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表情はとてもにこやかだけれど、歓迎されていないのがありありと分かる。おそらくというよりも、絶対に悪女という噂がここまで届いているにちがいない。
辺境伯側としては、全く望まぬ罪人を押し付けられたのだから、辺境伯の内心はともかくとして家臣がわたくしに敵対心を持つのも当たり前だと思い、そっと嘆息する。
(お父様が、事情を全て記して送った手紙だけでは納得しなかったのかしら?)
あからさまに、わたくしを馬鹿にしたような彼の態度に腹を立てたウールスタたちが、彼を攻撃しようとするのを手を挙げて制した。
「ウールスタ、トーンカッソス、控えてちょうだい」
「ですが、お嬢様! 最初の門番の対応だけでも腹立たしかったんですよ。けれど、誤解もあったようなので黙りました。ですが、この人物は全て知った上であんな態度をとっているんですよ? 止めないでください!」
「まぁまぁ、ウールスタさん。お嬢様がそう仰っているんですから、ここも俺たちはひきましょう。どうせ、この男も大した事はないでしょうし? 弱いなんとかほどよく吠えるというじゃないですか。俺たちの敵じゃないでしょうね」
ウールスタはわたくしの意志にはっきり反論し、トーンカッソスはわたくしの命を受けたと言いつつ挑発をして相手から攻撃させ、正当防衛でけちょんけちょんにしようと虎視眈々と狙っている。
「こらこらこらー。やめなさーい。ふたりとも、ちょーっと落ち着いてってば。こんなところで争っても仕方がないでしょう? それに、どうやら最上級のおもてなしをしてくれるというのだから、そちらに早く行きましょうよ。わたくし、もう疲れちゃったー」
そう言うと、ふたりはムッとした表情を隠しもしないで一歩下がる。それを見届けた後、男性に向き合って微笑んだ。
「うちの者が失礼しましたわ。辺境伯様は寛大な方だと聞いております。この程度の些細なおちゃめくらい、笑って許して下さる度量はあると信じておりますわ。まあ、こちらとしましても門のところで失礼な対応をされましたし、ここはそちらも収めて頂けるとありがたいですわ。連絡の行き違いがあったのでしょう? このような凡ミスや不手際は、誰にでもあるもの。これから気を付けて頂ければ、わたくしは気にしませんわ?」
喧嘩を売られたので、嫌味で応酬すると男性は悔しそうに眉と唇をゆがめた。整った顔立ちのイケメンなのだから、微笑んでいてくれたほうが目の保養になるというのに、とても残念だと思う。
きょろきょろと、旦那様となるべき方の姿を探すが、周囲にいるのは全員使用人ばかりのようだ。
ここで訊ねるわけにもいかず、案内されたサロンでお茶と、新鮮で真っ赤な甘酸っぱい苺やナッツが入ったチョコレートをいただく。
長時間旅をしてきたから疲れているわたくしたちに、疲労回復の効果がある物を用意してくれるとは、気の利いた人物がいるらしい。これは、どう考えてもさっきの人物が用意したのではないだろう。落ち着いたら、これをセッティングした人物を紹介してもらおうと思った。
ウールスタとトーンカッソスは、わたくしの側から離れないつもりらしい。いわば敵陣のような場所で、わたくしを一人置いておくわけにはいかないのだろう。
本来であれば、裏方で休憩しつつ、今後の生活や仕事のための情報を収集しつつ使用人たちと交流を深めなければならないというのに。ここの使用人たちも、あえて彼らを呼んで案内や紹介をする気はないようだ。
これは、思った以上にアウェー状態というやつかもしれない。このまま追い出されたらどうしようと、面白そうな展開になるも悪くないとワクワクドキドキして口の端があがる。
とりあえず、あちらの要求を全て聞く事にしようと考え、レモンの酸味とビタミンたっぷりのお茶を口に含んだ。
