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案内された離れは、少々こじんまりしているが、整備された庭を一望出来る。庭には美しい花や木が植えられており、疲れた心を癒やした。
歓迎されていないから、荒れ果てた場所なのかと思いきや、2階建ての離れは、調度品はやや古めかしいものの、埃ひとつ落ちていない。
「わたくしが住む場所は、もともとこちらを予定していたのかしら?」
「いえ、旦那様の私室の隣にある一番大きくて素晴らしい部屋をご用意しておりました。マシユムールから、奥様の意向を伝えられ、急遽わたくしがこちらを準備させていただいたのでございます。調度品などは、本日中にはこちらに移動できず、誠に申し訳ございません」
「いえ、調度品はこのままで結構ですわ。落ち着いたデザインですし、亡き母が好んで使用していた物を思い出しますもの」
「奥様、寛大なお言葉ありがとうございます」
シュメージュは、わたくしに対して敵意がなさそうだ。彼女は、どこかのマシユムールと違って、わたくしに対してもきちんと対応する。長と名乗るからには、彼女のように感情をコントロール出来なくてどうすると、執事長の言動に呆れた。
それとなく、わたくしへの使用人たちの印象はどうなのかを聞いてみたが、それについては口を閉ざしたまま。とても、本人には伝えられない内容なのだろう。ある程度も想像はつくが、げんなりした。
先ほどのお茶やお菓子は、彼女が心を込めて準備してくれたようだ。完全にアウェー状態のわたくしたちに、彼女のような心配りのデキる人がいてほっとする。
「まあ、やはりあのお茶はあなたが……。疲れた体に染みわたるような、とても美味しくて心が落ち着く厳選されたお茶をありがとう」
「まぁ、奥様……。当たり前の事をしたまででございます」
彼女の真摯な姿に、打算的で邪な心が痛む。わたくしたちの生活のために、味方につけようとしただけだったのに。
彼女は本当にいい人のようだから、こちらも真心を込めて接しようと思った。
彼女は父よりも少し年上の落ち着いた感じで、まるで公爵家で亡き母の代わりに面倒を見てくれていた乳母のようだ。清楚な美しさと、強い心根を持つ事が感じられるその瞳と姿勢は隙がなさそうだけれど、どことなく親近感すら湧いた。
ただ、彼女は、後ろのトーンカッソスが気になるみたいだ。わたくしを見つつ、ちらちら彼に視線を動かしていた。
(確かに、性格などは置いといて、トーンカッソスは性別問わずモテるほどの容姿だけれど……)
どう見ても、父と同年代かそれより上のような女性だし、うっとり見つめているというよりは、明らかに警戒している。いや、探りを入れているのかもしれない。どちらにせよ、あまり良い印象のものではなさそうだった。
「奥様、マシユムールから聞いております通り、こちらの住居にはみだりに使用人を立ち入らせないように致します。自由に暮らしていただけるよう、出入りする者も厳選致しましょう。誠心誠意お仕え致します。ですので、奥様も、節度ある行動をしていただきとうございます」
シュメージュは、迷った末に辺境伯の事を慮って言ったのだろう。わたくしに、叱責されると思っているのか、やや青ざめて手がよく見れば震えている。
ひょっとしたら、使用人たちの少しの粗相でクビや鞭打ちなど酷い事をするという、ヤーリ王子たちが流した王都の噂を信じているのかもしれない。
「節度? どういう意味かしら?」
「はい。特に風紀を乱すような、でございます」
(はて、風紀を乱すとは?)
シュメージュは、おずおずと、だが、姿勢を正して視線を反らせることはなかった。王都で流れていた悪女という噂を聞いただけで、このように態度が悪くなるものなのかと考える。
どうにも、彼らの雰囲気や立場にそぐわない言動で、ちぐはぐしているのだ。
男にだらしがないといった噂の方だったかと、つくづくヤーリ王子の所業のせいで、こんなにも苦労が重なるなんてと、直接バカ王子たちの顔にファイアーアローやアイシクルランスをたたき込みたくなった。
とにかく、これからは、不干渉で食住完備の仕事もない生活を送る事ができるのだ。あのまま、ヤーリ王子と結婚すれば、兄の手伝いや、王宮の仕事や社交など多忙すぎる人生が待っていた。
皆のために働くのはやぶさかではないけれども、遊び放題のヤーリを横目に、胃が痛む人生を送った事を考えれば、道中ですれ違う辺境にいる人々の歓迎されない態度や視線などどうでも良いくらい平気よ、耐え忍んで見せるわ……、
とでも嘆くと思ったら、大間違いだ!
