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31♡迫る足音
31♡
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─葉璃─
事務所からの帰宅後、聖南は少し作業があるからと書斎にこもってしまった。
俺は聖南を待つつもりでシャワーを浴びて、何となくテレビを観る気になれなかったから綺麗な夜景を眺めて心を落ち着ける事にした。
ここは少し小高い場所にある、コンシェルジュまで常駐する高級マンション。十二階建ての十階にあるこの部屋が聖南のお城で、ここからでも充分に綺麗な景色を楽しめる。
聖南は、芸能人が多く住んでると聞く超高級タワーマンションが嫌で、多少事務所との距離があっても、問題回避と防音室のあるこの部屋に決めたって言ってた。
恐ろしくて家賃を聞いた事がない俺にとっては、ここもタワーマンションとそんなに変わらないと思うんだけど……金銭感覚の違いなのかな。
ただでさえマスコミに追われる立場なのに、自分のネタで他を巻き込むのも、他の芸能人が粗相して巻き添えを食うのも勘弁だって。しかも万が一同じフロアに住んでるのが女性芸能人だったら、ほぼ百%しつこく誘われて面倒だと、何とも聖南らしい理由で敬遠したんだそう。
ここに引っ越してくる前、聖南は事務所が管理してるワンルームマンションに住んでたらしい。CROWNがトップアイドルの仲間入りを果たし、聖南自身もモデル活動やバラエティ番組に引っ張りだこになっても、セキュリティが万全じゃないそこになんと七年間も、だ。
引っ越してきたはいいものの、家具を揃えるまでここには小さな一人がけのソファしかなくて、しばらくはそれをベッド代わりにして寝ていたって話を思い出した。
──うん……。俺、何で今……こんな事を考えちゃうのかな。
社長室で繰り広げられた会話を少しの間だけでも忘れていたいって、本能的に思っちゃってるのかもしれない。
どこのどんな会社のビルかは分からないけど、ここから見える建物の窓のほとんどはまだたくさん明かりがついてる。もうすぐ日付けが変わるのに。
あれが消えるのはいつなんだろう──そんな事を考えながら、遠くの人工的な光をぼんやり眺めていると。
「葉璃ー?」
……あ、聖南だ。
一時間はこもるって言ってたのに、もう作業終わったのかな。
俺の名前を何回も呼んでリビングに現れた聖南から、「ここに居たのか」と微笑まれた。
「聖南さん? どうしたんですか? あっ、コーヒー淹れましょうか」
「いやいい。大丈夫」
「…………?」
何だか難しい表情を浮かべて、窓際に居た俺の方にゆっくり近付いてくる。
表情だけじゃなく、声も何となく疲れてるような気がした。
遠慮されてると思った俺は、要らないと言われたコーヒーを作るためキッチンに向かおうとしたんだけど、聖南に腕を掴まれて急に抱き締められた。
「わわ……っ」
「シャワー浴びたの?」
「……はい」
「なんで髪拭かねぇかな。風邪引くよ?」
これだけはズボラだという自覚のある俺は、以前から何度も聖南にこのお小言を言われている。
俺の髪を触ってフッと笑った聖南はバスルームに向かい、タオルとドライヤーを持って戻ってきた。
濡れっぱなしが許せない聖南に髪を拭かれ、ソファに腰掛けるよう促され熱風をあてられる。確かに大きな手のひらで髪をわしゃわしゃとかき乱されるのは気持ちよくて好きだけど、聖南にこうしてもらいたくてズボラなわけじゃない。
むしろ手を焼かせてごめんなさいだ。
「…………」
「…………」
テーブルの上で存在感を放つデジタル時計を見つめているうちに、濡れた髪が乾いてだんだんと頭が軽くなっていく。
されるがままだった俺は、小さな違和感に気付いていた。
疲れてる、と感じた俺の直感は当たってるのか……聖南の様子が変だ。明らかに口数が少ない。
「……聖南さん、……ほんとに大丈夫?」
ほぼ休みなく働いてる聖南が疲れてないはずはないんだけど、外では気丈に振る舞うから分からなかった。
聞いてみるも、ほかほかになった俺の頭を撫でるだけ。
「大丈夫だって」
「ほんとですか? 俺にはそうは見えませんけど」
「んー……」
足を組んだ聖南は、苦笑いを浮かべて俺から視線を逸らした。
