伯爵令息は後味の悪いハッピーエンドを回避したい

えながゆうき

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まるで星空のような

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 エウラリア嬢の誕生日会は滞りなく終わった。これもひとえに殿下が来なかったからだと思っている。個人の誕生日会に王族が参加するなど前代未聞。殿下はしきりに行きたがったが、秘密結社オズのメンバーで押さえきった。

 今このメンバーには俺と殿下の婚約者の他に、護衛の三人、国王陛下に王妃様も加わっている。俺の両親はこれ以上巻き込まれたくないらしく拒絶された。仕方ないね。メンバーが充実したら俺も抜ける予定だし。

 朝から開催された誕生日会は昼過ぎになってお開きになった。今は慌ただしく使用人たちが片付けに明け暮れている。
 誕生日プレゼントはガラスペンだけではない。他にもガジェゴス伯爵家からはいくつものプレゼントが贈られていた。それなりの量があったため、他のご令嬢からはもの欲しげな目で見られていた。

 俺は婚約者枠ということで、最後までトバル公爵家に残っていた。もちろん、ひそかにリアにプレゼントを渡すためである。とっておきのプレゼントだ。二人だけのときに渡したい。

 このプレゼントはお母様から絶賛された。いつの間にそんなアイデアを思いついたのか、私の息子は天才だ、としきりにほめてくれた。そのたびに胸がズキッと痛くなったのは言うまでもない。

 異世界転生者が前世の知識を利用して商品開発して絶賛されたときは、きっとこんな気持ちだったんだろうな。申し訳ない気持ちで一杯だ。でも、おそらくこの世界では類を見ない発明だったのだろう。

 あの後、俺はここぞとばかりにジョナサンに付けペンの構想も話した。それを聞いた三人は驚愕した。まさかその先の普及版も考えていたとは思わなかったのだろう。善は急げとばかりに開発することになった。

 棲み分けは、普及版の付けペンと、富裕層向けのガラスペンという具合である。ガラスペンは工芸品としても価値が高いと両親に太鼓判を押してもらえた。どのくらい儲かるのか、ちょっと楽しみになってきた。利益の一割が俺の懐に入ることになっているのだ。

「改めて、おめでとうございます」
「何もわざわざ二人きりになってまで言う必要もありませんのに。でも、ありがとうございますわ。フェル様……」

 ツンツンしていた口調が、段々と尻すぼみになっていった。どうやら満更でもなさそうだ。だいぶんリアの性格が分かってきたぞ。これは間違いなく、ツンデレ。
 トバル公爵家自慢のサロンには俺とリア、そしてトバル公爵家の使用人が壁際に控えている。

 時刻は午後三時を少し過ぎたころだろうか。明るい光を一杯に取り込んでいる大きな窓からは、青々とした葉を茂らせた木の枝が見え隠れしている。時間帯によっては心地良い影ができそうだ。

 サロンの中には真っ白なテーブルと椅子が置かれていた。部屋の中には、金の装飾に、赤いビロードのソファーもあるのだが、今日は真っ白なテーブルの上にお茶が運ばれている。誕生日会で甘いものはたくさん食べたので、さすがにお菓子は置いていない。

「実は先ほどのプレゼントとは別に、もう一つ、いや二つ別のプレゼントがあるのですよ」
「まあ、まだありますの?」

 パチクリ、と目を大きくした。大きな瞳が輝いている。これはガッカリさせたくないな。プレゼントに自信はあるけど、不安を完全には拭えない。震える手を無理やり押さえて、リアの前に真っ白な箱を二つ出した。
 目の前の箱を興味深そうに確認するリア。開けやすいようにリボンはつけていない。

「あの、開けてもよろしくて?」
「もちろん。こちらの細長い箱から先に開けて下さい」
「分かりましたわ」

 少し首をかしげながらも、恐る恐る箱を開けた。

「こ、これは! 美しいですわ。まるで星空のようですわ。これは一体何ですの?」
「これはガラスペンです。羽根ペンの代わりに使ってもらえればと思いまして。書き心地とインクの持ちは私が保証しますよ」

