終 R18 リセットされた夫

にじくす まさしよ

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もう一つの悦び side ライト

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 ライトは、ディが生存し保護されている事を、夜明けとともに、現地で捜索を続けている騎士たちに伝えに向かった。だが、この場所から崖の上までの道のりを知らないため、イーと名乗った女性に案内してもらう事にする。

「イー殿、貴女には世話になりっぱなしで……。スタンピードの直接被害に遭った貴女たちこそ大変だというのに、申し訳ない」

「騎士様、困っている人がいたら助けるのが人の道理ってやつよ! それに、黒の騎士様を助けた事で、聖女様が私たちの村への謝礼も援助を惜しまないって約束してくださっているし。ま、それがなくても、人が一人でも多く助かって嬉しいわ。この国の王様たちは私たちみたいな小さな村の人々もちゃーんと助けてくれるんだけどさ。やっぱ、先立つ物があったほうが嬉しいじゃないですか」

「そうだな。イー殿の言う通りだ」

「それに、ライト様は大国の騎士様なのでしょう? 他国の騎士様がたも、私たちのために戦ってくださったって聞きました。今日、こうして明るい太陽を見る事が出来るのも騎士様のおかげです!」

「いや、イー殿たちひとりひとりが出来る事をしたからだ。私の助力など、とるに足らない小さなものだ」

「それはそうと……、あの……。さっきは失礼な事を言いすぎてしまって。身の程をわきまえずに興奮して怒ってしまい……申し訳ございません」

「いや、私たちの危険で愚かな行動をあれほど注意してくれたのは、心配しての事だろう? 貴女の言うことはもっともだった。それに、私は部下たちにもっと厳しくしているし、うちの騎士団では平民でも実力があるものが団長にもなれるからな。戦場では身分も何も関係ない。見ず知らずの我々の事を救助し、尚且つ注意してくれた優しい貴女の心遣いに、私は嬉しく思う。今後は、自分自身のためだけでなく、周囲の事も考えて慎重に行動しよう」

 ディが命の危機を脱したあと、すやすやエルの胸にすがるように眠りについた。今頃は、粗末だが藁で作られた敷布団の上で、エルの膝枕で休んでいるだろう。

 ふたりがいる半壊した家の中で、イーは真夜中の彼らの行動を嗜めたのだ。エルやライトの行動は、あまりにも無謀過ぎたし、下手をすれば、ふたりだけでなく、救助に当たったイーやイーの兄弟たちだって危険に巻き込まれたかもしれない。 

 相手は、聖女に大国の騎士で貴族だ。イーたちにとって、雲の上のような存在である。彼らが無事な姿を見て、胸が熱くなった事もあり、最初はやんわり注意するつもりだったのが、徐々にヒートアップして口調が厳しくなってしまった。

『はぁー。だいたい、あんな場所、降り慣れている私たちだって危険だと言うのに。今回は運が良かっただけです。あんな真似をしちゃいけないんですっ! それを、あなたたちは……。全く、バカなんですか? むぐぅ!』

『ちょっと、イー! ストップストップ! 言い過ぎだ!』

 彼女の兄弟が止めなければ、村のやんちゃ坊主たちに相対するようにゲンコツがふたりの頭上に落ちたかもしれない。

 兄に羽交い絞めされて、弟に口をふさがれたイーは言い過ぎた事に青ざめて、土下座する勢いで謝罪した。投獄されるかもと恐れおののいていたが、聖女は、素直に謝罪を述べた後心から心配してこうして叱ってくれてありがとうと言うし、大国の騎士も同様だった。


 他国では不敬罪に問われかねなかった彼女の行為は、当人たちによって不問とされた。


 イーは、お咎めがない事を知ると、すぐに気持ちを切り替えた。そして、ライトが崖の上に行く案内役を申し出たのだった。兄と弟は、まだ体調の悪い村人の救護をするため残っている。

「あの、それで、ですね、騎士様。私、自分で歩きますから……」

「いや、貴女のか弱く細い足が傷ついては大変だ。羽のように軽いし、このまま登らせてもらう。それに、ライトと呼んで欲しい。その、気づいているのだろう?」

 ライトは、険しい山道をイーを大切な姫君のように、逞しい腕で横抱きにしていた。厚い胸板は、荒い息で上下しているものの、彼の足取りは疲れを知らないかのように軽やかに衝撃を上手く吸収させて歩く。イーは、そんな彼に頬を赤く染めながら、照れくさそうに微笑んだ。

「はい……」

「まさか、帰国する寸前にエル様を護衛するために来たこの場所で、私の唯一と会えるとは。愚かな行為をしたが、貴女に出会えたのだから、私は夜の行動に後悔などないんだ。こう言ったら、また叱られてしまうか? イー殿になら、何時間でも叱られてもいいが」

「あ、あれは……。い、いつもはあんなにもガミガミ言わないんです。もう、忘れてください……」

「はは、貴女がそう言うのなら、忘れる努力はしよう。あと、私はイー殿をこの腕から離す気はない。それとも、もう相手がいるのか?」

「そ、そんな相手いません、ライト様……。でしたら、私の事も、イーと呼んでください」

「イー。私の番は可愛いすぎる。ああ、このまま国に連れ帰り、すぐにでも結婚したい」

「ライト様……」

 周囲は、ロマンチックとは程遠い、荒れ果てた山道だ。見えるのは、ごつごつした岩肌と、背の高い木々だけで美しい景色なんてものはない。
 聞こえてくるのは、微かな鳥の鳴き声とかさりと動く草や葉の奏でるメロディのみ。だというのに、ふたりにはここが世界で一番輝く、まさに天井にいる神々がいるヴァルハラのようだ。

 偶然にも、彼らには恋人も惹かれる異性もいなかった。ライトなど、24歳の貴族なのだから妻子がいて当然だというのに、自由気ままに過ごしたいと言って、孫を早く見せろと言う両親の小言を右から左に流すどころか、跳ね返していたのである。

「イー、私と共に来てくれるか?」

 イーは、胸が熱くなりすぐに頷こうとした。けれど、村にいる家族やこれまで一緒に支え合って来た村人たちの顔が頭を掠める。自分がいなくなったら、彼らは悲しむだろうし、自分も会えなくなるのが辛い。

「ライト様、私も離れたくありません。ですが、あまりにも急な事で、その……。それに、私は平民だし……」

 同じ村の人なら二つ返事でライトについていっただろう。せめて同じ国ならばと、イーは唇を噛んだ。

  大きな体躯の、愛しさが秒ごとに膨れ上がる番の優しい瞳。彼は大国の貴族だから、反対されたり、反対はなくとも、貴族のご令嬢が良かったにちがいないと不安が生まれる。だが、何もかも捨ててでも、ライトについていきたいし、このまま腕に抱かれたまま連れ去って欲しいとも思うほど、たった数時間で彼への気持ちが膨れ上がっている。

「ああ、勿論だ。私との事を、ご家族にも祝福して貰わないとな。皆、イーの幸せを願う人たちだろう? それに、身分など気にしなくていい。ずっと独身を気取っていた私がイーを花嫁として連れて帰ったら、うちの者たちも喜ぶ」

  ライトとイー。別々の国に産まれ育った番の奇跡的な出会いは、少なくない犠牲を伴ったスタンピードの爪痕に悲嘆にくれていた双方の国の人々にとって、明るい希望の光となったのである。
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