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「シュメージュ、マシユムールの態度や、彼から伝えられた辺境伯爵様のお言葉のように、わたくしに対して嫌悪の感情を持つ者もいるとは思っていました。けれど、わたくしにかけられた罪に関しての噂は事実無根であり、嫌疑は冤罪だったと、父がこちらにきちんと証拠とともに手紙を認めているはず。だというのに、確たる証拠もなく罪人と決めつけているのはなぜ? 後ろのふたり……、いえ、今の状況だとトーンカッソスに、かしら? 彼に含みのある物言いなども、非常に不愉快です。わたくしは、王家の命を受けただけでなく、父たちからの勧めもあり、不安でいっぱいでしたけれどこうして少数でこちらに来たというのに……。あんまりだわ」
一歩も引かない、でも、悲しいといった表情を浮かべてシュメージュを見つめる。すると、彼女は明らかに怯んだ。
「そ、それは……」
シュメージュは、間違った情報で先入観を持っていたとしても、こうして話をすれば理解しようとする平常心も優しさもある。こういう女性は大好きだ。親密になれば、きっとやりたかった事をさせてくれるかもしれないと、弱弱しい笑みを浮かべた。
「わたくしだって、王都で辺境伯爵様の噂をたくさん耳にしていましたわ。けれど、自分の目で見て、この耳で聞いてからでないと、その噂の真理に近づけやしない。会いたくないと仰っているらしいから、お会いできそうにありませんけれど、そうではなくて? せめて食事を運ぶ時だけでいいから、わたくしたちの事を少しずつ知ってもらえないかしら?」
「……奥様。私が間違っておりました。誠心誠意お仕えすると伝えたばかりだというのに先入観で視野が狭くなっていたようです。申し訳ございません……。ただ、少々確認したい事があります」
彼女に対して堂々と誠意を持って言葉を重ねると、大抵の人々は誤解したまま表面上を取り繕おうとして拗れていくだけだというのに、わたくしと彼女の間の認識の違いなどを確認しようとするなど、きちんと対応を改めようとする事の出来る女性だと確信した。
わたくしの言葉に彼女にもひっかかりがあるのだろう。ならば、時を置かず、今確認するほうが得策だ。彼女も、わたくしが多少の意見を聞いて貰えると判断したに違いない。
「いいわ。遠慮なく、今言ってちょうだい」
「重ね重ね失礼を申します事をお許しください。先ほど奥様が仰られた、バヨータージユ公爵から、手紙が届いたなど聞いてはおりません。僭越ながら、私は奥様に仕えるために、旦那様からこの度の事に関する全てをお聞きしておりますので、それは間違いないのでございます」
「え? 届いていないですって? わたくしが到着するより早く届いているはずなのに?」
わたくしは一瞬何を言われたのかわからず、思わずぽかんと口を開けたまま閉じる事なく彼女の言葉を聞き続けた。
「はい、届いておりません。マシユムールにしましても、当初の噂を鵜呑みになどしておりませんでした。ただ、調べたところ、王都の噂の出所が王家であった事や派閥の違う複数の家門だったのです。それで……。いえ、もっと深く調査すべきでございました。すぐに、この件は旦那様に報告致しますので、どうか、この場は私にお任せ願えませんでしょうか?」
「そう……、わかったわ、シュメージュ。この一件はあなたに任せましょう」
完全に、父からの手紙を見た上での、それでもあの対応だと思っていた。父の事だ、手紙が途中で紛失したり、何者かの手に渡らないように厳重に魔法でこちらに届くよう魔法をかけていたはずなのだから。
しかし、シュメージュはその手紙を見ていないという。
(これは、一体どういう事かしら?)
証拠と共に出したと父が言っていたから、あれには王家の印の入った文書もあるに違いない。紛失したとなれば、大問題だ。
わたくしは、別の意味で頭が痛くなった。すぐに父達に報告しなくてはならないだろう。
「奥様、それと、旦那様の事なのでございますが……。マシユムールはなんと奥様に伝えたのでしょう? いいえ、これは旦那様ご自身が奥様に伝えるべきですわね。では、奥様。本日の食事は、何か苦手などございますでしょうか?」
手紙の事を考えていたせいで、シュメージュの話の前半を聞き逃してしまった。何か言っていたけれど、手紙の行方より重要な事だとは思えない。聞き返すのも野暮だろう。辛うじて聞こえた食事について返事をした。
「え? 食事? ああ、そうね。わたくしたちは特に好き嫌いはないからお任せするわ。この地方には王都にない食材がたくさんあると聞いているから楽しみにしているわね」
「はい、料理長もプライドをかけて奥様の舌に合うよう食事を作っております故、もう少々お待ちくださいませ」
シュメージュが退室した後、不満げなウールスタとトーンカッソスを座らせて今後の話をする事にした。
「お嬢様、あのシュメージュという女性は信用していいかと思います。少々気に障る言動はありましたが、さっきのマッシュルームおじさんとは雲泥の差。比べたら失礼でしょう」
「やっぱりあなたもそう思う? ふふふ、ウールスタの勘は鋭いし、わたくしの考えと一緒で安心したわ。それにしても、マシユムールに厳しいわねぇ……。ま、あの執事に関しては、このまま大人しく言われっぱなしにはしないけれど。ところで、あなたもマシユムールと同じく、わたくしをお嬢様と呼ぶのね」
「だって、お嬢様。辺境伯爵様がお嬢様と婚姻する気がないのであれば、奥様とはとてもお呼びする事はできませんって。あのおっさんの事は、横取りしようとせず、俺たちにお任せくださいね? お嬢様は、もっと大事な事だけに集中していてください」
