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「トーンカッソスー、そっちに行ったわよー!」
「ぎゃあ、なんで森なのに、海洋の魔物が普通に空を泳いでるんですか! くらえっ、絶対零度アブソリュート・ゼロ!」
「トーンカッソス、後ろに魔物の集団が」
「ウールスタさんも、少しは手伝ってくださいよ! くそ、今度はワームかよ、無茶苦茶だ! 火炎爆発エクスプロージョン!」
「トーンカッソスなら、このくらいの魔物の大群なんて、ソロでやれるやれる! ファイトー!」
「エクスプロージョンを側で使うとは。周囲に飛び散るではないですか。お嬢様に汚れがついたらどうするのです」
「そんな事言ったって、一気に10匹倒すにはあれが一番手っ取り早いんですって!」

 わたくしたちは、数時間前から魔の森に来ていた。少々魔物が出現するけれど、それらの処理はトーンカッソスに任せて、わたくしとウールスタでとある物を採取している。
 なぜ魔の森に来ているのかというと、先日もバーベキューをした際に、騎士のひとりが持って来てくれたショウロが、ここに生えていると聞いたから。

 王都では幻のキノコとして高額で取引されている希少なショウロが、この近辺ではその辺に生えているペンペン草なみに珍しくないらしい。マツの養分で育つそれは、出来て間もない白いうちに収穫しなくてはならない。成長しきると変色して、魔物さえ食べないほど不味いという。

 是非ともキトグラムン様に食べて頂かなくてはと、三人で魔の森にやってきたというわけだ。騎士たちが言っていた通り、あちこちにころんとした小さなショウロがたくさん生っている。

(ショウロのチーズトーストなんてどうかしら? それとも、お肉を巻いてジューシーに焼いてみるとか? 直火で焼いて、醤油を垂らして少し焦がすのも美味しそうね)

 ショウロを使った料理の数々を思い浮かべる。考えただけでも美味しそう。彼とふたりきりで、ショウロの料理を楽しくいただく幸せな時が目に見えるようだ。

 彼との約束通り、最初から最後までひとりで作った料理やお菓子を振舞うようになった。最近は、ウールスタとシュメージュにひとつひとつ聞いているからか、前ほど失敗していない。……たぶんだけど。

(この間作ったプリンは、すが全体的にまんべんなく入っていて、フォークで刺したらスコーンみたいに固くて簡単に持ち上がったけど……。彼がパクッと食べて美味しいって言ってくれたんだから、味は、大丈夫よね!)

 キトグラムン様は、わたくしが出した物は全部「美味しい」と言って平らげてくれる。自分で味見をして、やけに塩辛いヨーグルトムースでさえも美味しいと言ってくれるから、本当に美味しいのかどうか怪しいと訝しんでいた。

「ねぇ、ウールスタ。ひょっとしてだけどね。キトグラムン様って、味音痴なのかしら?」

 わたくしは、彼の顔の中で唯一見る事の出来る、青い瞳を思い出す。その瞳からは、食べた料理に対しての嫌悪の感情が全く見えない。どこまでも優しいその色は、わたくしへの誠実さと好意が溢れていて、じっと見つめられると頬が熱くなった。

 異世界転生者が書き記した、混ぜると別の味になるというキュウリとハチミツはメロンだというそれを試した事がある。どう味わっても、キュウリとハチミツの味だと思うのだけれど、キュウリを切ってハチミツをかけただけのそれすら、美味しい最高級のメロンのようだと穏やかな瞳のまま言われた。だから、彼はひょっとしたら味覚がわたくしとは少々違うのかもしれないと思い至ったのである。

「……お嬢様、それ、本気で言ってます? 歯が折れそうなほど硬いシフォンケーキだろうが、担々麺のように辛いげんこつ型のドーナツだろうが、辺境伯爵様がなんでも美味しいと食べるのは、お嬢様が作ったから、ですよ。他人が作ったのなら、不味いとは仰らないでしょうけれど、口が裂けても美味しいとは言わないかと」

 すると、ウールスタに、はぁ────と、長―い溜息を吐いて、呆れながら言われた。
 自分でもそうは思いつつも、それってなんだか自己満足の自意識過剰なイタイ令嬢なのかと、少し自重していただけ。本当は、ウールスタと同じように考えていたし、皆からもそう言ってもらいたいという浮かれた気持ちしかなかった。

「やっぱり? ねぇ、トーンカッソスもそう思う? ああ、キトグラムン様ったら。領主として有能で、とっても強くて、物凄く素敵で、誰よりも優しくて恰好いいだなんて。わたくし、世界中の女性の理想の方に出会う事ができたのね。嬉しいわ」
「はいはい。そう思いますよ。完全に惚気ですね。世界中、どこを探しても、そんな事を言うご令嬢はお嬢様だけでしょう。良かったですね、おめでとうございます。ところで、そんなにまで仲良くなったというのに、まだご結婚なさらないのですか?」

 頬に手を当てて、夫婦未満の彼との楽しいアレコレを思い出していると、結婚というズシリと重いワードがトーンカッソスから放たれた。特大の攻撃魔法のように、わたくしの心をそれが直撃する。内心、あまりのダメージに、膝が折れそうになった。

「うう、結婚……、結婚……。けっこん……ね、けっこん……。ええ、ふたりも知っての通り、キトグラムン様は、わたくしがイヤじゃければ、初日に書いた馬鹿馬鹿しい契約書は破棄して、そろそろ結婚しないかって仰ってくださってるじゃない? でも、まだわたくしの悪い噂が100%晴れたわけじゃないから、ご迷惑になるでしょう? やっぱり、そうそう気軽に結婚なんて出来ないかなって思って……」
「周りの目を気にしていたら一生結婚なんてできませんって。王子の処遇も決まったんでしょう? だったら、その内誤解も解けるでしょうし、結婚したらどうです? 正直、結婚しようと伝えている女性からお預け状態にされているなんて、同じ男として気の毒だと思います」
「そうは言うけど、このまま彼の、つ、つ、……妻になっていいのかって悩んじゃって……」

 たくさん採れたショウロの籠を、しょんぼり見つめながらそう呟いたものの、ふたりに言われなくてもそろそろ彼と結婚したいと思う。
 他の事なら、なんでも自分から動いてすぐに結果を出す事が出来るのに、彼の事となるとこんなにも引っ込み思案になる自分が信じられない。

(あと一歩、勇気を出せずまごまごしているだけだなんて……。全く持って建設的じゃないし、こんなのわたくしらしくないわ……)

 恋というものを知らなかった頃のわたくしは、片想いを抱えた人たちに、どう見ても脈がある相手なのだからすぐに好きだって言えばいいのにと思っていた。頬を染めて意中の相手を遠くから見つめるだけの彼女たちの気持ちが、当事者になってみて、ようやくわかったような気がしたのである。





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