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「お嬢様、籠がいっぱいになりました。そろそろお戻りになりませんと、辺境伯爵様やシュメージュさんたちがご心配されるのでは?」
少し俯いて考えごとをしていると、ウールスタに持っていた籠をそっと取られた。ショウロを採る事に夢中で、いつのまにか、天頂にいた太陽が傾き始め、木の陰の形が随分のびている事に気付く。
「そうね、もうかれこれ二時間くらい経ったかしら? サプライズのために黙って来てしまったもの。急いで帰りましょう。あら、トーンカッソスったら、木に持たれて座り込んで。一体どうしたの?」
ウールスタは大きな籠をアイテムボックスに入れて、さっさと帰る準備をしている。
トーンカッソスを見ると、肩で息をしながらおしりを地面につけていた。戦いでボサボサになった髪は汗で少し濡れていて、汗でへばりついた白いシャツに、部屋にこもりっぱなしの白い肌が透けて見える。苦しいのか、ボタンが前3つほど外されており、胸元がちら見えして呼吸とともに上下に動いていた。
息を荒げて前髪をかき上げる彼は、客観的に見てとても色気がある男性だと思う。こんな彼の姿を、彼にアプローチしている侍女たちが見たら放ってはおかないだろう。
(キトグラムン様のこんな姿を見てみたい……って、やだ、わたくしったらはしたない。でも、とっても素敵だろうなぁ……。
分厚い胸板、汗で濡れた肌が陽の光を浴びて輝いて座り込む大きなキトグラムン様。そんな彼に、わたくしはタオルを持って渡そうとすると、その手を取られてくいっと体を引かれる。あっという間に、彼の膝に乗せられ、むわっとするような彼の男の香りに包まれたわたくしは、うっとりとその胸に頬を寄せる。すると、そっと顔をあげられ、青い瞳が近づき……)
帰らなきゃいけないというのに、ぽうっと、キトグラムン様との妄想にふけっていると、トーンカッソスの大きな声で、スパッと想像の中のわたくしと彼の仲を切り裂かれた。
「お嬢様もウールスタさんも、ひでぇってやつですよ。50匹以上、俺一人で倒したんですよ。はぁ……、つっかれたー!」
「なんです、情けない。お嬢様のためなら500匹くらい軽くいなしてみたらどうです」
「いくらなんでも500とか無理ですって。なんだって、中級の魔物なんかが出てくるんですか。ここが、魔の森のほんの端の比較的安全地域って、嘘でしょ?」
(はっ! そうだった。今は魔の森にいるのだから、こんな想像の中にいるわけにはいかなかった。帰ってからじっくりと考えるとしましょう)
「コホン……んんっ。王都では、このくらいの魔物で阿鼻叫喚になるわよねぇ。魔の森のすみっこなのに、思ったよりも数が多いし、そこそこ強い中級の魔物まで出るみたいね。騎士たちは、普段から、もっと凶悪で沢山の魔物を討伐しているって事よね。キトグラムン様は、魔の森の凶悪な魔物を一刀両断出来るのでしょう? はぁ、なんて強くて素敵なのでしょう。ふふふ」
大剣を軽々構えて、大きな魔物を真っ二つにする彼の姿を思い浮かべる。皆を守るために鍛え上げられた肉体、きりっとした素敵な青の瞳。大きいのに動きはとてもスマートで、高く跳躍して大剣を振り下ろす想像をした。
(……絶対カッコいいに決まっているわね。はっ、鼻血が出そう……)
慌てて両手で鼻を抑える。幸い、鼻血が出ていなさそうでホッとする。
「お嬢様……、誰にも見せてはいけないほど、はしたない顔になっています。はぁ、私も辺境伯爵様には同情してしまいます。いっそ、あの時に、にっくきマッシュルームが最初に持ってきた契約書にサインして、とっくに結婚していたほうが良かったかもしれませんね」
「にっくきって……。ウールスタったら、まだマシユムールの事を許していないの? キトグラムン様が、彼や皆の失礼な態度を、直々に頭を下げてくださったのだから、そろそろわだかまりを捨てて仲良くしたらいいじゃない」
「許す許さないの問題ではないのです。私は私の矜持のためだけに、するべきことをしてきました。今後もやり続けるのみです。仲良くするなど、とんでもない。」
「うわぁ……。辺境伯爵様以外にも憐れな男がまだいた。俺、仕返しを一回だけにしておいてよかったです。それにしても……はぁ、俺、あいつらよりも強いって自信持ってたんですけど……」
ああ、うちのウールスタとトーンカッソスとは関係ない所で、マシユムールが、何度も不幸事に見舞われたのかもしれない。してきたとか、やり続けるとか、一回とかなんとか聞こえたのは、おそらく幻聴だろう。
「異世界から来たとある自称聖女様が仰っていた、The frog in the well doesn't know the oceanなんとか ってやつね。胃袋の中の蛙、大会優勝経験を一生知らず」