「トーンカッソスまで……。ふたりとも、ほどほどにね。それにしても、王家の印が入った証拠の文書が紛失するだなんて……。とんでもない事だわ」
ウールスタが淹れた柑橘系のお茶を飲む。ほどよい酸味が、体も心もシャキッと出来て、混乱しつつあった頭も冴えてきた。
一歩も引かない、でも、悲しいといった表情を浮かべてシュメージュを見つめる。すると、彼女は明らかに怯んだ。
「そ、それは……」
シュメージュは、間違った情報で先入観を持っていたとしても、こうして話をすれば理解しようとする平常心も優しさもある。こういう女性は大好きだ。親密になれば、きっとやりたかった事をさせてくれるかもしれないと、弱弱しい笑みを浮かべた。
「わたくしだって、王都で辺境伯爵様の噂をたくさん耳にしていましたわ。けれど、自分の目で見て、この耳で聞いてからでないと、その噂の真理に近づけやしない。会いたくないと仰っているらしいから、お会いできそうにありませんけれど、そうではなくて? せめて食事を運ぶ時だけでいいから、わたくしたちの事を少しずつ知ってもらえないかしら?」
「……奥様。私が間違っておりました。誠心誠意お仕えすると伝えたばかりだというのに先入観で視野が狭くなっていたようです。申し訳ございません……。ただ、少々確認したい事があります」
彼女に対して堂々と誠意を持って言葉を重ねると、大抵の人々は誤解したまま表面上を取り繕おうとして拗れていくだけだというのに、わたくしと彼女の間の認識の違いなどを確認しようとするなど、きちんと対応を改めようとする事の出来る女性だと確信した。
わたくしの言葉に彼女にもひっかかりがあるのだろう。ならば、時を置かず、今確認するほうが得策だ。彼女も、わたくしが多少の意見を聞いて貰えると判断したに違いない。
「いいわ。遠慮なく、今言ってちょうだい」
「重ね重ね失礼を申します事をお許しください。先ほど奥様が仰られた、バヨータージユ公爵から、手紙が届いたなど聞いてはおりません。僭越ながら、私は奥様に仕えるために、旦那様からこの度の事に関する全てをお聞きしておりますので、それは間違いないのでございます」
「え? 届いていないですって? わたくしが到着するより早く届いているはずなのに?」
わたくしは一瞬何を言われたのかわからず、思わずぽかんと口を開けたまま閉じる事なく彼女の言葉を聞き続けた。
「はい、届いておりません。マシユムールにしましても、当初の噂を鵜呑みになどしておりませんでした。ただ、調べたところ、王都の噂の出所が王家であった事や派閥の違う複数の家門だったのです。それで……。いえ、もっと深く調査すべきでございました。すぐに、この件は旦那様に報告致しますので、どうか、この場は私にお任せ願えませんでしょうか?」
「そう……、わかったわ、シュメージュ。この一件はあなたに任せましょう」
完全に、父からの手紙を見た上での、それでもあの対応だと思っていた。父の事だ、手紙が途中で紛失したり、何者かの手に渡らないように厳重に魔法でこちらに届くよう魔法をかけていたはずなのだから。
しかし、シュメージュはその手紙を見ていないという。
(これは、一体どういう事かしら?)
証拠と共に出したと父が言っていたから、あれには王家の印の入った文書もあるに違いない。紛失したとなれば、大問題だ。
わたくしは、別の意味で頭が痛くなった。すぐに父達に報告しなくてはならないだろう。
「奥様、それと、旦那様の事なのでございますが……。マシユムールはなんと奥様に伝えたのでしょう? いいえ、これは旦那様ご自身が奥様に伝えるべきですわね。では、奥様。本日の食事は、何か苦手などございますでしょうか?」
手紙の事を考えていたせいで、シュメージュの話の前半を聞き逃してしまった。何か言っていたけれど、手紙の行方より重要な事だとは思えない。聞き返すのも野暮だろう。辛うじて聞こえた食事について返事をした。
「え? 食事? ああ、そうね。わたくしたちは特に好き嫌いはないからお任せするわ。この地方には王都にない食材がたくさんあると聞いているから楽しみにしているわね」
「はい、料理長もプライドをかけて奥様の舌に合うよう食事を作っております故、もう少々お待ちくださいませ」
シュメージュが退室した後、不満げなウールスタとトーンカッソスを座らせて今後の話をする事にした。
「お嬢様、あのシュメージュという女性は信用していいかと思います。少々気に障る言動はありましたが、さっきのマッシュルームおじさんとは雲泥の差。比べたら失礼でしょう」
「やっぱりあなたもそう思う? ふふふ、ウールスタの勘は鋭いし、わたくしの考えと一緒で安心したわ。それにしても、マシユムールに厳しいわねぇ……。ま、あの執事に関しては、このまま大人しく言われっぱなしにはしないけれど。ところで、あなたもマシユムールと同じく、わたくしをお嬢様と呼ぶのね」
「だって、お嬢様。辺境伯爵様がお嬢様と婚姻する気がないのであれば、奥様とはとてもお呼びする事はできませんって。あのおっさんの事は、横取りしようとせず、俺たちにお任せくださいね? お嬢様は、もっと大事な事だけに集中していてください」
「トーンカッソスまで……。ふたりとも、ほどほどにね。それにしても、王家の印が入った証拠の文書が紛失するだなんて……。とんでもない事だわ」
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