悪役令息に転生したけど、静かな老後を送りたい!

えながゆうき

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小さな英雄①

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 魔物の氾濫騒動も一段落し、ジュエル王国にもようやく平穏が戻りつつあった。魔物の氾濫は王都周辺だけでなく、魔境と接している各地の領地でも同様のことが起こっていた。
 このように同時多発的に魔物の氾濫が起きた例はかつてなかったらしく、国を挙げての調査団が編成された。同時に、他国にも調査のために一団が送られている。なんだかきな臭い事態になってきた。世界の滅亡なんて話はゲームの中にはなかったと思うのだが、ゲーム続編なんかでそうなっていたりとかするのだろうか。あり得そうで怖い。だが、子供の俺には何もすることはできないだろう。今はただ、平穏な日常を送れるように心を穏やかにしておくことだ。
「はぁぁ、こんなに清々しい朝を迎えられるなんて・・・私は幸せ者ですわ」
 どこか、まだ夢見心地な様子でクリスティアナ様が朝日の入る窓辺を見ていた。その膝の上ではフェオがウトウトと微睡みの船を漕いでいる。
 今日もいつもと変わらない穏やかな朝がやってきたようであるが、わたくしシリウスの内心は穏やかではなかった。魔物の氾濫騒動の間だけだからと思っていたクリスティアナ様との同衾も相変わらず続いており、良く眠れない日々が続いている。子供で良かった、と心から思った日が何日あったことか。なるべく早く一緒の布団で寝ることを止めさせないと、と思ったが、この安心して緩みきった顔をしているクリスティアナ様を見ていると、どうにも決意が揺らいでしまいそうだ。いっそ二人で田舎暮らしでもするか?
「おはようございます、クリスティアナ様。昨晩も良く眠れたみたいですね。さあ、朝の準備をしましょう」
「おはようございます、シリウス様。こんなに安心して眠ることができる日が来るなんて思ってもみませんでしたわ」
 頬を赤らめ、両手で頬を覆った。そんな表情をされたら、さっきの決意がゆら・・・まあいいか。婚約者だしね。いつかそうなる関係が来ることだし、早まったらその時はその時さ。
 気を取り直して、手際よく朝の準備を終わらせた。これから毎日の習慣である朝のトレーニングの時間だ。
「ホントに毎日毎日頑張るわよねー」
 ようやく起きてきたフェオだが、欠伸をしながらとても眠たそうな様子だ。
「1日でもサボると、この間も休んだし今日くらい、いいか、ってなるからね。毎日やることに意義があるんだよ」
「その通りですわね。私にも経験がありますわ」
 おそらくダイエットのことだろう。俺と出会う前にも痩せようと努力したことがあったみたいだが、一人では続かなかったようだ。こういう地道に毎日やることで成果が出ることは、誰かと一緒になって楽しみながらやるのが長く続けるコツだと思う。
 いつものように兵士達に混じって訓練していると、何だかいつもは感じないモヤッとしたものを感じた。ふとそちらを見て見たが、特に変わった様子は見られなかった。首を傾げていると、
「ねぇ、今、何か変な感じがしなかった?」
 どうやらフェオも何か不穏な空気を感じたらしい。
「感じたよ。やっぱり何かいるのかな?」
 二人してそちらに視線を送ったが、やはり何も無いようだ。どうやらお相手さんは隠れるのに自信がある様子。
「かくれんぼ、かくれんぼ、ウフフ」
 何かが起こりそうな予感に、どこかフェオは楽しそうだった。まあ、ほっとく訳にはいかないか。
「どうかなさいましたか?」
「ええ、実は・・・」
 先ほど感じた気配のことを簡単に説明し、少し調べてみる旨を伝えた。それを聞いたクリスティアナ様は驚きを隠せない様子で、顔を曇らせた。
「このお城に不審者がいるなんて、信じられませんわ。お城の警備は万全のはずですわ」
「私もそうだと思います。だからこそ調べる必要があるかと思います」
「分かりましたわ。私も国王陛下にこのことを伝えておきますわ」
「はい、よろしくお願いします」
 味方は多い方がいい。そしてこの情報も多くの人が知っている方がいいだろう。そうすれば犯人も行動し難くなるはずだ。何をする気か存ぜぬが、易々と事が運ぶと思うなよ。
「さて、じゃあ早速何から始めようか?取り敢えず見つけた時にミンチにする魔法でも覚えておく?」
「怖っ、鬼か!って、鬼だったか」
「ちょっと!可愛い妖精さんだぞ?」
「へー」
 すかさずフェオちゃんキックが飛んできた。ほんの冗談なのに痛い。
「こんな状況下でも、お二人はいつもと変わらないのですね。頼もしいですわ」
「あ、クリピーも一緒にミンチの魔法を覚える?」
「鬼ですわ」
 訓練中に感じた不穏な気配。自分達の方に向かって放たれたそれは、恐らく犯人の油断からだったと思われる。さすがの犯人もまさか子供が自分のことに気がつくとは思ってもみないだろう。そのため、不意に訓練所で遭遇した俺たちを見て思わず意識を向けてしまったのだろう。
 そうなると、犯人のターゲットは三人の内の誰か。俺が冬の間お城でお世話になっていることを知っている人はほとんどいない。妖精のフェオが遥か昔に忘れられた封印から解き放たれたことを知る人もほとんどいない。そうなれば、犯人の狙いはおそらくクリスティアナ様だろう。
 クリスティアナ様に何かしてみろ、ミンチにしてやる。
「ど、どうしたのシリウス!顔が鬼みたいになってるわよ!」
「フッ、今の俺はかくれんぼの鬼だからな」
「こんな鬼に追いかけられたら、大人でも泣くわ」
 さて、では大人でも泣くような感じて犯人を追い詰めることにしよう。当分の間はクリスティアナ様から離れることが出来ないな。
 先の情報が国王に伝えられ、すぐに厳戒体制がとられた。場内の人達の身分の確認も行われたが、怪しい人物は見つからなかった。だが、これでしばらくは犯人も大人しくしていることだろう。少なくとも時間を稼ぐことができた。
 恐らく犯人は以前からこの城で働いているのだろう。そのため、身分調査が行われても怪しい人物が現れなかった。そしてこの度、上から何らかの指示があり、活動を開始した。姿が見えなかったことから、何かしらの姿を消すアイテムを使っているのだろうが、最悪の場合、魔族が憑依していたり、化けていたりするケースも考えなければならない。城内では許可された以外の魔法を使うとすぐに検知されるため、姿を消す魔法を使っている可能性は恐らくないだろうが、城のセキュリティを掻い潜れるほどの高位の魔法使いや魔族なら可能かもしれない。まあ、そんな人は真っ先に疑われるだろうから、そんな人物を犯行には使わないはずだ。もし相手が魔族ならば今のところはクリスティアナ様から目を離さないこと以外に打つ手がない。
 ひとまずは今の状況で対抗策を取れそうである、姿を消すアイテムがある場合を想定して行動しようと思う。
 姿を消すアイテムは視覚的に見えなくなるだけであり、そこには存在しているということになる。ならば目に頼らない方法を考えてみるのはどうだろうか。例えば赤外線を感知する魔法とかはどうだろうか。これなら夜間でも感知することが出来るし、いざという時に役に立つかもしれない。魔力を見れる魔法でもいいかもしれない。手持ちの手段は多いに越したことはないだろう。