「お嬢様、それを言うのなら、井の中の蛙大海を知らず、です。自分の持っている狭い了見で決めつけていたなど、どこかのマッシュルームのようではありませんか。トーンカッソスは本当に情けないですね」
「げぇ、あいつと一緒にしないでくださいよ」
「ふたりとも、相変わらず彼に厳しいのねぇ。そう言えば、わたくしに関わらないようにしているのか、マシユムールをちっとも見かけないわ」
「ええ、平和でなによりです。あいつは、一生王都にいればいいのです」
「え? 王都にいるの? キトグラムン様の一番の部下である彼がなんでまた」
あの日以降、本当に彼に会っていない。避けられているのだろうと思っていたのだけれど、どうやら違うようだ。
「どうやらマッシュルームは、王都に出向いて、直接お嬢様の噂や真相を調査しているようですよ。それはそうと、王都に行く前に、やつの特殊な趣味が噂された事があったではないですか。それからというもの、魔法で防御しているはずなのに鳥のフンをしょっちゅうかけられたり、なんでもない所で転んでヒサカキに体ごと突っ込んで数日悪臭を放っていたりしていたそうですがね。根拠もなく、お嬢様を悪しざまに罵ったからバチが当たったんですねー」
「ま、まあ、……そういう運の悪さって、続くものよね」
(きっと、関係ないったら、関係ないのよ。ええ、うちの子たちと、マシユムールの偶然が重なった不幸とは、無関係に決まっているわ)
「ええ、慌てふためいて、真っ赤になったやつの姿を、是非、お嬢様にお見せしたかったです」
(あー、あー。聞こえないったら、聞こえないっ!)
「ウールスタさんは敵に回したらいけない……。異世界語録の、くわばらくわばらってやつですね」
(聞こえないけど、全く聞こえてないけど……。トーンカッソスのその意見を全面的に支持するわ)
「そ、そうね。……とにかく、ふたりともお疲れ様。おかげで沢山採れたわ。じゃあ、帰りましょうか。え? きゃあっ!」
「お嬢様! 下がっていてください! トーンカッソス、攻撃開始しますよ」
「もうやってますって! なんだって、こんな所にコイツが……。ウールスタさん、お嬢様を連れて魔法陣の所まではやくっ!」
並んで帰ろうとしたその時、わたくしたちが立つ地面が大きく揺れた。地震かと思ったのも束の間、恐ろしい咆哮とともに、見上げるほどの巨大な魔物が目の前に立ちはだかったのである。
少し俯いて考えごとをしていると、ウールスタに持っていた籠をそっと取られた。ショウロを採る事に夢中で、いつのまにか、天頂にいた太陽が傾き始め、木の陰の形が随分のびている事に気付く。
「そうね、もうかれこれ二時間くらい経ったかしら? サプライズのために黙って来てしまったもの。急いで帰りましょう。あら、トーンカッソスったら、木に持たれて座り込んで。一体どうしたの?」
ウールスタは大きな籠をアイテムボックスに入れて、さっさと帰る準備をしている。
トーンカッソスを見ると、肩で息をしながらおしりを地面につけていた。戦いでボサボサになった髪は汗で少し濡れていて、汗でへばりついた白いシャツに、部屋にこもりっぱなしの白い肌が透けて見える。苦しいのか、ボタンが前3つほど外されており、胸元がちら見えして呼吸とともに上下に動いていた。
息を荒げて前髪をかき上げる彼は、客観的に見てとても色気がある男性だと思う。こんな彼の姿を、彼にアプローチしている侍女たちが見たら放ってはおかないだろう。
(キトグラムン様のこんな姿を見てみたい……って、やだ、わたくしったらはしたない。でも、とっても素敵だろうなぁ……。
分厚い胸板、汗で濡れた肌が陽の光を浴びて輝いて座り込む大きなキトグラムン様。そんな彼に、わたくしはタオルを持って渡そうとすると、その手を取られてくいっと体を引かれる。あっという間に、彼の膝に乗せられ、むわっとするような彼の男の香りに包まれたわたくしは、うっとりとその胸に頬を寄せる。すると、そっと顔をあげられ、青い瞳が近づき……)
帰らなきゃいけないというのに、ぽうっと、キトグラムン様との妄想にふけっていると、トーンカッソスの大きな声で、スパッと想像の中のわたくしと彼の仲を切り裂かれた。
「お嬢様もウールスタさんも、ひでぇってやつですよ。50匹以上、俺一人で倒したんですよ。はぁ……、つっかれたー!」
「なんです、情けない。お嬢様のためなら500匹くらい軽くいなしてみたらどうです」
「いくらなんでも500とか無理ですって。なんだって、中級の魔物なんかが出てくるんですか。ここが、魔の森のほんの端の比較的安全地域って、嘘でしょ?」
(はっ! そうだった。今は魔の森にいるのだから、こんな想像の中にいるわけにはいかなかった。帰ってからじっくりと考えるとしましょう)