お茶を飲み干しても、誰も来ない。流石に失礼だとウールスタが鼻息を荒くして責任者を呼びつけようとしたところ、さっきの男性がやってきた。そう言えば、名前を聞いていない。つくづく馬鹿にされたものだ。
「お嬢様、お待たせいたしました。主に報告をして、お嬢様に伝言を預かってまいりました」
先ほど、あのような事があったというのに、あくまでも公爵令嬢としてのお客様への対応しかしないらしい。この国の上位に位置する公爵家の令嬢として対応するのだから、もっと礼儀を重んじて貰いたいものだが。
「申し遅れました。私は主の筆頭執事をしております。マシユムールとお呼びください」
彼が洗練された一礼をすると、やっと自己紹介をした。彼は、わたくしを怒らせたいのか、泣かせたいのか。両方かもしれない。しっぽを巻いてさっさと家に逃げ帰れといったところか。
「そう、ではマシユムール。今後ともよろしくね。……で、辺境伯爵様はなんとおっしゃっているのかしら?」
ここで感情的になっても、彼の思う壺だろう。わたくしは、一番重要な人物の伝言とやらが気になり先を促した。
「王族の命令だから仕方なく罪人であるあなたを娶った。妻に娶らねばならないため、書類だけはきちんと出しておこう。ただし、この先はあくまでも客人として何もせず過ごすように、との事です」
「あら」
もうダメだこの執事、これで本当に筆頭執事と言えるのかと思い頭を抱えた。ヤーリ王子以外に、これほどまでに頭を悩ませる人物が辺境にいるとは思わなかった。しかも、彼は王子よりも随分年上に見える。彼がこんな態度なら、他の人たちはどんなものなのかと思いかけて、どうせ碌な結論にしかならないと思考を止めた。ある意味、本当に家に帰りたくなる。
後ろの二人は、もはや怒気を露わにしてマシユムールに殺気を飛ばしていた。ふたりの魔力が溢れだし、テーブルの上の茶器がカチャカチャ鳴る。びりびりとした緊迫感と圧迫感が部屋中に張り詰め、部屋は一触即発の雰囲気になった。
辺境伯側としては、全く望まぬ罪人を押し付けられたのだから、辺境伯の内心はともかくとして家臣がわたくしに敵対心を持つのも当たり前だと思い、そっと嘆息する。
(お父様が、事情を全て記して送った手紙だけでは納得しなかったのかしら?)
あからさまに、わたくしを馬鹿にしたような彼の態度に腹を立てたウールスタたちが、彼を攻撃しようとするのを手を挙げて制した。
「ウールスタ、トーンカッソス、控えてちょうだい」
「ですが、お嬢様! 最初の門番の対応だけでも腹立たしかったんですよ。けれど、誤解もあったようなので黙りました。ですが、この人物は全て知った上であんな態度をとっているんですよ? 止めないでください!」
「まぁまぁ、ウールスタさん。お嬢様がそう仰っているんですから、ここも俺たちはひきましょう。どうせ、この男も大した事はないでしょうし? 弱いなんとかほどよく吠えるというじゃないですか。俺たちの敵じゃないでしょうね」
ウールスタはわたくしの意志にはっきり反論し、トーンカッソスはわたくしの命を受けたと言いつつ挑発をして相手から攻撃させ、正当防衛でけちょんけちょんにしようと虎視眈々と狙っている。
「こらこらこらー。やめなさーい。ふたりとも、ちょーっと落ち着いてってば。こんなところで争っても仕方がないでしょう? それに、どうやら最上級のおもてなしをしてくれるというのだから、そちらに早く行きましょうよ。わたくし、もう疲れちゃったー」
そう言うと、ふたりはムッとした表情を隠しもしないで一歩下がる。それを見届けた後、男性に向き合って微笑んだ。
「うちの者が失礼しましたわ。辺境伯様は寛大な方だと聞いております。この程度の些細なおちゃめくらい、笑って許して下さる度量はあると信じておりますわ。まあ、こちらとしましても門のところで失礼な対応をされましたし、ここはそちらも収めて頂けるとありがたいですわ。連絡の行き違いがあったのでしょう? このような凡ミスや不手際は、誰にでもあるもの。これから気を付けて頂ければ、わたくしは気にしませんわ?」
