伯爵令息は後味の悪いハッピーエンドを回避したい

えながゆうき

文字の大きさ
20 / 48

やっぱり

しおりを挟む
 俺は薄い緑の便箋にペンを走らせた。深緑のインクが春を待ちわびた草木のように紙の上に枝葉を伸ばしていった。
 この深緑のインクは誕生日プレゼントのお返しにリアがくれたものだ。リアの瞳と同じ色。俺のお気に入りの色だ。

 月日は流れ、俺たちは十五歳になった。春が来れば、共にゲームの舞台となる王立学園に入学することになる。
 いや、まだだ。まだこの世界がゲームの世界と決まったわけではない。似て非なる世界であることも十分に考えられるのだ。

 俺の記憶も、今ではおぼろげになっていた。パッケージに描かれていた攻略対象の容姿も曖昧になっている。もしかしたら、他人のそら似である可能性も大いにありうる。その証拠に、どうも殿下が攻略対象のようには思えないのだ。あんな頭の悪い王子が攻略対象であってたまるか。見た目と身分だけはいいけどね。

 リアへの手紙には、「学園生活が始まって、毎日会える日を楽しみにしている」ということと、「妙な胸騒ぎがして少し緊張している」ということを書いた。ちょっと弱気な発言ではあるが、リアにはなるべく今の俺の現状を知ってもらった方が良いだろう。
 今は少しでもリアとの間に行き違いがないようにしておきたい。

 付けペンの数が少なくなってきた。注文すれば工房から届けてくれるのだが、久しぶりに鍛冶工房を訪れることにした。元気でやってるかな、ジョナサン。今日は注文だけなので、孫がいても嫌な顔はされないだろう。

「付けペンの残りが少なくなったので注文に来たぞ」
「おお! これはフェルナンド様、お待ちしておりましたぞ」

 なぜかほくほく顔でやってくるジョナサン。どうした、何か良いことでもあったのかな? 二人目の孫でもできたのか?
 首をかしげていると、ジョナサンが一つの箱を持ってきた。

「フェルナンド様、王立学園への入学、おめでとうございます。これはささやかですが、私から、いや、この鍛冶工房のみんなからのプレゼントです」

 俺はうなずきを返した。理由は分かる。付けペンとガラスペンは今ではこの鍛冶工房の主力となっている。そのお陰で工房の職人たちもずいぶんと儲かっているらしい。その他にも、娯楽品としてチェスやダーツなんかも開発していた。

 俺のチェスの実力はクソ雑魚ナメクジだが、駒の動かし方は覚えていた。この世界には娯楽品が少なくて退屈だったので作ったのだ。それがなぜかお父様の目にとまり、あれよあれよという間に国王陛下に献上されて、一気に普及した。今では大会が開かれるくらいに大人気だ。

 ダーツも大人気だ。丸い木のボードに矢を投げつけるだけなのだが、そのお手軽感から庶民にも広く普及している。今ではどこの酒場にも備え付けてあるらしい。酒場に行ったことがないので知らんけど。

「これは、ブローチ?」

 差し出された箱を開けると、中には青みを帯びた銀色の小枝が入っていた。留め金が付いているのでおそらく当たっていると思う。
 ジョナサンを見上げると、ニヤリと笑った。

「これはブローチを模した杖になります。王立学園では授業以外では杖を持つことは禁止されているのでしょう? そのブローチを身につけておけば、万が一のときに杖として役立てることができます」

 なるほど、護身用の杖か。法の抜け穴をつくようで申し訳ないが、これなら服に付けていても怒られることはないだろう。だが問題もある。

「こんなに小さい杖はありなのか?」

 そう。問題はサイズである。普通は自分の手の長さに合った杖を使う。長い杖は魔法の威力を増大させることができると言われており、持っている人を見たことがある。しかし、これほど小さな杖は見たことがなかった。
 長さが威力に影響するのなら、この小さな杖では役に立たないのではないだろうか?

