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哄笑の小公爵
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「だが、契約印とはなあ。あいつは、出来が悪い馬鹿だ馬鹿だアホだと思っていたが真正だったか……」
「サンバール、そう言うな。馬鹿と比べると馬鹿の方が気の毒だ。それはそうと、確かにあのぼんくら王子はそのように宣言したのか?」
「はい……。ふふふ、それにしても、お父様もお兄様も不敬ですわ。わたくしも、まさか契約印を使用するとは思っていませんでしたが、文言を重役会議で事細かに決めてから行うそれを、あのように突発的にするんですもの。呆れて笑ってしまいそうでしたわ」
呆れかえりながらも、妹にもう一度確認すると、失笑しか浮かんでこない。歴代王族の中でも、前代未聞の愚かな行為に、父も笑うしかないようだった。
「キャロルが辺境伯に嫁いで後継者を残せ。たったこれだけか? 本当に?」
「正確には、王家の血脈を宿すヤーリ・トゥ・バジャーナリーが、キャロライン・バヨータージユに命じる。キトグラムン・マーシルムの妻となり後継者を残せっ! ですわ。期限もなければ、わたくしに彼の子を産めとも仰っていませんでした。初婚でないといけない、辺境伯爵様の血を必ず受け継ぐ者といった条項もなくて。ふふ、そもそも、宣誓内容で無期限の契約だなんて、初めてですわ」
「死ぬまで嫁がなくてもいい、と言う事か。その間に他の所に嫁いでもいいではないか。それに、外から彼の後継者を迎えて良い、などとは、なんとも間の抜けた内容だ。10才の子供でもそれくらいの事はわかるというのに」
「戦時中は、契約印の宣誓を、唱え始めて終わるまで1時間以上かけて言わねばならないほどの綿密な文言だったのになあ。あいつも、それは習っていたはずなんだが……」
「習っていても、それを記憶して有効に使用できるかどうかは……。ふふ、どうでしょう」
俺のキャロルを縛り付けていたにっくき王子の、穴だらけの宣誓に笑いが堪えられなかった。こんなにも笑ったのはいつぶりだろうか。見れば、父も肩を震わせて、ウールスタ特性のカモミールティーを飲み干しているではないか。俺も気を落ち着かせるために、同じくカモミールティーを一口飲んだ。
あちら有責で、王家の厄介払いでしかなかった王子とキャロルの結婚が無くなり、三人で祝った。数年前に亡くなった母上も、これで安心して眠りにつけるだろうと、肩の荷が下りた気分だった。
「サンバールお兄様も、これで堂々と公爵家を継げますわね。本当に良かったですわ」
「ああ、一生影の身かと思っていたが。とはいえ、王子は名ばかりの公爵として何もさせはしなかったが」
「あの王子がわが領地に口出しをしようものなら、瞬く間に領民が行き場を失うだろうからな。そこは、陛下もいざとなれば部屋に監禁してよいとは仰ってくれていたのが幸いだ」
「そもそも、我が家があれを引き取る謂れはありませんでしたからね。それより、キャロルが自由の身になれたんだ。私の事はともかくとして、それが何よりうれしい事だな。使用人たちはじめ、領民ももろ手を挙げて喜ぶだろう」
「お兄様ったら、言い過ぎですわ」
「いや、そうでもないぞ。視察の度に、お前の事を皆が心配していたからな」
「まあ、わたくしの事を皆がそれほどまでに思ってくれていたなんて、なんと幸せな事なのでしょう」
ひとしきり雑談などでにぎわった後、父が妹に、姿勢を正して話しかけた。
「キャロルの今後なんだが……。どうする? 契約に縛られる必要がないのなら、このままうちで過ごさないか?」
「その事なのですが、わたくし、辺境伯爵様が受け入れてくださるのならそちらに参りたいと考えておりますの。王都にいるとなにかと騒がしいですし、領地でもずっと独り身でいると皆が心配しますから」
「まあ、あの男は断るまい。真面目で、実直な性格だからな」
「わたくしも、お父様の仰る通りかと思います。かの方は、王家に忠誠を誓ってらっしゃいますものね。王太子殿下の例の件がありますから、王家も辺境伯爵様には強く出る事はありませんし」
