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驚呆の侍女長

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「シュメージュさん、少々よろしいでしょうか」

 出された料理を全てお召し上がりになり、しかも、とても美味しいと褒めてくれる奥様を気に入った料理長と、今日の献立について話をしていると、マシユムールが声をかけてきた。

 彼は、私の夫の遠い親戚筋に当たる。彼は、両親を早くに亡くした10才の頃から執事見習いとして働き教育されてきた。うちで引き取ろうとしたけれど、頑なに拒否されたのである。
 それ以来、親代わりというわけではないけれど、私も夫も彼の事を心配して何かと面倒を見てきた。

「ええ、マシユムール。何でしょうか」
「お忙しいところ申し訳ありません。先ほど、離れに出向いたところ、今後は私ではなく、シュメージュさんに何でも相談すると追い返されまして」
「え? 奥様が?」

 センブリ茶でも飲んだかのような顔をして、憎々しげに吐き捨てるように言った彼は、嘘を言っているようには見えない。

 マシユムールは、旦那様が呪われる以前、小さな頃から一緒にいた。だから、人一倍、旦那様に幸せになって欲しいのだろう。彼は、思い込んだら突っ走ってしまう傾向が強い。普段はそつなく仕事を熟すくせに、旦那様の事となったらポンコツになるのが玉の瑕だった。
 一番、奥様に関する噂に対して過敏すぎる反応を示しているから、心配はしていた。ひょっとして、私の知らないところで奥様に大変無礼な事をしたのではないかと思い至る。

 私が見るかぎり、奥様はとても噂のような悪女ではない。初日、あれほどの非礼をした私を許して下さった奥様に、そんな風に言われるだなんて、一体、マシユムールは何をしでかしたのだろうか。

「マシユムール、奥様がそうお望みなら、今後は私が窓口になります。ところで、聞きたい事があるのですがよろしいで……、え?」

 私に一礼した彼の服が一部おかしい。前から見る限り変なところはないけれど、彼が身動きする度に、ズボンの両端にショッキングピンクや、蛍光塗料が塗られたような黄色がちらつく。一瞬、目がおかしくなったのかとパチパチ瞬きを繰り返すが、よく見なくても、気のせいでも幻覚でもなかった。

「なんなりとお尋ねください」
「マシユムール、ズボンの後ろに何かついているようですよ?」
「は?」

 私は、奥様への彼の態度や言葉を聞きたかった事も忘れて、目の前にある異常事態に目も思考も奪われてしまった。マシユムールが、後ろを確認するためにやや体を捻ると、そこには、ズボンの後ろ半分だけ黄色い蛍光塗料を塗ったような生地に、大きなハートが散りばめられていたのであった。

 こんなにも奇抜なファッションは見た事がない。あるとすれば、大道芸人たちが着るような服だろう。しかも前から見ると完全に普通の執事の服で、後ろ半分だけこうとは。
 大切な仕事中であるにも関わらず、このような物を身に着ける彼の神経を疑う。

「な⁈ これは一体!」
「……。マシユムール、これは個人的に作った物なのですか? 私用で誰にも見られない所で、自身で楽しむだけならともかく、公務中にこのようなふざけた格好をするなど、なんとなげかわしい……」
「え? あ、いや。私は知りません! 朝はきちんと着ていたんです!」
「前から見る限り、普通の執事服に見えますし、マシユムールは日の出前に起きているから、寝ぼけて薄暗い部屋の中で間違う事はあるかもしれません。けれど、皆に身だしなみの乱れは心の乱れだと偉そうに言っているのですから、模範を示すためにもきちんとしなくてはね?」
「ですから、これは何かの間違いなんですって! 信じてください!」
「言い訳はみっともないですよ。目の前でそのような恥ずかしい恰好をしているのですから、説得力はありません。うっかり着てしまって恥ずかしいのは理解できますが、もう誤魔化そうとせず、さっさとお着換えになってはいかがか。恐らく、もう複数人に目撃されているでしょうし、これ以上見苦しい姿は、見せないほうがいいのではないでしょうか?」
「だから、違うんですって……。そんな、馬鹿な、なぜだ……」

 マシユムールは、落ち込んで肩を落とした。顔を床に向けてブツブツ何かを呟いている。かなりのショックを受けているようだ。
 彼は真面目で厳しすぎて、反感を持たれている事も多いから、誰かのいたずらかもしれないと思い直す。彼の恥は、旦那様の恥にもつながる。
 本人のうっかりミスなのか、誰かのいたずらかはわからないが、彼がこのまま本邸に戻るほうがダメージが大きいと溜息を吐いた。
 急いで、笑いを必死に堪えている侍女に、彼の服を取りに行かせた。料理長は、顔を背けて手を口で覆ってはいるが笑いが漏れ出ている。
 この様子だと、今日中に彼の恥ずかしい姿を皆が知る事になるだろう。気の毒だが、落ち込んだままの彼を料理長に任せて、奥様の元に向かったのである。

「まあ、奥様の手料理でございますか。勿体のうございます」
「たくさん焼けたし、良かったらご家族でどうぞ。一枚は小さなお子さん向けの、コーンをのせて甘い照り焼きソースで味付けしたの。毒は入ってないけど、目の前で食べてみせましょうか?」
「いえ、必要ありません。まだお話させていただくようになってから日が浅いですが、奥様がそのような事をする方だとは思えません」
「ふふふ、信用してくれてありがとう。こんな風に言ってくれるのはシュメージュだけね。で、でね……。たくさん作りすぎちゃったから、もう一枚は辺境伯爵様にお渡しして……。あ、ううん。やっぱりいいわ。わたくしの作った物などご迷惑よね。わたくしが作った物でも食べたいという人に渡してあげてくれないかしら?」
「奥様……。旦那様に必ずお渡し致します。お喜びになられますわ」
「……いいの。少しでも、その。知人としてくらいでも距離を縮められたらと思ったんだけど、わたくしに会いたくないと仰られているのでしょう?  食べ物を粗末にはできないし、食べてくれそうな人に渡してちょうだい 」
「奥様……、旦那様は噂を理由にお会いになられないのではなくて、ですね」
「ふふ、気を使ってくれるのね。ありがとう、シュメージュ。わたくしね、ここで一生暮らす間に、一度でいいから辺境伯爵様にお会いしてみたいわ」

(旦那様が奥様にお会いになられない理由は、奥様に関する悪い噂の事ではないのに……。旦那様のお気持ちを、私から言うわけにもいかないし……)

 どうしたら、最初に捻れてしまったおふたりの関係を修正出来るのか。
 ピザを運びながら、仲良く並んで微笑み合う姿を想像したのだった。




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