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臨戦の公爵
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私の愛する娘が、とうとう嫁に行ってしまった。しかも、辺境という遠い所に。
あの子は、妻に生き写しだ。可憐で美しく、そして愛らしい。前向きで明るく、頑張り屋なところもそっくりだ。時々、私にも思いつかないような悪戯や、大人たちが舌を巻くほどの手腕を見せ、どこかの国の王妃や皇妃になっておかしくないほどの頭角を現していた。
現に、娘を知った国外からも、王子とはまだ結婚していないのなら破断して来て欲しいと、いくつか縁談が舞い込んでいた。
仕事で家を空けて、娘に会えないだけでも辛いのに、国外の妃になどなれば一生会えない。だから、そういった申し出を断る口実のためにも、非常に不愉快極まりなく不服だったが、ヤーリ王子との一方的な王命である婚約を受け入れていたわけなのだが……。
幼少期から、年齢よりもさらに下のような言動に呆れ果てた。だが、成長すれば普通くらいにはなるかと気を取り直しつつ、良くなるどころかどんどん悪くなる一方の王子に、完全に見切りをつけた。
学園に入ってからも放蕩三昧。女癖も悪く、成績は教師たちを買収して点数を調整させていた。その事を盾に、数年前には王子との婚約を解消させようとしたが、他ならぬ娘に止められていたのである。
「お父様、今婚約解消をしてしまえば、わたくしは、最近勢いを増しているペパー国か、友好国であるソルティ国に迎え入れられるのではないでしょうか? 外交であちらの国に赴いた際、あの国の殿下方に、私的に求婚されております。わたくしが破談となれば、当日にでも正式な婚姻申し込みがくるでしょう」
「なっ? 聞いてないぞ、そんな事! 過去には縁談がいくつかあったが、そのどれもがその国ではなかったぞ?」
娘の真価を見抜くとは、王子たちもなかなかやりおる。キャロルは世界一可愛いし美しいし賢いし、非の打ちどころのないレディだからな。だが、国外に嫁がせるなど断じて許せん。
「口止めしておりましたし、伝えていませんもの。それぞれの王子には、まだ婚約者もおられないでしょう? せめて、彼らに決まった相手が出来るまで、このまま婚約を続けていたほうがよろしいかと」
「うちの妹に求婚するとは、見る目があるな。だが、かわいいキャロルを国外に嫁がせるなどありえない。そうですよね、父上?」
「勿論だとも。キャロルはうちでお父様たちと一緒に暮らすんだ」
「まあ、お父様ったら。お兄様も、冗談はよしてくださいませ。わたくしだって、いずれは素敵な殿方と結婚したいですわ」
「……並大抵の男なら、許さんからな」
「父上の言う通り、せめてこの国の国家予算と同等以上の経済力に、他者をも追従させないほどの強さと賢さを備え、さらに実直な男じゃないと」
「ははは! その通りだ、サンバール。取り敢えず、我らから倒せるほどの強さが無くてはな。キャロルは私たちのものだ!」
「ははは! 我らに勝てる男などいないでしょう。これでキャロルは家でずっと一緒ですね、父上!」
「おふたりに勝てる殿方……、ですか。確かにいなさそうですね。では、当面、あちらの殿下方に決まった相手が出来るまでは婚約はこのままと言う事でよろしいでしょうか?」
サンバールは、かわいいキャロルの言う事は基本的に受け入れる。次期公爵として、そんな事でどうすると不安になるが、私も息子の事は言えないかもしれない。
だが、外交先で届けられた先ぶれを見て、私はあの時の決断が間違っていたと後悔する。動きののろすぎる陛下の尻を蹴とばす勢いで帰国したものの、キャロルから詳しい事情を聞いて怒りと笑いが止まらなくなった。
「なに? 王家固有のあの契約印、か? 馬鹿な、あれは国会の重要会議をしなければ唱える事が出来ない禁断の魔法だぞ?」