「シリウス公爵令息殿、どうかしましたかのう?」
「おっと、すみません。少し考えて事をしていました」
「いえいえ、謝罪の必要はありませんよ。どこかお加減が悪いのかと気になっただけですのでな」
 授業中に考え事をしていたものだから先生に注意されてしまった。その後は何とか集中して授業を乗りきったが、心配事は増すばかりだった。
「シリウス様が授業に集中できないなんて珍しいですわね。何かお悩み事ですか?」
「まさか、あたし達以外の女の事を考えてた!?」
 フェオのまさかのあり得ない発言に二人と一本の顔がサッと青ざめた。
「違う違う!実は犯人探しの件でですね・・・」
 斯々然々と説明したところ、フェオからこんな提案があった。
「シリウスも魔力を見れるようになればいいのよ」
「その様な事ができるようになるのですか?」
 クリスティアナ様は半信半疑な様子。魔力を見ることができる魔法はもう存在するのかな?
「目を魔眼にすればいいのよ。それじゃ早速」
「ストップ、フェオ!俺の目を潰すつもりだろ!?」
 俺の目に向かって鋭い手刀を突き入れようとしていたフェオを慌てて止めた。
「よく分かったわね。シリウスの目を魔眼と入れ替えようかと思ったのに」
「そんな痛そうなのは却下だ。魔力が見れるようになる魔法はないのか?」
 フェオは腕を組んで考え込んだ。
「う~ん、必要ないから知らないかな~」
 確かに妖精は日頃から魔力が見えてるので、そんな魔法は必要ないか。
「やっぱり新しい魔法を創るしかないか」
「魔力が見れる魔法を創れるのですか?」
「やってみない事には何とも言えないですね。取り敢えずやって見ましょうか」
 結果として、魔力を見る魔法は創る事ができなかった。原因は恐らく、前世に魔力という概念が無かったからだろう。自分自身が魔力とは何たるかの本質を良く分かってなかったからだろう。
「・・・できない」
「シリウス様に創れない魔法があるだなんて・・・そんなに落ち込まないで下さいませ。人間ですもの、苦手な物の一つや二つはありますわ」
「流石のシリウスでもだめか~。魔眼いる?」
 シュッシュッと手刀を突き出すフェオ。こいつ、楽しんでやがる・・・ん?そうだ!
「魔法を創らなくても、魔力が見えるフェオが居るじゃないか。フェオ、犯人探しは任せたぞ」
 ポンと優しく、フェオの小さな肩を叩いた。そして手柄はフェオに。これならば犯人も捕まえることができ、俺が目立つこともない。何という素晴らしい作戦!これはいけるぞ。
「え~?しょうがないなぁ」
 そう言いながらも満更でもない様子のフェオ。実は魔力が見えない代わりに、熱を感知して視界に表示する魔法、サーモ、をすでに開発済みなのはナイショだ。多分、このサーモの魔法でも対応できると思うが、切り札は多い方がいい。今は黙っておこう。
「それでは早速犯人探しですわね。何処から探しますか?」
「手がかりがないので、しばらくは様子見ですかね。いつどこで姿を現すか分からないですから、しばらくの間はクリスティアナ様の護衛も兼ねて、どこまでもついて回るつもりです」
 狙いはおそらく彼女。片時も目を離す訳にはいかないな。
「ええ!?お、お風呂やトイレの時もですか?」
「お風呂もトイレもです」
 もちろん冗談だが、極めて真面目な面持ちで言った。
「エロオヤジ・・・」
「!?い、いや、まだピチピチの7才児だからね?」
 ジト目のフェオに慌ててフォローを入れた。これはクリスティアナ様にもフォローを入れておいた方がいいかも知れない。
「じ、冗談ですからね、クリスティアナ様?」
「一緒にお風呂、一緒にトイレ・・・」
 真っ赤な顔でブツブツと呟いていた。これは何だか悪い予感がするぞ。俺が僻地へ左遷される日も近いのかもしれない。
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