やっぱり何か考え事してるんだ。その何かってきっと、ぐるぐるしちゃいそうだから俺も無意識に避けようとしてた事と同じだと思う。
帰ってくる車の中でも口数が少なかったし……聖南は分かりやすい。
「もしかしてさっきの話、考えてます?」
「いや、……うん。……ごめん、考えてる」
「……ですよね」
「葉璃にはいつも一発で見破られるなー」って、当たり前でしょ。俺が鋭いわけじゃない。
聖南がどうしてこんな風に消沈しちゃってるのか、何となく分かる。
いつも聖南がこうなってしまう時は、大体俺の身を案じてる時なんだもん。
「俺なら大丈夫ですよ、聖南さん」
「…………」
心配しないでください、と聖南に笑いかけると、無言の聖南にジーッと見詰められて照れてしまった。
家でとことん甘えてくる聖南もいいけど、俺の事を心配するあまり余裕が無くなった無表情の聖南もすごくカッコいい。
今これを言うと不謹慎なんだろうから、言わないでおこう。
少しの間見詰め合っていると、ふと聖南が口を開いた。
俺の手を握って、眉間に皺を寄せて、とても苦しそうに……。
「康平に電話してたんだ、今」
「え……聖南さんのお父さんに?」
「ああ。アイを尾行してくれって頼んだ」
「えっ……! でもアイさんは今どこにいるか分からないんじゃ……」
「ツテでもあるんだろ。即OKしてくれた」
「…………」
俺と聖南を守るため、聖南のお父さんはボディーガードを雇った。まったく気配がなくて本当に居るのかどうかも分からないけど、俺と聖南は誰からも何からも接触されてないのはその存在のおかげなんだろうと思う。
でも俺たちに近付けなくなったせいで、アイさん側はルイさんに声を掛けるという暴挙に出た。
ゴシップ写真で揺さぶれなかった事に苛立ってるのか、何か他に理由があるのか、突然接触を試みてきた事で社長さんは聖南に「気を付けろ」と念押ししていた。もちろん、俺にも。
「ダメなんだよ、俺……。去年のこと思い出しちまうんだ」
「……去年のこと、って……」
俺の手の甲に唇を押し当てながら、聖南は一際ツラそうに眉を顰め、ギュッと瞳を閉じる。
咄嗟に聞き返した俺だけど、聖南がどうしてこんなに自分を責めるような苦々しい表情を浮かべてるのか──それに気付かないほど、俺はそんなに鈍くない。
事務所からの帰宅後、聖南は少し作業があるからと書斎にこもってしまった。
俺は聖南を待つつもりでシャワーを浴びて、何となくテレビを観る気になれなかったから綺麗な夜景を眺めて心を落ち着ける事にした。
ここは少し小高い場所にある、コンシェルジュまで常駐する高級マンション。十二階建ての十階にあるこの部屋が聖南のお城で、ここからでも充分に綺麗な景色を楽しめる。
聖南は、芸能人が多く住んでると聞く超高級タワーマンションが嫌で、多少事務所との距離があっても、問題回避と防音室のあるこの部屋に決めたって言ってた。
恐ろしくて家賃を聞いた事がない俺にとっては、ここもタワーマンションとそんなに変わらないと思うんだけど……金銭感覚の違いなのかな。
ただでさえマスコミに追われる立場なのに、自分のネタで他を巻き込むのも、他の芸能人が粗相して巻き添えを食うのも勘弁だって。しかも万が一同じフロアに住んでるのが女性芸能人だったら、ほぼ百%しつこく誘われて面倒だと、何とも聖南らしい理由で敬遠したんだそう。
ここに引っ越してくる前、聖南は事務所が管理してるワンルームマンションに住んでたらしい。CROWNがトップアイドルの仲間入りを果たし、聖南自身もモデル活動やバラエティ番組に引っ張りだこになっても、セキュリティが万全じゃないそこになんと七年間も、だ。
引っ越してきたはいいものの、家具を揃えるまでここには小さな一人がけのソファしかなくて、しばらくはそれをベッド代わりにして寝ていたって話を思い出した。
──うん……。俺、何で今……こんな事を考えちゃうのかな。
社長室で繰り広げられた会話を少しの間だけでも忘れていたいって、本能的に思っちゃってるのかもしれない。
どこのどんな会社のビルかは分からないけど、ここから見える建物の窓のほとんどはまだたくさん明かりがついてる。もうすぐ日付けが変わるのに。
あれが消えるのはいつなんだろう──そんな事を考えながら、遠くの人工的な光をぼんやり眺めていると。
「葉璃ー?」
……あ、聖南だ。
一時間はこもるって言ってたのに、もう作業終わったのかな。
