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36 女伯爵の乱心②
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凄まじい魔法のぶつかり合いの衝撃を至近距離で受けた愛人とシーリガールが腰を抜かして床に座り込み、シンディから逃げるように、這う這うの体で床を移動しようと背を向けた。
床一面に落ちて壊れたグラスの破片で、手の平や膝に傷を負ってわめいている。
「いたい! な、なんなのよ、一体。あんた、何をアタシにしたのよ! で、でも、この印があるかぎり、アタシを傷つけるなんて出来ないんだからね!」
「シ、シーちゃん。ににに、逃げるわよ! あの女、バケモノだわ! せっかく、印を使ってシーちゃんがあの攻撃を消してくれたけど、いつまでもここにいたら、優しくて可愛いシーちゃんは、か弱い普通のレディなんだから印があっても無慈悲に殺されちゃうわ?」
「ママ、そ、そうよね! 印があれば、あんな女どうとでも出来そうだけど、無駄に疲れちゃうし。ママに何かあったら大変だものね!」
「「逃げるわよっ!」」
二人は、シンディたちのほうを全く見ようともせずに、必死に手足を動かすが、体が恐怖で縮こまり進まなかった。本人たちは、颯爽と格好良く移動しているつもりではあるが、他者から見ると、無様でしかない。
※※※※
先ほどまで、あれほど荒れ狂っていた部屋が、何事もなかったかのように静寂に包まれていた。
いや、シーリガールたちの喚き声だけが部屋に耳障りな音を響かせている。
「…………」
一体、何が起こっているのだろうか。徐々に意識が浮上してきたシンディは、すぐ目の前にある青宝魔石と緑宝魔石の強いゆらぎだけを見ていた。
「ん……、ふ……」
自分の唇から、音にならない音が漏れ出る。すると、綺麗な青宝魔石と緑宝魔石がそっと瞼で見えなくなった。
熱い息が交じり合い、時々、くちゅくちゅと小さく水音が聞こえる。
「シンディ……」
耳から、体全体の力が抜けるような声が入ってくる。
「シンディ……」
くらくらして目が回る。自分の名を、切なそうに、狂おしく、でも、愛おしそうに呼び続けるのは一体誰?
「シンディ、好きだ」
いつの間にか閉じていた目が見開く。自分をそんな風に言う人は、いままでにたった一人だけ。でも、その人とは違う声なのに、どうしてそう言うのだろうか?
「愛している、愛してる。だから、戻ってきて……」
舌を絡めながら、息を荒げながら、短く、でもはっきりと繰り返し言われた言葉は、亡き母とは違う意味合いを持っていて。
「僕を見て。何があっても、僕が側にいる。だから、戻っておいで……」
戻って来いと、訴えて来る言葉に、戻るも何も、ずっとここにいるではないかと心の中で反論する。
「シンディ、シンディ……。好きだよ」
合わさった唇から、耳から、そして、抱きしめられた体全体から彼の言葉が染み込み、広がっていく。
「僕の愛するシンディ。君の手を汚させはしない。決して、君の大切な皆は、そして、僕は君を裏切らない。だから、前を向いて。君は一人じゃないだろう? 僕のシンディは、まだ立てるはずだ」
そう言いながら、シンディの口を開放すると、両頬に流れていた涙のあとをそっと唇で拭き取るようになぞる。
これは、この人は──
「ヨウル、プッキ、さま……?」
シンディの瞳に、光が戻り、彼女に恋焦がれてやまないヨウルプッキの名を呼んだのであった。
床一面に落ちて壊れたグラスの破片で、手の平や膝に傷を負ってわめいている。
「いたい! な、なんなのよ、一体。あんた、何をアタシにしたのよ! で、でも、この印があるかぎり、アタシを傷つけるなんて出来ないんだからね!」
「シ、シーちゃん。ににに、逃げるわよ! あの女、バケモノだわ! せっかく、印を使ってシーちゃんがあの攻撃を消してくれたけど、いつまでもここにいたら、優しくて可愛いシーちゃんは、か弱い普通のレディなんだから印があっても無慈悲に殺されちゃうわ?」
「ママ、そ、そうよね! 印があれば、あんな女どうとでも出来そうだけど、無駄に疲れちゃうし。ママに何かあったら大変だものね!」
「「逃げるわよっ!」」
二人は、シンディたちのほうを全く見ようともせずに、必死に手足を動かすが、体が恐怖で縮こまり進まなかった。本人たちは、颯爽と格好良く移動しているつもりではあるが、他者から見ると、無様でしかない。
※※※※
先ほどまで、あれほど荒れ狂っていた部屋が、何事もなかったかのように静寂に包まれていた。
いや、シーリガールたちの喚き声だけが部屋に耳障りな音を響かせている。
「…………」
一体、何が起こっているのだろうか。徐々に意識が浮上してきたシンディは、すぐ目の前にある青宝魔石と緑宝魔石の強いゆらぎだけを見ていた。
「ん……、ふ……」
自分の唇から、音にならない音が漏れ出る。すると、綺麗な青宝魔石と緑宝魔石がそっと瞼で見えなくなった。
熱い息が交じり合い、時々、くちゅくちゅと小さく水音が聞こえる。
「シンディ……」
耳から、体全体の力が抜けるような声が入ってくる。
「シンディ……」
くらくらして目が回る。自分の名を、切なそうに、狂おしく、でも、愛おしそうに呼び続けるのは一体誰?
「シンディ、好きだ」
いつの間にか閉じていた目が見開く。自分をそんな風に言う人は、いままでにたった一人だけ。でも、その人とは違う声なのに、どうしてそう言うのだろうか?
「愛している、愛してる。だから、戻ってきて……」
舌を絡めながら、息を荒げながら、短く、でもはっきりと繰り返し言われた言葉は、亡き母とは違う意味合いを持っていて。
「僕を見て。何があっても、僕が側にいる。だから、戻っておいで……」
戻って来いと、訴えて来る言葉に、戻るも何も、ずっとここにいるではないかと心の中で反論する。
「シンディ、シンディ……。好きだよ」
合わさった唇から、耳から、そして、抱きしめられた体全体から彼の言葉が染み込み、広がっていく。
「僕の愛するシンディ。君の手を汚させはしない。決して、君の大切な皆は、そして、僕は君を裏切らない。だから、前を向いて。君は一人じゃないだろう? 僕のシンディは、まだ立てるはずだ」
そう言いながら、シンディの口を開放すると、両頬に流れていた涙のあとをそっと唇で拭き取るようになぞる。
これは、この人は──
「ヨウル、プッキ、さま……?」
シンディの瞳に、光が戻り、彼女に恋焦がれてやまないヨウルプッキの名を呼んだのであった。
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