせたのか──。

 この食事の席が決まってから、すでに聖南のプランは始まっていた。


「俺らの後ろ、ついてきてたんだぞ。いつも先頭走るセナが、今日は最後尾だったろ」
「え!? ついてきてたって、レイチェルが!?」
「違う。あれは記者。俺の三台後ろをずっとつけてきてた。たぶん俺が帰るまで張られる」
「えぇ!?」
「えぇ!?」


 ケイタと同時に驚きの声を上げたのは、葉璃だ。聖南の腕におとなしく収まっていたはずの葉璃が、上体を向こうへ反らし目を丸くした。

 こうしている今もどこかで記者が聖南を狙っているかもしれないなどと聞かされれば、葉璃の言い出しそうなことは一つしか無い。


「せ、聖南さん、それすごくマズいですよ! やっぱり俺、今日は帰ります!」
「その方が怪しまれるぞ、ハル」
「え、……えっ?」


 やはりアキラは、聖南が皆まで言わずとも何もかもを分かってくれている。

 思えばCROWNとしてデビューする前年から、このアキラが居なければグループとして成立しなかった場面が多々あった。

 及び腰だった聖南の背中を押してくれたのも彼で、リーダーとは名ばかりの聖南よりも〝CROWN〟の精神的支柱はやはりアキラだと思わずにいられない。


「怪しまれるっつーか、今日ハルは聖南の家に泊まった方がいい。元々そのつもりだったんだろうけど」
「えっ、……?」
「だから言っただろ。葉璃のまま来て、葉璃のまま仕事に行けばいいって。記者が狙ってるって分かってたから、その方が逆に怪しまれねぇと思ったから言ったんだ。後輩を一晩泊めて何が悪い? おかしくも何ともねぇだろ?」
「あぁ……! そういう事ですか……」


 昨夜、聖南はざっくりとした説明しかしなかったが、今夜中もしくは明朝にはこういう事態になるだろうと予測できたので、その時に話した方が葉璃の理解が早いだろうと思ったのだ。

 納得した様子の葉璃が、無事に今夜聖南宅に泊まる事にしたようで良かった。

 不快な思いを味わったあげく、早まった密会すら取り上げられるのは痛い。

 ひとまず冷める前に、と葉璃にも料理をすすめ、自身も箸を手にする聖南に、ようやく事態を呑み込み始めたケイタが「ねぇセナ」と声を掛けた。



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