俺の名前を何回も呼んでリビングに現れた聖南から、「ここに居たのか」と微笑まれた。
「聖南さん? どうしたんですか? あっ、コーヒー淹れましょうか」
「いやいい。大丈夫」
「…………?」
何だか難しい表情を浮かべて、窓際に居た俺の方にゆっくり近付いてくる。
表情だけじゃなく、声も何となく疲れてるような気がした。
遠慮されてると思った俺は、要らないと言われたコーヒーを作るためキッチンに向かおうとしたんだけど、聖南に腕を掴まれて急に抱き締められた。
「わわ……っ」
「シャワー浴びたの?」
「……はい」
「なんで髪拭かねぇかな。風邪引くよ?」
これだけはズボラだという自覚のある俺は、以前から何度も聖南にこのお小言を言われている。
俺の髪を触ってフッと笑った聖南はバスルームに向かい、タオルとドライヤーを持って戻ってきた。
濡れっぱなしが許せない聖南に髪を拭かれ、ソファに腰掛けるよう促され熱風をあてられる。確かに大きな手のひらで髪をわしゃわしゃとかき乱されるのは気持ちよくて好きだけど、聖南にこうしてもらいたくてズボラなわけじゃない。
むしろ手を焼かせてごめんなさいだ。
「…………」
「…………」
テーブルの上で存在感を放つデジタル時計を見つめているうちに、濡れた髪が乾いてだんだんと頭が軽くなっていく。
されるがままだった俺は、小さな違和感に気付いていた。
疲れてる、と感じた俺の直感は当たってるのか……聖南の様子が変だ。明らかに口数が少ない。
「……聖南さん、……ほんとに大丈夫?」
ほぼ休みなく働いてる聖南が疲れてないはずはないんだけど、外では気丈に振る舞うから分からなかった。
聞いてみるも、ほかほかになった俺の頭を撫でるだけ。
「大丈夫だって」
「ほんとですか? 俺にはそうは見えませんけど」
「んー……」
足を組んだ聖南は、苦笑いを浮かべて俺から視線を逸らした。
やっぱり何か考え事してるんだ。その何かってきっと、ぐるぐるしちゃいそうだから俺も無意識に避けようとしてた事と同じだと思う。
帰ってくる車の中でも口数が少なかったし……聖南は分かりやすい。
「もしかしてさっきの話、考えてます?」
「いや、……うん。……ごめん、考えてる」
「……ですよね」
「葉璃にはいつも一発で見破られるなー」って、当たり前でしょ。俺が鋭いわけじゃない。
聖南がどうしてこんな風に消沈しちゃってるのか、何となく分かる。
いつも聖南がこうなってしまう時は、大体俺の身を案じてる時なんだもん。
「俺なら大丈夫ですよ、聖南さん」
「…………」
心配しないでください、と聖南に笑いかけると、無言の聖南にジーッと見詰められて照れてしまった。
家でとことん甘えてくる聖南もいいけど、俺の事を心配するあまり余裕が無くなった無表情の聖南もすごくカッコいい。
今これを言うと不謹慎なんだろうから、言わないでおこう。
少しの間見詰め合っていると、ふと聖南が口を開いた。
俺の手を握って、眉間に皺を寄せて、とても苦しそうに……。
「康平に電話してたんだ、今」
「え……聖南さんのお父さんに?」
「ああ。アイを尾行してくれって頼んだ」
「えっ……! でもアイさんは今どこにいるか分からないんじゃ……」
「ツテでもあるんだろ。即OKしてくれた」
「…………」
俺と聖南を守るため、聖南のお父さんはボディーガードを雇った。まったく気配がなくて本当に居るのかどうかも分からないけど、俺と聖南は誰からも何からも接触されてないのはその存在のおかげなんだろうと思う。
でも俺たちに近付けなくなったせいで、アイさん側はルイさんに声を掛けるという暴挙に出た。
ゴシップ写真で揺さぶれなかった事に苛立ってるのか、何か他に理由があるのか、突然接触を試みてきた事で社長さんは聖南に「気を付けろ」と念押ししていた。もちろん、俺にも。
「ダメなんだよ、俺……。去年のこと思い出しちまうんだ」
「……去年のこと、って……」
俺の手の甲に唇を押し当てながら、聖南は一際ツラそうに眉を顰め、ギュッと瞳を閉じる。
咄嗟に聞き返した俺だけど、聖南がどうしてこんなに自分を責めるような苦々しい表情を浮かべてるのか──それに気付かないほど、俺はそんなに鈍くない。
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