喧嘩を売られたので、嫌味で応酬すると男性は悔しそうに眉と唇をゆがめた。整った顔立ちのイケメンなのだから、微笑んでいてくれたほうが目の保養になるというのに、とても残念だと思う。
きょろきょろと、旦那様となるべき方の姿を探すが、周囲にいるのは全員使用人ばかりのようだ。
ここで訊ねるわけにもいかず、案内されたサロンでお茶と、新鮮で真っ赤な甘酸っぱい苺やナッツが入ったチョコレートをいただく。
長時間旅をしてきたから疲れているわたくしたちに、疲労回復の効果がある物を用意してくれるとは、気の利いた人物がいるらしい。これは、どう考えてもさっきの人物が用意したのではないだろう。落ち着いたら、これをセッティングした人物を紹介してもらおうと思った。
ウールスタとトーンカッソスは、わたくしの側から離れないつもりらしい。いわば敵陣のような場所で、わたくしを一人置いておくわけにはいかないのだろう。
本来であれば、裏方で休憩しつつ、今後の生活や仕事のための情報を収集しつつ使用人たちと交流を深めなければならないというのに。ここの使用人たちも、あえて彼らを呼んで案内や紹介をする気はないようだ。
これは、思った以上にアウェー状態というやつかもしれない。このまま追い出されたらどうしようと、面白そうな展開になるも悪くないとワクワクドキドキして口の端があがる。
とりあえず、あちらの要求を全て聞く事にしようと考え、レモンの酸味とビタミンたっぷりのお茶を口に含んだ。
お茶を飲み干しても、誰も来ない。流石に失礼だとウールスタが鼻息を荒くして責任者を呼びつけようとしたところ、さっきの男性がやってきた。そう言えば、名前を聞いていない。つくづく馬鹿にされたものだ。
「お嬢様、お待たせいたしました。主に報告をして、お嬢様に伝言を預かってまいりました」
先ほど、あのような事があったというのに、あくまでも公爵令嬢としてのお客様への対応しかしないらしい。この国の上位に位置する公爵家の令嬢として対応するのだから、もっと礼儀を重んじて貰いたいものだが。
「申し遅れました。私は主の筆頭執事をしております。マシユムールとお呼びください」
彼が洗練された一礼をすると、やっと自己紹介をした。彼は、わたくしを怒らせたいのか、泣かせたいのか。両方かもしれない。しっぽを巻いてさっさと家に逃げ帰れといったところか。
「そう、ではマシユムール。今後ともよろしくね。……で、辺境伯爵様はなんとおっしゃっているのかしら?」
ここで感情的になっても、彼の思う壺だろう。わたくしは、一番重要な人物の伝言とやらが気になり先を促した。
「王族の命令だから仕方なく罪人であるあなたを娶った。妻に娶らねばならないため、書類だけはきちんと出しておこう。ただし、この先はあくまでも客人として何もせず過ごすように、との事です」
「あら」
もうダメだこの執事、これで本当に筆頭執事と言えるのかと思い頭を抱えた。ヤーリ王子以外に、これほどまでに頭を悩ませる人物が辺境にいるとは思わなかった。しかも、彼は王子よりも随分年上に見える。彼がこんな態度なら、他の人たちはどんなものなのかと思いかけて、どうせ碌な結論にしかならないと思考を止めた。ある意味、本当に家に帰りたくなる。
後ろの二人は、もはや怒気を露わにしてマシユムールに殺気を飛ばしていた。ふたりの魔力が溢れだし、テーブルの上の茶器がカチャカチャ鳴る。びりびりとした緊迫感と圧迫感が部屋中に張り詰め、部屋は一触即発の雰囲気になった。
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