「その禁断の魔法を受けました。この体たらく、誠に申し訳ございません。あまりにも馬鹿馬鹿しい寸劇を見せられていましたし、聞いていた通り、あれが一度発動してしまえばわたくしの絶対防御など何の役にも立ちませんでした」
そう言って、娘は首を露わにした。そこには、建国の時に国民の飢餓を救ったという赤くて辛い豆の紋様が刻まれていた。
「おのれ……。父上、王子をヤりに行きましょう。あれを生み出した生産元にも、責任を取ってもらわねば」
「そうだな。領民もキャロルのためなら立ち上がるだろう。行くか!」
「お父様、お兄様、待って、お待ちになってくださいませええ! お父様たちだけで城は瓦解するでしょうし、領民まで参加となると、国家存亡の危機になります!」
「うちの領地の民は、子供から年寄りまで、戦闘に長けておるからなぁ。ははは! 勝ったも同然だ!」
「はい、うちの使用人たちも、王宮の騎士など一捻り。負ける要素が全くないから、キャロルは安心して待っておいで」
「ええー。折角家に帰って来たのに、キャロルと一緒にいてくれないのですか? わたくし、寂しいですぅ」
サンバールと共に、今日中に王宮に攻め込もうとしたが、キャロルを悲しませるわけにはいかない。そうだ、娘は傷ついたばかり。悲しみにくれる娘をひとりにするなど言語道断。この落とし前は後日きっちりしようと、息子と頷き合った。
私とサンバールは、キャロルをぎゅっと抱きしめた。娘を挟んでソファに座る。私も息子もガタイが良い。間に挟まれた小さな娘は、まるで人形のように愛らしくて美しくて可憐で華奢で、とにかく可愛い。
この世の何を犠牲にしても守りぬかねばならない、今も愛するたったひとりの妻の忘れ形見なのだ。
臨戦状態だった胸の渦巻く炎を、ウールスタの淹れたカモミールティーを飲んで落ち着かせる。
涙をぽろりと落としたキャロルの頬からも、ようやく涙が消えた。ホッとして、娘の傷だらけになった心を注意をしながら、今後の話を続けたのだった。
あの子は、妻に生き写しだ。可憐で美しく、そして愛らしい。前向きで明るく、頑張り屋なところもそっくりだ。時々、私にも思いつかないような悪戯や、大人たちが舌を巻くほどの手腕を見せ、どこかの国の王妃や皇妃になっておかしくないほどの頭角を現していた。
現に、娘を知った国外からも、王子とはまだ結婚していないのなら破断して来て欲しいと、いくつか縁談が舞い込んでいた。
仕事で家を空けて、娘に会えないだけでも辛いのに、国外の妃になどなれば一生会えない。だから、そういった申し出を断る口実のためにも、非常に不愉快極まりなく不服だったが、ヤーリ王子との一方的な王命である婚約を受け入れていたわけなのだが……。
幼少期から、年齢よりもさらに下のような言動に呆れ果てた。だが、成長すれば普通くらいにはなるかと気を取り直しつつ、良くなるどころかどんどん悪くなる一方の王子に、完全に見切りをつけた。
学園に入ってからも放蕩三昧。女癖も悪く、成績は教師たちを買収して点数を調整させていた。その事を盾に、数年前には王子との婚約を解消させようとしたが、他ならぬ娘に止められていたのである。
「お父様、今婚約解消をしてしまえば、わたくしは、最近勢いを増しているペパー国か、友好国であるソルティ国に迎え入れられるのではないでしょうか? 外交であちらの国に赴いた際、あの国の殿下方に、私的に求婚されております。わたくしが破談となれば、当日にでも正式な婚姻申し込みがくるでしょう」
「なっ? 聞いてないぞ、そんな事! 過去には縁談がいくつかあったが、そのどれもがその国ではなかったぞ?」
娘の真価を見抜くとは、王子たちもなかなかやりおる。キャロルは世界一可愛いし美しいし賢いし、非の打ちどころのないレディだからな。だが、国外に嫁がせるなど断じて許せん。
