完結 R20 罪人(つみびと)の公爵令嬢と異形の辺境伯~呪われた絶品の契約結婚をお召し上がりくださいませ 改稿版

にじくす まさしよ

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幸福の辺境伯

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 離れに彼女の様子を伺いに行くよに言ってからというもの、マシユムールの様子がおかしい。始終ボンヤリしていて顔も白く、まるでジメジメした場所を好むオオシロカラカサタケのようだ。
 ぶつぶつ何かを呟いたかと思ったら、急に顔を赤くして首を振る。すれ違う侍女や騎士たちが、そんなマシユムールに意味ありげな視線を投げかけていた。

 仕事を休めと言っても、365日ずっと働き続けるような男が仕事を放り出して、数時間部屋に籠もっていたらしい。

(彼女に何かを言われたしても、他人の言う事で一喜一憂するような男ではないし、手紙の捜索も、王都での噂の再調査も真面目にしている。僕が、彼女への対応に注意した後はかなり落ち込んでいたようだが、いつも通り仕事をしていたし……。ひょっとして、プライベートで何かあったのかもしれない。仕事ばかりだから、また恋人に捨てられたか? 最近、恋人がいたなどとは聞いてはいないが……)

「マシユムール、ずっと働き詰めで疲れが溜まったのか? 離れの事は、シュメージュに行ってもらう事になったし、体調が思わしくないのなら今日は休むといい」
「畏まりました……。申し訳ございませんが、そのようにさせていただきます」

(ほら、やっぱりおかしい。いつもなら、熱があろうとも食い下がって仕事を続けるのに。他の者に聞いても、皆笑いをこらえながら誤魔化すし、シュメージュは、当分の間放っておいた方がいいと言っていたが……)

 肩を落として出ていくマシユムールを見送って、次の書類を手に取った。

 バヨータージユ公爵の手紙は、マシユムールの調査で、ここに到着したというところまで分かった。郵便の担当者が、やたらと分厚い手紙の事を覚えていたのである。
 ただ、担当者は所定の位置に手紙を置いて以降は知らないと言っている。そこからは、本来であればマシユムールの部下が手紙を選別して各所に届けられるのだが、その後の行方がどこをどう探しても分からないのである。

 取り返しのつかない事になりかねない事態だと、騎士団長を務めているフクロールケタ伯父上は、騎士だけでなく騎士見習いたちまで総動員して、天井裏から石畳の隙間までつぶさに探している。

 彼女をよく思わない使用人たちや騎士たちは、僕の妻が苦し紛れの嘘をついていると最初は思っていたらしい。ところが、本当に手紙という存在があったのかと、皆一様に驚愕し彼女への考えを少し改めた者も出始めた。

 特に、実際に彼女と話をした料理長や侍女たちは、優しい奥様が来てくれたと非常に喜んでいる。そんな彼女たちの様子を見て、徐々にではあるが、彼女に対して不信感が薄れ、不穏だった館全体の雰囲気が良くなってきていた。

 マシユムールが退室し、暫くするとシュメージュがやってきた。今日は、僕の間食として、焼きリンゴを作ってくれたようだ。アツアツだっただろうリンゴは、程よい温度まで下がっていて、バターとリンゴの芳醇な香りと、疲れているだろうからと多めにしてくれた砂糖が甘く絡んでいる。

 焼きリンゴは、もう何度も食べた。だというのに、これを焼いたのが彼女だと思うと、世界で一番美味しい焼きリンゴは、今僕が食べているコレだろうと思えるほど幸せをもたらしてくれる。もったいなくて時間を掛けたいと思っていたのに、美味しすぎて、一個丸々があっという間に胃袋の中に消えた。

 初日から、僕の姿を見た彼女に嫌われたくないから会えないと駄々をこねる僕に、散々彼女に会え会えと五月蠅いシュメージュだが、マシユムールがいないからか、今日はしつこく食い下がられた。
 話題を変えようとしても、すぐに軌道を修正されて、会う段取りまで伝えようとしてくる。

「彼女は、僕の事をそのように言ってくれていたのかい? 本当に?」
「ええそうですわ、旦那様! 奥様は、旦那様とお会いしてお話がしたいとはっきり仰っておられました。会わない日が過ぎれば過ぎるほど、会いにくくなるではありませんか。これ以上お会いになられなければ、それこそ嫌われてしまいますよ? 奥様が乗り気な今、お会いになられてみてはいかがかと」

 彼女の罪や噂が、手紙の発見や王都の再調査で明らかになった時、彼女の優しい人柄と愛らしい容姿は、辺境の皆が歓迎するだろう。それこそ、悪しざまに言っていた者も、手の平を返して褒めたたえるに違いない。

 そうなると、問題なのは僕のほうだけになる。ある意味、彼女に瑕がある事で、僕と同じような場所にいるのだと安心していたのかもしれない。
 近づき始めた彼女の存在が、あっという間に遠く離れて行ってしまった気がした。

「だが……僕の見た目は……。彼女の噂は全くのデタラメだったのかもしれない。シュメージュは人を見る目があるし、こんな辺境に来て文句ひとつ言わずに、小さな離れで過ごしてくれているのだから、きっと素晴らしい女性なのだろう。でも、僕は違う。噂通りの、呪われた異形なのだ……」

 自分でも、高位の名のある魔法使い全てに見放された解呪不能の呪い。これがあるかぎり、僕の見た目は異形の悍ましいバケモノのまま。
 僕の妻が、僕自身すら悲鳴を上げたくなるほどの姿を見て、ほんの少しでも眉をしかめたり嫌悪の色を瞳に浮かべたら、僕は今度こそ闇の中から這い上がれない。
 時々、彼女の手料理を食べる事が出来れば、それだけでも十分すぎるほど幸せなのだ。ならば、いっそ、このままの状態を維持したい。

「旦那様、奥様は、見た目などお気になさるようなお方ではありません……。そういえば、離れの庭の一角に、エリンギが群生するようになったのです。なんとその場所からは、奥様のお部屋を見る事が出来るのですわ」
「!」

 いつまで経っても、うじうじしている僕に業を煮やしたシュメージュが唐突に話を変えてきた。その内容は、誰にも知られてはいないと思っていたものだったから、思わず息を飲んでフリーズする。

「旦那様、今宵は満月で、離れの庭もとても明るいでしょうね。奥様に、月夜を楽しんでいただこうかと思っていますの。バルコニーに出られた奥様は、はっきりその付近の様子がおわかりになられるでしょうね?」
「そ、それは……」

 これは、完全にバレてる。その場所から僕が、毎日、真夜中に忍び込んで彼女の部屋を見上げているのを。陰でこそこそ奥様を覗き見するなどなげかわしいと、暗に叱られている状態に、僕は言葉を失った。

「そうそう、旦那様? 先ほどの私の提案に、そろそろ快く頷いて頂けると嬉しゅうございますが、いかがなさいますか? さあ、お答えくださいな?」

 ここで頷かなければ、シュメージュは、除き魔が出現するとか、ストーカーがいるなど言い出すだろう。こういう有無を言わせない笑みを浮かべるシュメージュに逆らって、何人涙を流したことか。

 僕は、彼女の気迫に押されて、ついに頷いてしまった。かくして、定期的な魔の森の調整の後、離れに行くことになったのである。



 

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