悪役令嬢役を頼まれたので頑張ってはいるものの、何だか雲行きが怪しいですわ

えながゆうき

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悪役令嬢ムーブ、始めました!

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 ここは真っ白い空間。
 目の前に女神のような人物が静かに立っている。
 頭には天使の輪、背中には白い翼。
 私は瞬時に理解した。
 自分が死んだということに。

 生前の私は体が弱かった。幾度となく入退院を繰り返していたのだが、ついに力尽きてしまったらしい。どうやら、先頃はやりだした新型ウイルスの猛威をもろに受け、あっけなく人生の幕を閉じたようである。
 
 目の前に神様がいる展開。これは生前に散々小説で読んできた「異世界転生」のパターンとまったく同じである。きっとこれから私は、どこかの世界に大きな使命を携えて転生するんだわ。
 間違いない!

 生きているときは「この世に神などいない!」と思っていたが、どうやら神様はいたようである。ありがとう、神様ー!

 胸の前で両手を組むと、神様からの続く言葉を待った。

『あなたにお願いがあって参りました。どうか、「イザベラ・ランドール公爵令嬢」に転生して、この世界を救ってもらえませんか?』
「……え?」

 やはりこの世に神などいない!


 その名前にはものすごーく、聞き覚えがあった。
 私の記憶が確かなら、その「イザベラ・ランドール公爵令嬢」は、世界規模で大人気の乙女ゲームに登場する、悪名高き、悪役令嬢の名前だったはずである。
 
 こう見えても私は、そのゲームの沼にずっぽりと、それこそ頭までつかっていた。
 それこそ、公式のゲーム設定から、開発者しか知らない裏設定まで。書籍化された小説も全て読んだ。もちろん、コミカライズされたものも全部読んだ。
 
 そう。私はその乙女ゲームのマニアなのだ。そのゲームに出てきたことについては、知らないことはほぼないだろう。そのため、その人物がどのような終わり方をするのかも、良く知っている。
 
 どうしてそんな、どのルートを選んでもギロチンの刑に処され、最後には処刑台の露に消えるような人物に転生しろなどと言うのか。どうせ転生するのなら、ヒロインのソフィアに転生したい。
 みんなにちやほやされるしゅじんこうに、わたしはなりたい。

『ですから、イザベラ・ランドール公爵令嬢にですね……』

 どうやら目の前の女神様(?)らしき人は、気を利かせて同じ言葉を繰り返してくれたようである。でも違う。そうじゃない。

「いや、それは分かるんですけど、どうして私がその人物に転生しなければならないのですか?」
『ああ、なるほど。えっと、そうですね……。私の作った世界のバランスが崩れかけていてですね、崩壊寸前なのですよ。それを救うためには、どうしてもイザベラ・ランドール公爵令嬢の存在が必要なのです!』

 ……どんな原理? 原理は良く分からないが、どうやら私がイザベラ・ランドール公爵令嬢に転生しないと、この女神様の作った世界がまずいことになりそうなことだけは理解できた。

 だがしかし、である。将来破滅することが確定している人物に、誰が転生したいと思うだろうか? 少なくとも私は思わない。

『えっと、あなたは確か、ほとんど寝たきりの生活をしていたのですよね? 処刑されるのは十八歳のときなので、それまでは健康的な体で自由に生活することができますよ! それに身分は公爵令嬢。わがままも、ぜいたくも、やりたい放題ですよ!』

 怪しい。めちゃくちゃ、怪しい。それに悪徳商法のやり方にとても似ている。でもつり下げられた餌はとてもおいしそうだ! どうする?
 ……うん、十八年間も生きられたら御の字か。前世と合わせれば、それなりに生きたことになるし。
 何よりも、少なくともその世界の人たちを救うことができるからね!

「分かりました。私で務まるのならば喜んでやります。私はそこで何をすればいいのですか?」
『え? 本当ですか! やったー! 誰も引き受けてくれなくて困っていたのですよ。やることは簡単です。ゲームの通り、悪役令嬢を演じるだけです。OK?』
「OK!」

 私がサムズアップで返事をすると、白い空間はまばゆい光に包まれた。そして目の前にいた人物の姿があっという間に見えなくなった。


 ゆっくりと下に向かって落ちて行く、かすかな感触がする。その途中で、私はどこかの誰かが小さなため息をついた音を聞いたような気がした。
 さっきの女神様とは違う人のような気がしたのだが、私の気のせいだろうか? まあ、いいか。
 
 やはり転生したときの第一声は、「おぎゃあ!」だろうか? さすがに真顔で「スン……」ってお澄まししていたら、多分引かれるわよね。
 攻略本にも、小説にも、スピンオフにも、生まれたばかりのイザベラの第一声は書かれてなかったのよね~。困った困った。
 とりあえず、無難におぎゃつくことにしよう。


 ****

 ここは天界。地球の日本から無理やり持って来た魂を、地表へと送り込んだあとの世界。
 
『良かった。ようやく引き受けてくれる魂を見つけられたわ』

 女神のような人物は口の片側だけを器用に上げて、ニヤリとほほ笑んでいた。
 
『悪役令嬢の役を引き受けてくれるような魂はそうそういないとは思っていたけど、これほどまで苦労するとは思わなかったわ。でもこれで大丈夫。あとはここから眺めておくだけだわ。私の世界にあの世界を再現するのよ。楽しみにだわ!』

 再び女神のような人物はニヤリと笑った。
 しかし、彼女は知らない。
 つい今し方送り届けた魂が、その世界の裏の裏まで知り尽くした人物であることを、まだ知らなかった。

 ****
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