「コホン……んんっ。王都では、このくらいの魔物で阿鼻叫喚になるわよねぇ。魔の森のすみっこなのに、思ったよりも数が多いし、そこそこ強い中級の魔物まで出るみたいね。騎士たちは、普段から、もっと凶悪で沢山の魔物を討伐しているって事よね。キトグラムン様は、魔の森の凶悪な魔物を一刀両断出来るのでしょう? はぁ、なんて強くて素敵なのでしょう。ふふふ」
大剣を軽々構えて、大きな魔物を真っ二つにする彼の姿を思い浮かべる。皆を守るために鍛え上げられた肉体、きりっとした素敵な青の瞳。大きいのに動きはとてもスマートで、高く跳躍して大剣を振り下ろす想像をした。
(……絶対カッコいいに決まっているわね。はっ、鼻血が出そう……)
慌てて両手で鼻を抑える。幸い、鼻血が出ていなさそうでホッとする。
「お嬢様……、誰にも見せてはいけないほど、はしたない顔になっています。はぁ、私も辺境伯爵様には同情してしまいます。いっそ、あの時に、にっくきマッシュルームが最初に持ってきた契約書にサインして、とっくに結婚していたほうが良かったかもしれませんね」
「にっくきって……。ウールスタったら、まだマシユムールの事を許していないの? キトグラムン様が、彼や皆の失礼な態度を、直々に頭を下げてくださったのだから、そろそろわだかまりを捨てて仲良くしたらいいじゃない」
「許す許さないの問題ではないのです。私は私の矜持のためだけに、するべきことをしてきました。今後もやり続けるのみです。仲良くするなど、とんでもない。」
「うわぁ……。辺境伯爵様以外にも憐れな男がまだいた。俺、仕返しを一回だけにしておいてよかったです。それにしても……はぁ、俺、あいつらよりも強いって自信持ってたんですけど……」
ああ、うちのウールスタとトーンカッソスとは関係ない所で、マシユムールが、何度も不幸事に見舞われたのかもしれない。してきたとか、やり続けるとか、一回とかなんとか聞こえたのは、おそらく幻聴だろう。
「異世界から来たとある自称聖女様が仰っていた、The frog in the well doesn't know the oceanなんとか ってやつね。胃袋の中の蛙、大会優勝経験を一生知らず」
「お嬢様、それを言うのなら、井の中の蛙大海を知らず、です。自分の持っている狭い了見で決めつけていたなど、どこかのマッシュルームのようではありませんか。トーンカッソスは本当に情けないですね」
「げぇ、あいつと一緒にしないでくださいよ」
「ふたりとも、相変わらず彼に厳しいのねぇ。そう言えば、わたくしに関わらないようにしているのか、マシユムールをちっとも見かけないわ」
「ええ、平和でなによりです。あいつは、一生王都にいればいいのです」
「え? 王都にいるの? キトグラムン様の一番の部下である彼がなんでまた」
あの日以降、本当に彼に会っていない。避けられているのだろうと思っていたのだけれど、どうやら違うようだ。
「どうやらマッシュルームは、王都に出向いて、直接お嬢様の噂や真相を調査しているようですよ。それはそうと、王都に行く前に、やつの特殊な趣味が噂された事があったではないですか。それからというもの、魔法で防御しているはずなのに鳥のフンをしょっちゅうかけられたり、なんでもない所で転んでヒサカキに体ごと突っ込んで数日悪臭を放っていたりしていたそうですがね。根拠もなく、お嬢様を悪しざまに罵ったからバチが当たったんですねー」
「ま、まあ、……そういう運の悪さって、続くものよね」
(きっと、関係ないったら、関係ないのよ。ええ、うちの子たちと、マシユムールの偶然が重なった不幸とは、無関係に決まっているわ)
「ええ、慌てふためいて、真っ赤になったやつの姿を、是非、お嬢様にお見せしたかったです」
(あー、あー。聞こえないったら、聞こえないっ!)
「ウールスタさんは敵に回したらいけない……。異世界語録の、くわばらくわばらってやつですね」
(聞こえないけど、全く聞こえてないけど……。トーンカッソスのその意見を全面的に支持するわ)
「そ、そうね。……とにかく、ふたりともお疲れ様。おかげで沢山採れたわ。じゃあ、帰りましょうか。え? きゃあっ!」
「お嬢様! 下がっていてください! トーンカッソス、攻撃開始しますよ」
「もうやってますって! なんだって、こんな所にコイツが……。ウールスタさん、お嬢様を連れて魔法陣の所まではやくっ!」
並んで帰ろうとしたその時、わたくしたちが立つ地面が大きく揺れた。地震かと思ったのも束の間、恐ろしい咆哮とともに、見上げるほどの巨大な魔物が目の前に立ちはだかったのである。
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