「なしです。普通は。その杖は魔法金属のミスリルでできています」
「ミスリル!」

 聞いたことがある。魔法金属のミスリルは銀山から稀に産出する希少金属である。魔力の通りが段違いに良いらしく、それを用いた杖は極めて高性能。国内を見渡しても、ミスリルの杖を持っている人は片手で数えられるほどだろう。

「驚かれましたかな? ですからそのサイズでも十分にお役に立つと思います」

 自信たっぷりにジョナサンが言った。いつの間にか工房の職人たちが集まっていた。みんな誇らしげに俺を見ていた。

「良いのかな? こんなすごい杖をもらってしまって」
「ハッハッハッハ、ぜひもらって下さい。みんなで考えて、みんなでお金を出し合って作った一品です」
「ありがとう。いざというときに頼りにさせてもらうよ」

 職人たちからは、それでこそ、フェルナンド様、と声が上がっていた。とてもうれしそうな声だった。もちろん俺もうれしかった。この杖を使うような事態がなければ良いのだが――。


 王立学園の入学式は滞りなく終了した。王立学園には貴族だけでなく、才能のある庶民も通っている。もちろん、平等なんてことはない。そこはキッチリと線引きされていた。
 今年の目玉は何と言っても皇太子殿下のレオン・アルレギ・デラが入学することだろう。

 少しでも殿下にお近づきになれるようにと、王妃様が身ごもった同じ年に、多くの貴族が子供を作った。俺もそんな中の一人なのだろうと思ったのだが、まったくの偶然だったようである。むしろ、王家がうちに合わせて来たんじゃね? ってウワサもあるくらいだ。

 何せ俺は殿下よりも先に産まれている。後出しで王妃様が身ごもったときに、お父様は大いに舌打ちしたらしい。そしてそのことでお母様と大げんかになったらしい。子供ができたのに何事か、と。ガジェゴス伯爵家の黒歴史である。

 そんなわけで、今年の貴族の入学生はものすごく多い。そのため、通常なら寮生活を強いられるところを、タウンハウスを持つ貴族は自宅から学園に通うことになっていた。もちろん俺も、リアも、自宅組である。

 面倒事が起こる前に帰ろうと廊下を急いでいると、校長先生に捕まった。ものすごく悪い予感がする。いや、悪い予感しかしない。校長室まで来て欲しいと言われたのだが断った。

 俺が折れないことを察したのか、校長先生が廊下を転げ回ってだだをこね始めた。もちろん周りには生徒が数人残っている。不憫な目で校長先生を見る生徒たちの視線に耐えきれず、渋々校長室に向かった。

 校長室ではすでに数人の人影があった。殿下に騎士団長の息子、魔法ギルド長の息子、先輩の生徒会長。その面子を見たときに俺は確信した。こいつら、ゲームのジャケットのメンバーだ!

 もはや顔は覚えていないが、カラーリングが同じである。かろうじて「死海文書(仮)」には髪の色だけ書いてあるのだ。やっぱりこの世界は乙女ゲームの世界だったか。

 生徒会役員になってくれないかと頼まれたが、当然断った。俺が折れないことを察したのか、殿下が床を転げ回ってだだをこね始めた。他のメンバーが不憫な子を見るような目つきで殿下を見ている。

 これ以上、殿下の尊厳を傷つけるわけにはいかない。このままだと、パートナーの婚約者も、殿下と同じような目で見られてしまう。同志がそのような目で見られるのは耐えがたい。俺は了承せざるを得なかった。これが強制力。侮り難し。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

追放されたので田舎でスローライフするはずが、いつの間にか最強領主になっていた件

言諮 アイ
ファンタジー
「お前のような無能はいらない!」 ──そう言われ、レオンは王都から盛大に追放された。 だが彼は思った。 「やった!最高のスローライフの始まりだ!!」 そして辺境の村に移住し、畑を耕し、温泉を掘り当て、牧場を開き、ついでに商売を始めたら…… 気づけば村が巨大都市になっていた。 農業改革を進めたら周囲の貴族が土下座し、交易を始めたら王国経済をぶっ壊し、温泉を作ったら各国の王族が観光に押し寄せる。 「俺はただ、のんびり暮らしたいだけなんだが……?」 一方、レオンを追放した王国は、バカ王のせいで経済崩壊&敵国に占領寸前! 慌てて「レオン様、助けてください!!」と泣きついてくるが…… 「ん? ちょっと待て。俺に無能って言ったの、どこのどいつだっけ?」 もはや世界最強の領主となったレオンは、 「好き勝手やった報い? しらんな」と華麗にスルーし、 今日ものんびり温泉につかるのだった。 ついでに「真の愛」まで手に入れて、レオンの楽園ライフは続く──!

