命令をください、主様。 臆病な主様と忍者の、少し重すぎる主従関係

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共同生活の支配圏(ちょっと待って僕の家はワンルーム)

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恐怖で声が出なかった。

ただ、冷たい風に打たれながら、
見上げた三日月を呆然と見つめ、
小さくうなずくことしかできなかった。

それをどう受け取ったのか、
黒ずくめの忍は、
紫の瞳を悦びに潤らし、
「御意に……」と深く頭を垂れたのだ。


そして今。
僕は自分の選択……
厳密には選択すらさせてもらえなかったのだが、
とにかく激しく後悔していた。


「主様、室内の安全を確認いたしました。……少々、失礼いたします」


「ひっ……!」


狭い玄関ポーチを塞ぐように、その「巨大な影」が踏み込んでくる。

僕の住む学生寮は、
五階建ての何の変哲もないマンションだ。一人暮らし用のワンルーム。

そこに身長2メートルを超えるザックスが立つと、部屋の空気が一気に薄くなったように感じた。

ザックスは、僕が脱ぎ捨てたスニーカーを完璧な角度で揃えると、音もなくキッチンへ移動した。


あの、ザックスさん、部屋を間違えてませんか、とか、
帰ってください、とか。
言いたいことは山ほどあるのに、言葉にならない。


彼は流れるような動作でサニタリーを点検し、クローゼットの隙間まで確認していく。

「主様、ご安心を。
この部屋の結界は脆弱ですが、私が影を潜ませました。
今後は、名もなき怨念の類が枕元に立つことはございません」


「それ、……今までは名もなき怨念が漂っていたことがあるって意味だよね?
…ちょっと待ってよ…そんなの…怖いんだけど……」

小声の抗議は、
彼の耳には「信頼の言葉」として届いているようだった。


ザックスはキッチン横で立ち止まると、ゆっくりと僕に歩み寄った。
狭い。

このワンルームでは、彼の一歩が、僕の三歩分に相当する。

背後のバルコニーへ続く窓まで追い詰められ、僕は身を固くした。


「……どうして、そんなに嬉しそうなの」


彼の無表情なはずの顔が、どこか陶酔したように綻んでいる。

ザックスは僕の目の前で、跪いた。

狭い部屋で彼が身体を低くすると、ようやく視線が重なる。

けれど、
彼が発する「暗殺者」としての重圧と、
「狂信的な従者」としての熱は、
さらに濃くなって僕を包み込む。


「主様が私を受け入れてくださった。あの三日月の夜の誓いを……。
その事実だけで、私は、この身を焼き尽くすほどの幸福を感じております」


大きな手が、僕の膝の上で震える指先にそっと重ねられる。

それは、もし僕が拒絶しようものなら、この部屋ごと、あるいは世界ごと僕を閉じ込めてしまいそうな、静かな執着の色を帯びていた。


「このザックス、主様の影となり、盾となりましょう。……さあ、主様。
今夜はもう休まれますか? 
夢にまで、不埒な妖が入り込まぬよう、
私が傍で守護いたします」


逃げ場のない、
学生寮のワンルーム。

僕の平穏な学生生活は、
丁寧すぎる敬語と、
底なしの独占欲によって、
あっけなく塗りつぶされてしまった。
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