 濃紺の持ち手の部分には、金箔が練り込んであり、まるで星のような輝きを放っている。先端の溝の部分は、一流パティシエが絞り出した生クリームのように美しく整っていた。

「これがペン……何だか使うのがもったいないですわ」
「そう言わずに使って下さい。リア嬢に使ってもらうために作ったのですから」

 思わず苦笑した。まさか使うのをためらうとは思わなかった。これは飾る用と使う用の二つを用意しておけば良かったかな?

「そうですわね。だれか、紙を持ってきてちょうだい。……作った?」

 リアの顔が真顔になった。俺とガラスペンをしきりに見比べている。リア嬢が知らないペンなのだ。新商品であることに気がついたのだろう。

「そうです。私が設計したものをひいきにしている鍛冶工房で作ってもらったんですよ。リア嬢が持っているガラスペンは、今のところ二本しかありません。同じものがもう一本あって、そちらは私が使っています」
「だから書き心地が良いことを知っていたのですね。……二本だけ? フェル様とおそろい?」

 ブツブツとリアが自分の世界に入り始めた。どうやら予想外の展開に頭が追いつかなくなって来たようだ。その流れを断ち切るがごとく、使用人が紙を持って来てくれた。ナイスアシスト。
 使用人たちもガラスペンが気になるのか、チラチラとリアの手元を見ていた。

「リア嬢、もう一つの箱を開けて下さい。そちらにはインクが入っています」
「インクまで用意して下さったのですね。ありがとうございますわ。こ、これは、この色は」

 リア嬢が驚くのも無理はない。そのインクの色は俺の目の色と同じ、濃紺のインクなのだ。目と同じ色を再現するのに結構苦労した一品である。それだけに、なかなか良くできていると思う。

 赤くなったリア嬢は、それでもガラスペンの性能が気になったのか、慎重にインクをつけると、紙の上に走らせた。氷の上を滑るかのように、スルスルと音もなくペンが動いてゆく。有名な詩の一節を書いているのだが、その文字は途切れることを知らなかった。インクの持ちが半端ないのだ。

 美しく整った文字が紙の上にスイスイと描かれてゆく。それを俺はぼうぜんと見ていた。俺では絶対に書けない。リアと文通するようになってからはずいぶんと字の練習をした。それでも、この速度で、これほど整った文字は書けない。

「す、すごいですわー! 何ですの、何なんですのこのガラスペン! この滑らかな書き心地、途切れることのないインク、素晴らしい握り心地! これは古代魔法文明の遺産ですわー!」

 テンションが振り切れたリアが雄叫びを上げた。まずい。こんな大音量で叫んだら、リアの両親がやってくる。そして「またお前、何かやったんか」みたいな目で見られる!
 リアはなおも書き続け、一枚が書き終わるころにようやくインクが切れた。ぼうぜんとガラスペンを見つめるリア。使用人たちは食い入るようにリアの手元を見つめていた。

 なお、古代魔法文明など存在しない。オカルト連中が勝手に言い出した妄想の文明である。それでも庶民の中には本当の出来事であったかのように信仰するものも多い。どうやらリアもその一人だったようである。

「リア嬢に気に入っていただけたようで良かった。きっとジョナサンも喜びますよ」
「ええ、もう、とても気に入りましたわ。そのジョナサンという方がこのガラスペンを作ったのですね」
「そうです。私の無茶な注文を引き受けてくれた、頼りになる鍛冶工房の親方ですよ」

 二人で顔を見合わせて笑った。これでだいぶんリアとの距離を縮められたような気がする。いつものツンツンとした口調はいつの間にか収まっていた。
 そして登場したトバル公爵夫妻によって、その場は騒然となったのだった。
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