念願の異世界転生できましたが、滅亡寸前の辺境伯家の長男、魔力なしでした。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリーです。

銀眼の左遷王ケントの素人領地開拓&未踏遺跡攻略~だけど、領民はゼロで土地は死んでるし、遺跡は結界で入れない~

雪野湯
ファンタジー
王立錬金研究所の研究員であった元貴族ケントは政治家に転向するも、政争に敗れ左遷された。 左遷先は領民のいない呪われた大地を抱く廃城。 この瓦礫に埋もれた城に、世界で唯一無二の不思議な銀眼を持つ男は夢も希望も埋めて、その謎と共に朽ち果てるつもりでいた。 しかし、運命のいたずらか、彼のもとに素晴らしき仲間が集う。 彼らの力を借り、様々な種族と交流し、呪われた大地の原因である未踏遺跡の攻略を目指す。 その過程で遺跡に眠っていた世界の秘密を知った。 遺跡の力は世界を滅亡へと導くが、彼は銀眼と仲間たちの力を借りて立ち向かう。 様々な苦難を乗り越え、左遷王と揶揄された若き青年は世界に新たな道を示し、本物の王となる。

悪徳領主の息子に転生しました

アルト
ファンタジー
 悪徳領主。その息子として現代っ子であった一人の青年が転生を果たす。  領民からは嫌われ、私腹を肥やす為にと過分過ぎる税を搾り取った結果、家の外に出た瞬間にその息子である『ナガレ』が領民にデカイ石を投げつけられ、意識不明の重体に。  そんな折に転生を果たすという不遇っぷり。 「ちょ、ま、死亡フラグ立ち過ぎだろおおおおお?!」  こんな状態ではいつ死ぬか分かったもんじゃない。  一刻も早い改善を……!と四苦八苦するも、転生前の人格からは末期過ぎる口調だけは受け継いでる始末。  これなんて無理ゲー??

「ときめかない」ものなど捨てておしまいなさい

megane-san
ファンタジー
私、クリスティーナは、前世で国税調査官として残業漬けの日々を送っていましたが、どうやら過労でぶっ倒れそのまま今の世界に転生してきたようです。 転生先のグリモード伯爵家は表向きは普通の商会を営んでおりますが裏では何やら諜報や暗部の仕事をしているらしく…。そんな表と裏の家業を手伝いながら、前世で汚部屋生活をしていた私は、今世で断捨離に挑戦することにしたのですが、なんと断捨離中に光魔法が使えることが発覚! 魔力があることを国にバレないようにしながら、魔術師の最高峰である特級魔術師を目指します!

おばちゃんダイバーは浅い層で頑張ります

きむらきむこ
ファンタジー
ダンジョンができて十年。年金の足しにダンジョンに通ってます。田中優子61歳

竜の国のカイラ~前世は、精霊王の愛し子だったんですが、異世界に転生して聖女の騎士になりました~

トモモト ヨシユキ
ファンタジー
辺境で暮らす孤児のカイラは、人には見えないものが見えるために悪魔つき(カイラ)と呼ばれている。 同じ日に拾われた孤児の美少女ルイーズといつも比較されていた。 16歳のとき、神見の儀で炎の神の守護を持つと言われたルイーズに比べて、なんの神の守護も持たないカイラは、ますます肩身が狭くなる。 そんなある日、魔物の住む森に使いに出されたカイラは、魔物の群れに教われている人々に遭遇する。 カイラは、命がけで人々を助けるが重傷を負う。 死に瀕してカイラは、自分が前世で異世界の精霊王の姫であったことを思い出す。 エブリスタにも掲載しています。

【完結】それはダメなやつと笑われましたが、どうやら最高級だったみたいです。

まりぃべる
ファンタジー
「あなたの石、屑石じゃないの!?魔力、入ってらっしゃるの?」 ええよく言われますわ…。 でもこんな見た目でも、よく働いてくれるのですわよ。 この国では、13歳になると学校へ入学する。 そして1年生は聖なる山へ登り、石場で自分にだけ煌めいたように見える石を一つ選ぶ。その石に魔力を使ってもらって生活に役立てるのだ。 ☆この国での世界観です。

処理中です...