「口止めしておりましたし、伝えていませんもの。それぞれの王子には、まだ婚約者もおられないでしょう? せめて、彼らに決まった相手が出来るまで、このまま婚約を続けていたほうがよろしいかと」
「うちの妹に求婚するとは、見る目があるな。だが、かわいいキャロルを国外に嫁がせるなどありえない。そうですよね、父上?」
「勿論だとも。キャロルはうちでお父様たちと一緒に暮らすんだ」
「まあ、お父様ったら。お兄様も、冗談はよしてくださいませ。わたくしだって、いずれは素敵な殿方と結婚したいですわ」
「……並大抵の男なら、許さんからな」
「父上の言う通り、せめてこの国の国家予算と同等以上の経済力に、他者をも追従させないほどの強さと賢さを備え、さらに実直な男じゃないと」
「ははは! その通りだ、サンバール。取り敢えず、我らから倒せるほどの強さが無くてはな。キャロルは私たちのものだ!」
「ははは! 我らに勝てる男などいないでしょう。これでキャロルは家でずっと一緒ですね、父上!」
「おふたりに勝てる殿方……、ですか。確かにいなさそうですね。では、当面、あちらの殿下方に決まった相手が出来るまでは婚約はこのままと言う事でよろしいでしょうか?」
サンバールは、かわいいキャロルの言う事は基本的に受け入れる。次期公爵として、そんな事でどうすると不安になるが、私も息子の事は言えないかもしれない。
だが、外交先で届けられた先ぶれを見て、私はあの時の決断が間違っていたと後悔する。動きののろすぎる陛下の尻を蹴とばす勢いで帰国したものの、キャロルから詳しい事情を聞いて怒りと笑いが止まらなくなった。
「なに? 王家固有のあの契約印、か? 馬鹿な、あれは国会の重要会議をしなければ唱える事が出来ない禁断の魔法だぞ?」
「その禁断の魔法を受けました。この体たらく、誠に申し訳ございません。あまりにも馬鹿馬鹿しい寸劇を見せられていましたし、聞いていた通り、あれが一度発動してしまえばわたくしの絶対防御など何の役にも立ちませんでした」
そう言って、娘は首を露わにした。そこには、建国の時に国民の飢餓を救ったという赤くて辛い豆の紋様が刻まれていた。
「おのれ……。父上、王子をヤりに行きましょう。あれを生み出した生産元にも、責任を取ってもらわねば」
「そうだな。領民もキャロルのためなら立ち上がるだろう。行くか!」
「お父様、お兄様、待って、お待ちになってくださいませええ! お父様たちだけで城は瓦解するでしょうし、領民まで参加となると、国家存亡の危機になります!」
「うちの領地の民は、子供から年寄りまで、戦闘に長けておるからなぁ。ははは! 勝ったも同然だ!」
「はい、うちの使用人たちも、王宮の騎士など一捻り。負ける要素が全くないから、キャロルは安心して待っておいで」
「ええー。折角家に帰って来たのに、キャロルと一緒にいてくれないのですか? わたくし、寂しいですぅ」
サンバールと共に、今日中に王宮に攻め込もうとしたが、キャロルを悲しませるわけにはいかない。そうだ、娘は傷ついたばかり。悲しみにくれる娘をひとりにするなど言語道断。この落とし前は後日きっちりしようと、息子と頷き合った。
私とサンバールは、キャロルをぎゅっと抱きしめた。娘を挟んでソファに座る。私も息子もガタイが良い。間に挟まれた小さな娘は、まるで人形のように愛らしくて美しくて可憐で華奢で、とにかく可愛い。
この世の何を犠牲にしても守りぬかねばならない、今も愛するたったひとりの妻の忘れ形見なのだ。
臨戦状態だった胸の渦巻く炎を、ウールスタの淹れたカモミールティーを飲んで落ち着かせる。
涙をぽろりと落としたキャロルの頬からも、ようやく涙が消えた。ホッとして、娘の傷だらけになった心を注意をしながら、今後の話を続けたのだった。
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