「だが、辺境は遠いじゃないか……。辺境伯は確かにキャロルを預けるに足る人物ではあるが……。せめて、暫くは一緒にいないか?」
「まあ、おふたりがそろって殿方をお褒めになられるだなんて……。さぞかし素晴らしいお方なのでしょうね」
キャロルに甘すぎる父が、聞かれるがままに応え始めた。正直に言いすぎる故に、公爵としての立場上、それはいかがなものかと思うが、俺も気が付けば辺境伯の事について喋らされていたのである。
ふたりして彼の事をほめ過ぎたせいで、まさか妹があれほど早く辺境に旅立つ事になろうとは思いもしなかった。
父が、今回の騒動の顛末について、王家の印のついた公文書とともに分厚い手紙を送った。大荷物で移動するキャロルよりも早く、彼の手に渡るだろう。あれを読めば、キャロルの悪評が単なる噂にしか過ぎず、どれほど立派なレディなのか理解できるはずだ。
キトグラムン・マーシムルという男と父は、ずっと以前からの付き合いがある。彼が呪われてからも、父は彼の事を気にかけていて交流していた。社交界には一切出る事はない彼と、幾度か会って話をした事はある。
その時に、彼が呪われていなければ、さぞかし社交界で人気だっただろうにと少々残念に思えたものだ。
実際にふたりが会ってみて、どうしても合わなければ家に帰ってくればいいだけの事。
キャロルを見送った後、父とふたりで王宮に向かった。すでに今回騒ぎを起こした全員への処罰はほぼ決定されている。王族が絡む事なので形ばかりの裁判は開かれるが、王も王妃も今回のヤーリ王子のしでかした事へ庇いだては一切しなかった。
キャロル自身は、もう王子に興味はないのか、通例に則った処罰くらいにしか考えていないだろうが、父がそれでは納得しないだろう。私とて、長年妹を愚弄し続けた男を許すわけにはいかない。
「キャロル。こちらの五月蠅い虫たちは、父上と私がきちんと退治しておいてあげる。辺境伯に大切にしてもらうんだよ……」
遥か遠い、青い空の果てにある辺境に向かう妹を思いながら、私は城の一角にある広い部屋に足を踏み入れたのであった。
「サンバール、そう言うな。馬鹿と比べると馬鹿の方が気の毒だ。それはそうと、確かにあのぼんくら王子はそのように宣言したのか?」
「はい……。ふふふ、それにしても、お父様もお兄様も不敬ですわ。わたくしも、まさか契約印を使用するとは思っていませんでしたが、文言を重役会議で事細かに決めてから行うそれを、あのように突発的にするんですもの。呆れて笑ってしまいそうでしたわ」
呆れかえりながらも、妹にもう一度確認すると、失笑しか浮かんでこない。歴代王族の中でも、前代未聞の愚かな行為に、父も笑うしかないようだった。
「キャロルが辺境伯に嫁いで後継者を残せ。たったこれだけか? 本当に?」
「正確には、王家の血脈を宿すヤーリ・トゥ・バジャーナリーが、キャロライン・バヨータージユに命じる。キトグラムン・マーシルムの妻となり後継者を残せっ! ですわ。期限もなければ、わたくしに彼の子を産めとも仰っていませんでした。初婚でないといけない、辺境伯爵様の血を必ず受け継ぐ者といった条項もなくて。ふふ、そもそも、宣誓内容で無期限の契約だなんて、初めてですわ」
「死ぬまで嫁がなくてもいい、と言う事か。その間に他の所に嫁いでもいいではないか。それに、外から彼の後継者を迎えて良い、などとは、なんとも間の抜けた内容だ。10才の子供でもそれくらいの事はわかるというのに」
「戦時中は、契約印の宣誓を、唱え始めて終わるまで1時間以上かけて言わねばならないほどの綿密な文言だったのになあ。あいつも、それは習っていたはずなんだが……」
「習っていても、それを記憶して有効に使用できるかどうかは……。ふふ、どうでしょう」
俺のキャロルを縛り付けていたにっくき王子の、穴だらけの宣誓に笑いが堪えられなかった。こんなにも笑ったのはいつぶりだろうか。見れば、父も肩を震わせて、ウールスタ特性のカモミールティーを飲み干しているではないか。俺も気を落ち着かせるために、同じくカモミールティーを一口飲んだ。