やられたらやり返す! お礼は2倍以上、仕返しは相場が100倍に決まっている。けれど、シュメージュに関しては、懐柔作戦のほうがより安泰したぐーたら生活が送れるだろう。
背後のウールスタと、トーンカッソスは、シュメージュのそんな態度と言葉を聞いて戸惑っているようだ。
おそらくは、わたくしが彼女に感じたのと同じように、他はともかくとして、彼女だけはわたくしに対して礼節を守る人物だと考えたはずだ。それに、親世代の女性に対して、いきなり乱暴を働くわけにはいかないとも思っているのだろう。
ふたりは、マシユムールのときと違って、わたくしの動向を伺っている。
はっきり言葉を紡ぎつつ、一生懸命虚勢を張っている心細げで健気な美少女の雰囲気を醸し出してみた。
「いくら、わたくしが悪女という評判が届いているからといって、その言動は看過できないわ」
後ろの二人の、よくいった、このまま暴れてどちらが強者なのか知らしめましょうという好戦的な空気がびしびし背中に突き刺さる。
歓迎されていないから、荒れ果てた場所なのかと思いきや、2階建ての離れは、調度品はやや古めかしいものの、埃ひとつ落ちていない。
「わたくしが住む場所は、もともとこちらを予定していたのかしら?」
「いえ、旦那様の私室の隣にある一番大きくて素晴らしい部屋をご用意しておりました。マシユムールから、奥様の意向を伝えられ、急遽わたくしがこちらを準備させていただいたのでございます。調度品などは、本日中にはこちらに移動できず、誠に申し訳ございません」
「いえ、調度品はこのままで結構ですわ。落ち着いたデザインですし、亡き母が好んで使用していた物を思い出しますもの」
「奥様、寛大なお言葉ありがとうございます」
シュメージュは、わたくしに対して敵意がなさそうだ。彼女は、どこかのマシユムールと違って、わたくしに対してもきちんと対応する。長と名乗るからには、彼女のように感情をコントロール出来なくてどうすると、執事長の言動に呆れた。
それとなく、わたくしへの使用人たちの印象はどうなのかを聞いてみたが、それについては口を閉ざしたまま。とても、本人には伝えられない内容なのだろう。ある程度も想像はつくが、げんなりした。
先ほどのお茶やお菓子は、彼女が心を込めて準備してくれたようだ。完全にアウェー状態のわたくしたちに、彼女のような心配りのデキる人がいてほっとする。
「まあ、やはりあのお茶はあなたが……。疲れた体に染みわたるような、とても美味しくて心が落ち着く厳選されたお茶をありがとう」
「まぁ、奥様……。当たり前の事をしたまででございます」
彼女の真摯な姿に、打算的で邪な心が痛む。わたくしたちの生活のために、味方につけようとしただけだったのに。
彼女は本当にいい人のようだから、こちらも真心を込めて接しようと思った。
彼女は父よりも少し年上の落ち着いた感じで、まるで公爵家で亡き母の代わりに面倒を見てくれていた乳母のようだ。清楚な美しさと、強い心根を持つ事が感じられるその瞳と姿勢は隙がなさそうだけれど、どことなく親近感すら湧いた。
ただ、彼女は、後ろのトーンカッソスが気になるみたいだ。わたくしを見つつ、ちらちら彼に視線を動かしていた。
(確かに、性格などは置いといて、トーンカッソスは性別問わずモテるほどの容姿だけれど……)
どう見ても、父と同年代かそれより上のような女性だし、うっとり見つめているというよりは、明らかに警戒している。いや、探りを入れているのかもしれない。どちらにせよ、あまり良い印象のものではなさそうだった。
「奥様、マシユムールから聞いております通り、こちらの住居にはみだりに使用人を立ち入らせないように致します。自由に暮らしていただけるよう、出入りする者も厳選致しましょう。誠心誠意お仕え致します。ですので、奥様も、節度ある行動をしていただきとうございます」
シュメージュは、迷った末に辺境伯の事を慮って言ったのだろう。わたくしに、叱責されると思っているのか、やや青ざめて手がよく見れば震えている。
ひょっとしたら、使用人たちの少しの粗相でクビや鞭打ちなど酷い事をするという、ヤーリ王子たちが流した王都の噂を信じているのかもしれない。
「節度? どういう意味かしら?」
「はい。特に風紀を乱すような、でございます」
(はて、風紀を乱すとは?)
シュメージュは、おずおずと、だが、姿勢を正して視線を反らせることはなかった。王都で流れていた悪女という噂を聞いただけで、このように態度が悪くなるものなのかと考える。
どうにも、彼らの雰囲気や立場にそぐわない言動で、ちぐはぐしているのだ。
男にだらしがないといった噂の方だったかと、つくづくヤーリ王子の所業のせいで、こんなにも苦労が重なるなんてと、直接バカ王子たちの顔にファイアーアローやアイシクルランスをたたき込みたくなった。
とにかく、これからは、不干渉で食住完備の仕事もない生活を送る事ができるのだ。あのまま、ヤーリ王子と結婚すれば、兄の手伝いや、王宮の仕事や社交など多忙すぎる人生が待っていた。
皆のために働くのはやぶさかではないけれども、遊び放題のヤーリを横目に、胃が痛む人生を送った事を考えれば、道中ですれ違う辺境にいる人々の歓迎されない態度や視線などどうでも良いくらい平気よ、耐え忍んで見せるわ……、
とでも嘆くと思ったら、大間違いだ!
やられたらやり返す! お礼は2倍以上、仕返しは相場が100倍に決まっている。けれど、シュメージュに関しては、懐柔作戦のほうがより安泰したぐーたら生活が送れるだろう。
背後のウールスタと、トーンカッソスは、シュメージュのそんな態度と言葉を聞いて戸惑っているようだ。
おそらくは、わたくしが彼女に感じたのと同じように、他はともかくとして、彼女だけはわたくしに対して礼節を守る人物だと考えたはずだ。それに、親世代の女性に対して、いきなり乱暴を働くわけにはいかないとも思っているのだろう。
ふたりは、マシユムールのときと違って、わたくしの動向を伺っている。
はっきり言葉を紡ぎつつ、一生懸命虚勢を張っている心細げで健気な美少女の雰囲気を醸し出してみた。
「いくら、わたくしが悪女という評判が届いているからといって、その言動は看過できないわ」
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