あちら有責で、王家の厄介払いでしかなかった王子とキャロルの結婚が無くなり、三人で祝った。数年前に亡くなった母上も、これで安心して眠りにつけるだろうと、肩の荷が下りた気分だった。
「サンバールお兄様も、これで堂々と公爵家を継げますわね。本当に良かったですわ」
「ああ、一生影の身かと思っていたが。とはいえ、王子は名ばかりの公爵として何もさせはしなかったが」
「あの王子がわが領地に口出しをしようものなら、瞬く間に領民が行き場を失うだろうからな。そこは、陛下もいざとなれば部屋に監禁してよいとは仰ってくれていたのが幸いだ」
「そもそも、我が家があれを引き取る謂れはありませんでしたからね。それより、キャロルが自由の身になれたんだ。私の事はともかくとして、それが何よりうれしい事だな。使用人たちはじめ、領民ももろ手を挙げて喜ぶだろう」
「お兄様ったら、言い過ぎですわ」
「いや、そうでもないぞ。視察の度に、お前の事を皆が心配していたからな」
「まあ、わたくしの事を皆がそれほどまでに思ってくれていたなんて、なんと幸せな事なのでしょう」
ひとしきり雑談などでにぎわった後、父が妹に、姿勢を正して話しかけた。
「キャロルの今後なんだが……。どうする? 契約に縛られる必要がないのなら、このままうちで過ごさないか?」
「その事なのですが、わたくし、辺境伯爵様が受け入れてくださるのならそちらに参りたいと考えておりますの。王都にいるとなにかと騒がしいですし、領地でもずっと独り身でいると皆が心配しますから」
「まあ、あの男は断るまい。真面目で、実直な性格だからな」
「わたくしも、お父様の仰る通りかと思います。かの方は、王家に忠誠を誓ってらっしゃいますものね。王太子殿下の例の件がありますから、王家も辺境伯爵様には強く出る事はありませんし」
「だが、辺境は遠いじゃないか……。辺境伯は確かにキャロルを預けるに足る人物ではあるが……。せめて、暫くは一緒にいないか?」
「まあ、おふたりがそろって殿方をお褒めになられるだなんて……。さぞかし素晴らしいお方なのでしょうね」
キャロルに甘すぎる父が、聞かれるがままに応え始めた。正直に言いすぎる故に、公爵としての立場上、それはいかがなものかと思うが、俺も気が付けば辺境伯の事について喋らされていたのである。
ふたりして彼の事をほめ過ぎたせいで、まさか妹があれほど早く辺境に旅立つ事になろうとは思いもしなかった。
父が、今回の騒動の顛末について、王家の印のついた公文書とともに分厚い手紙を送った。大荷物で移動するキャロルよりも早く、彼の手に渡るだろう。あれを読めば、キャロルの悪評が単なる噂にしか過ぎず、どれほど立派なレディなのか理解できるはずだ。
キトグラムン・マーシムルという男と父は、ずっと以前からの付き合いがある。彼が呪われてからも、父は彼の事を気にかけていて交流していた。社交界には一切出る事はない彼と、幾度か会って話をした事はある。
その時に、彼が呪われていなければ、さぞかし社交界で人気だっただろうにと少々残念に思えたものだ。
実際にふたりが会ってみて、どうしても合わなければ家に帰ってくればいいだけの事。
キャロルを見送った後、父とふたりで王宮に向かった。すでに今回騒ぎを起こした全員への処罰はほぼ決定されている。王族が絡む事なので形ばかりの裁判は開かれるが、王も王妃も今回のヤーリ王子のしでかした事へ庇いだては一切しなかった。
キャロル自身は、もう王子に興味はないのか、通例に則った処罰くらいにしか考えていないだろうが、父がそれでは納得しないだろう。私とて、長年妹を愚弄し続けた男を許すわけにはいかない。
「キャロル。こちらの五月蠅い虫たちは、父上と私がきちんと退治しておいてあげる。辺境伯に大切にしてもらうんだよ……」
遥か遠い、青い空の果てにある辺境に向かう妹を思いながら、私は城の一角にある広い部屋に足を踏み入れたのであった。
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